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『フィッシュ・アイ・ドライブ』第11話:「日本中央の碑」をぶっこ抜け!
*
新たな相棒には「フェアレディZ」を選んだ。
黒服の男から逃げ切るためには、普通車では話にならない。スポーツカーをレンタルすることにした。いろいろ車種はあったが、日本を代表するスポーツカーの新型がよいと思った。
純白のボディで、最大時速で280kmも出るらしい。このスペックであれば、いざとなった時にぶちかますことができる。
支払を済ませたアキラと希虹(のあ)は車両に乗り込む。エンジンをかけると、まずはナビを立ち上げた。
「その日の本(ひのもと)ってのはどこのなの?」
「<日本中央の碑>ってナビで入れてみて」
アキラは希虹にいわれる通りに、文字を打ち込む。「日本中央の碑保存館」と出てくる。アキラは言われたままにする。
ナビが示した場所は、青森県であった。それも、陸奥湾といって、本州の最北端であった。
「ここ?」
「そう。このあたり一帯が<日の本>と呼ばれていた地」
「え、八時間・・・休憩しながら行くとなると、十時間はみといたほうがいいぞ。今がもう十二時だから、着くのは夜中だ、まじかあ」
アキラはわかりやすく、がっくりと項垂れる。
「スポーツカーなんだから、ぶっ飛ばせば、もっと早く着くでしょ?」
「あのなー、簡単に言うなよ。長距離運転ってのはすっげえ体力がいるんだよ。渋滞とかいろんなことがあったら、さらに時間が――」
「これさ、魚が大きな口を開けているように見えない?」
希虹はアキラの言葉を遮って、ナビが映し出している陸奥湾と、その海を囲む地形を指でさす。
「ああ、ここのことか? 魚の顎かあ・・・見えなくはないけどな」
「ここはさ、巨大魚の大顎と呼ばれていてね、その大顎の付け根あたりに<日本中央の碑>があるの」
「その、なんだい、<日本中央の碑>ってのは?」
「前にも話したけど、昔の日本はさ、海を渡って日本にやってきたスサノオ様とその系統にあたる古の種族が日本列島を治めていたの。その地の一つである<日の本>が、かつて日本の中央とされていた地なのよ」
「青森が日本の中心?」
「そうよ。でも、この石碑はつい最近、っていっても七十年前くらいに見つかったものなんだけどね、長らくは、ただの言い伝えのようなものだった。でも見つかったの。言い伝えは本当だった」
「わかった。とりあえず出発すっか。とにかくそこを目指せばいいんだな」
アキラはそう言いながら、クラッチを入れ、車をゆっくりと走らせる。
朝食をとっていなかったので、マックのドライブスルーにっ立ち寄ってから、高速入り口を目指す。
三郷インターチェンジから乗り入れ、常磐道へと進んだ。直進になってからギアを上げ、アクセルを踏み込む。
「日本のスポーツカーも悪くないな」
アキラはフェアレディZの加速に、満足げである。
希虹はドライブスルーで買ったフィレオフィッシュバーガーを頬張っていた。車内は、ハンバーガーとポテトの匂いが充満している。
「日の本は、日本の中央と言われてたんだけど、もっと大きな王朝があったという話もある。それが、埼玉県の大宮。ここはもともと「王の宮」、つまりスサノオ様の王朝があった場所とされていたのね。でも、富士山の噴火によって埋もれてしまったのよね、ポンペイのように。その火山灰でできた地が、今の関東平野を形作っているのよ」
「あんた、本当にいろんなこと知ってるんだな」
アキラは車線変更をしながら感心の声をあげる。
「とにかく、スサノオ様が興した国というのは各地にあって、私たち古の種族にとっての神様のような存在なわけだけど、それが新しい種族に――」
「ヤマトが支配するようになった」
「そう。よく覚えてたね。ヤマトが西の地を支配して、今の近畿、ここが日本の中心になってしまうんだけどね。古の種族は次第に、北東や南西へと追いやられてしまうのよ。北東っていうのはさ、陰陽道でいうと鬼門、南西は裏鬼門。ヤマトは近畿を中心に支配し、古の種族を鬼門に追いやった。古の種族は山地や荒地、とても人が住めるような場所じゃない辺境に逃げる他なかった。彼らはいつしか、「鬼」とかとも呼ばれ、異人扱いされるようになってしまった。子供の頃に聞かされていた昔話にも出てくる鬼とか天狗とかってのは、そういう話よ」
「おお、なるほどね。なんの疑いもなく昔話ってのは聞いていたもんだけどな」
「そうよ。昔話ってのは、本当は恐ろしい、残酷なものでもあるのよ。そういうのは、全部、マイルドに包み隠されてしまっているだけ」
希虹はマックシェイクをズズズと音を立てて飲む。
「日本っていう国号も、あいつらがこの国を支配したあとに、<日の本>からとっているだけなのよ。そこからヤマトは、今の<日本>になった」
「え、そういうことか。で、とにかく、その<日の本>ってとこに、あんたが行くことにどんな意味があるんだ?」
高速道は、平日ということもあってか他に走っている車も少なく、順調に流れていた。埼玉を超えて、茨城に入ったようだ。
アキラは自分の煙草に火を点ける。
『踊る大捜査線』織田裕二が演じる青島俊作が吸っていたアメリカンスピリットの紫を、大量にストックしておいた。アキラは昔からこの「アメスピ紫」しか吸わない。
「その前に、あいつらカルト集団の目的を伝えておくと、あいつらはこの世界には、いつかまた大洪水がやってくるって信じていてね。一万三千年前くらいに起きたとされる、世界を襲った大洪水」
希虹もアキラにつられたのか、KOOLメンソールに火を点けると、鼻から煙を吐き出す。
「昔の大洪水は、神様がノアの家族を助けたってなってるけど、次にくる大洪水はいよいよ世界中の大陸が沈むだろうって考えられている」
「地球温暖化のことか? 映画でも見たことあるかも」
「『天気の子』でもその話はあったね。でも、未来に起きようとしているのは、東京水没とかそんな次元じゃない。六大陸が沈むのよ。もちろん、順番にだろうけど」
アキラはなるほどと小さく頷く。
「で、やつらは、その世界の大沈没から助かるためには、魚人族と交わるしか生き残るすべがないと考えている」
「魚人族・・・それ、あんたたち箱崎家の血」
「そう。あいつらは、箱崎家の血と交わることで、大洪水を生き延びる新たな生命体に進化できるって言っているわけ。狂っているでしょ?」
「それで、あんたと交わりたいってわけか」
「別に直接交わらなくても、わたしの遺伝子がほしいのよね」
アキラは黙り込んでしまった。流れゆく窓の外の景色に目を移す。
「そしてその大洪水は、箱崎家の人間が、<日の本>へ行くことで起きてしまうとも言われている」
「え?」
「じつは、そのことは箱崎家の言い伝えにもあってね。私もその話をずっとお祖父ちゃんから聞かされてきた。古の種族の、言い伝え。あいつらも、そのことを知っている。だから、大洪水が起きてしまう前に、私を捕獲する必要がある。大洪水を防ぐこともそうだし、万が一、他の要因で大洪水が起きてしまっても、新たな生命体として生き延びるために、私の血を取り込んでおく必要があるのよ」
アキラは頭がこんがらがってきた、と眉をしかめる。
「でも、それはやつらの表向きの理由」
「表向き?」
「そう。大洪水だとか、新たな生命体だとか、やつらはそんなこと本気で信じているわけないよ。連中はその話を利用して、<魚人族の遺伝子>ってのを高値で売りつけようってだけなのよ」
「なんだそれ、詐欺ってことなのか」
「そうかもね。でも、カルトってそういうもんでしょ」
「そんなものを買いたいってのは、どういう奴らなんだ?」
「世界中の富裕層よ。アメリカ、中国、ドバイ、シンガポール、ありとあらゆる金持ちが、この遺伝子を欲しがっている。大洪水時代を生き延びたいってことでね」
「え、そんなやつらが、真に受けてるってのか?」
「私を狙っているカルト集団は国際組織よ。富裕層含めて信者が世界中にいる。フリーメーソンみたいな巨大組織なの」
「それであんたは、ずっと逃げまわってきたんだな」
「で、昨日の通り、もうどうしようもないところまで来てしまったから、今から行く場所は、最後の賭けなの」
「最後の賭け?」
「<日本の中央の碑>、これっていうのは、古の種族の神、スサノオ様の霊力を封印するために、平安時代の征夷大将軍、坂之上田村麻呂が打ちこんだとされていたの」
「坂之上田村麻呂? 聞いたことある」
「ヤマトがこの地を支配したとき、スサノオ様の霊力を封印する必要があった。二度と古の種族が、自分たちに歯向かわないようにとね。これまではただの伝説、古の人たちの言い伝えだと思われていた。でも、それが実在していたのよ」
「その石碑と、あんたが一体どういう関係があるってんだ」
「私がその地へ行き、その石碑を引っこ抜けば、スサノオ様の霊力の封印が解かれる。すると、さっきも言ったように、箱崎家の言い伝えでは、大洪水が起きる・・・私もまさか信じてはいなかったけどさ、こうなるとお祖父ちゃんを信じるしかないじゃん」
「つまり?」
「<日本中央の碑>をぶっこ抜いてさ、大洪水を起こしてやるのよ」
「起きなかったら?」
アキラは怪訝な顔で希虹の横顔を覗き込む。
「それはそれで、「何もない」ということが証明されちゃうから、やつらも都合が悪くなるよね。これまで信じ込ませてきた話がすべてパーになるからね」
「信者も離れていくわな。富裕層もふざけるなってなるんじゃねえか?」
「それであいつらは終わる。私も、そのことをこれまでずっと考えてた。むしろ、何もないことを証明してやろうかって。でも、そんなことしたら当然、消されるだけ」
「それで逃げ回って、身を潜めてたんだな」
アキラは灰皿で煙草の火を消すと、溜息を吐くように残りの煙を吐く。
すると、開かれた景色の目の前に、大きな山が聳え立っているのが見えた。
筑波山だ。
「でも行くしかない。捕まるか、消されるかだけだから。どうせそうなるしかないんだったら、箱崎家の言い伝えを信じるしかないじゃん」
アキラは、希虹の言葉に、狂気じみた覚悟を感じ取り、思わず固唾を呑み込んだ。
「奇跡を起こすのよ」
希虹はそう言って、アキラの横顔を下から覗き込み、微笑みかけた。
続く
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