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宗教や信仰についての雑記 #135

◯問いかけること

私たちはときに、何のために生きているのか、何故こんなに苦しまなければならないのか、目に見えない何者かに問いかけることがあります。
でも、その答えはなかなか返ってきません。

その返事がないことこそが、無限なるものへ問いが届いた証拠だという考え方もあるそうですが、返事がなければ届いたかどうかわかりません。

しかし、もし問いかけた相手が言葉を超えた存在であるならば、その返事は言葉によるものではなく、何かの出来事として返ってくるのかもしれません。
そうであるならば我々は、身に起こる様々な出来事の中から、その返事を見極める眼を養わなければならないのでしょう。

あるいは、問いを受け取ったものは、我々が最適のタイミングで道を見つけられるように、答えを返す時期を見計らっているのかもしれません。
そうであるならば我々は、答えを待つ忍耐力を養わなければならないのでしょう。
わからないという状態のまま待つための力、その源泉は信じるということなのだと思います。

我々は言葉を操る存在である以上、すぐには答えの得られない問いを懐いてしまうのはやむを得ないことだと思います。
その問いかけは確かに届いている、その返事はいつか必ず返ってきて、我々を導いてくれる。自分の人生や、その向こう側に存在する大いなるものに対して、そのような信頼を持ち続けること。
そんな信頼への志向が、問いかけることの意義なのかもしれません。

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