マガジンのカバー画像

GUTTIの小説

77
が執筆した小説を集めています。短編、中編、長編、過去の作品から書き下ろしまで。私
運営しているクリエイター

#仕事

赤坂見附ブルーマンデー 第6話:弱小会社の、出世レース

   週の後半戦である、木曜日。オレは朝から、電話をかけ続けている。    都内にあるイベントホール、展示会場、ホテルの宴会場。一日に三〇件近くの施設に連絡をすることもある。これもイベント制作会社の主要な仕事の一つである。    イベントは、会場こそがすべてであるといっても過言ではない。そのためイベントマンは、あらゆる会場のスペックと形態について、熟知していなければならない。その訓練として、会場確認という、ひたすら電話で確認をとるやり取りがある。    全国のイベント会場一

赤坂見附ブルーマンデー 第5話:「自己実現」という可能性の阿片

  「7日間戦争」というのは、決して比喩ではない。少なくとも今のオレの境遇、オレの仕事においては。  一週間のうち、まともに家に帰れるのは二日あるかないかだ。  家に帰ってもシャワーを浴びて眠るだけ。  生活と身体のリズムが崩れているせいか、どんなに疲れ果てていても、身体だけが寝ていて、脳はまどろみの中を起きているという、金縛りの状態がよくある。心地よい眠りは無縁だ。一日一日を過ごすたびに、命が摩耗されていくような感覚である。  そんな毎日を繰り返している。  オ

赤坂見附ブルーマンデー 第4話:人生は、可能性に満ち溢れている?

   人生は、可能性に満ち溢れている。  家庭でも、学校でも、塾でもそう教えられてきた。  トレンディドラマ、ドキュメンタリー番組、凡庸な小説に、通俗な映画。物語の最後の最後に唱えられるのはそんな謳い文句ばかりだ。    可能性という名の、目的に向かった世界。    そう、オレたちは「最高の人生を送ろう」という暗黙の了解である、目的の王国に向かって生きている。    最高の未来、最高の選択、その可能性をめぐって、この社会のお金はまわる。  いい男。いい女。いい夫婦。い

赤坂見附ブルーマンデー 第3話:幸福と憎悪のマリアージュ

   まだ月曜日である。  これからむかえる一週間の、しょっぱなから徹夜作業に入るとは想像もしていなかった。今日は普通に家に帰れるだろうと想定していた時ほど、そこから絶望へと叩き落される、気持ちの変化の落差は激しかった。    早く終わらせればよいではないか? そんなボリュームではない。    通常、何日もかけて作成する企画資料である。それを翌日の朝一までに仕上げるということは、ハードコアな徹夜業務が確定の死刑宣告のようなものなのだ。  妻に、連絡を入れる。 「すまん

赤坂見附ブルーマンデー 第2話:徹夜確定演出

 ランチタイムが過ぎると、幕張メッセ会場外の人の往来もだいぶ落ち着いてくるころで、誘導現場の見回りに来た恵君が声をかけてくる。 「コウヘイさん、今日はありがとう。助かりました」 「ああ、間に合ってよかったよ」 「うちのADが、コウヘイさんのことバイトと勘違いしていたみたいで、ふざけた接し方しちゃったみたいでしたが大丈夫でしたか」    やはりそうか。恵君が気を遣って報告してくれたのは救いである。 「最近の奴は舐め切ってるのが多いので、ちゃんと教育しておくんで」 「あ

赤坂見附ブルーマンデー 第1話:安息日明け

あらすじ    ホイッスルを鳴らすサザエの先導によって、次いで妹のワカメ、弟のカツオ、父波平、母フネ、息子タラオを肩車する夫マスオといった順で列になり、磯野家とフグ田家の面々は、その無謬な笑顔と共に青天下の野原を軽快に行進していく。  ハイキングをしていると思われる彼らの向かう先は、煙突のある一軒の山小屋だ。テレビなど一切見ないという若い世代の人間ならともかく、幼い子を持ち、会社で働く中堅どころのサラリーマンにしてみれば、週末の夕食時ともなれば否応なしに目にする光景である

『ポストマン・ウォー』第25話:大量の小包

『ポストマン・ウォー』第25話:大量の小包  数日が経ち、八月に掛かろうとしていた。   局内の話題はもっぱら、夏季休暇をどのような順番でとっていくかであった。 「中谷君、どうするの? 彼女もいないなら、いつでもいいよね」 「矢部さんこそ、暇すぎてすることないんじゃないですか」     そんな会話の流れで、矢部さんは調子に乗って高城さんに「高城さんは彼氏とどこか行くんですか?」と鎌をかけてみるが、高城さんは一切表情を変えず「私は盆に合わせてとらせてもらいます」と冷淡に答

『ポストマン・ウォー』第24話:気が気でない

『ポストマン・ウォー』第24話:気が気でない  一週間くらいが経とうとしていたが、中谷幸平の気持ちは晴れなかった。 「マリの手紙は何事もなくモンゴルに届けられたであろうか。何事もなく、読まれたであろうか」そのことばかりが気になっていた。    モンゴル行きの国際郵便は、通常でいけば一週間を要する。今頃、手紙は届いている頃であろう。そこから、何か不審に思ったマリの両親が連絡をし、マリが、自分の手紙が何者かによって開けられた可能性があると、郵便局に駆け込んで来たりしないだろう

『ポストマン・ウォー』第12話:海物語

『ポストマン・ウォー』第12話:海物語  矢部さんの仕事ぶりはすぐに評判になった。矢部さんから説明を受けて、新規で保険に加入する客が後を絶たなかった。公務員ではあるが、特定郵便局は毎月の売上で本部から評価される。中でも、営業テクニックを必要とする保険の商品は、待ちの姿勢だけで新規加入が増えるわけではなく、保険の成績を見れば、その局が「営業」にどれだけ力を入れているかがわかるのだ。    矢部さんが異動してきたその月は、保険の売上が連絡会でトップであった。その八割近くは、矢部

『ポストマン・ウォー』第2話:午後の繁忙

『ポストマン・ウォー』第2話:午後の繁忙  中谷幸平は、昼食を外でとることにした。柴田主任と休憩室で二人きりというのは、なんというか、緊張してしまって、居心地が悪いのだ。  欧風カレーの店か、商店街の角の蕎麦屋かで決まっていた。本当ならば、外食は避けたかった。緑色の制服を着たまま外に出るので、郵便局員であることが誰からもわかってしまうからだ。昼時でも、そこまで客が混み入らない店がよかった。  看板メニューを見て、欧風カレーの店に決めた。喫茶店のような趣で、ドアを開けると