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小説|腐った祝祭 第ニ章 20

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 エイミーが笑顔で迎えてくれた。
 サトルの顎のアザに慰めの言葉をかけてから言った。
「ミス・カレンがいなくなって、奥様もやっと普段の奥様に戻られたんです。私共、大使には感謝のしようがありません」
 部屋に行ってよいと言われたが、サトルは応接室で待つと言った。
 出してもらったローズティーを全部飲んでしまったところで、ベラが笑顔で現れた。
 駆け寄り、サトルに抱きついた。
「よかった。もう来てくれないのかと思っていたの。カレンは元気にしてる?」
「ええ。来週帰ると言っていますよ」
「え?」
 淋しそうにサトルを見上げる。
「もっとゆっくりして行けばいいのに」
「彼女には向こうの生活がありますからね。そう長居はできないのでしょう」
「そう」
 ベラはゆっくりと手を上げて、アザに指を触れようとしたが、サトルはその手を握って止めた。
「痛いんです。まだ触ると」
「ごめんなさい。ねえ、私の部屋に来てくださらない?来月美術館に入れる絵を飾ってるのよ」
「ベラ」
「なあに?」
「お伺いしたいことがあって来ました」
 ベラは首を傾げる。
「なにかしら」
「ナオミのことです」
「……ナオミさん。可愛らしい方だったわ。本当に、悲しいことね…」
「卿の告別式のあった頃に、私に関する記事を彼女に見られてしまいました」
「……まあ」
「彼女はその頃から少し情緒不安定になって、寝る前には欠かさずジュニエを飲むようになったんです」
「そうなの……。それで、私に聞きたいことって、なにかしら」
「きっと、それまでも、私の過去の噂話くらいは耳にしていたと思います。しかし、それで取り乱すようなことはありませんでした。あなたの記事を見た時もです。あなたの写真と、ナオミの写真が同じ紙面に掲載されたものを彼女は読んでいました」
「あら、そんな記事が出回っていたの」
「ご存知ありませんでしたか」
「ええ」
「そうですか。すみません。私のせいであなたに迷惑をおかけしていたんですよ」
「いいのよ。気にしないわ。いつものでたらめでしょう」
「そうです。私は彼女に弁解しました。ベラとは一切関係はないと。彼女は信じてくれました。何の問題もなかったんです。しかし、母国の外務大臣の娘となると、話が至極現実的に思えたようです。大臣とその家族にはナオミを引き合わせていました。婚約者だと紹介したんですよ。信じられないことだが、そのうえで彼女は疑いを持ったようなんです」
「そう。大変だったのね。繊細な所がおありのようには感じていたわ」
「あの記事を読むように勧めたのは、あなたですか?」
「え?」
 ベラは少し笑うようにそう聞き返したが、サトルが真面目な表情を変えなかったので、次第に落ち着きのないものになった。
「どうして、そう思うの……?」
「答えてください。そうだったとしても、怒ったりなどしません。結局は私の撒いた種です」
「……私、知らないわ」
「あの時、ナオミと何のお話をされていたんですか?その話ではないのですか?」
 サトルの、ベラの肩を持つ手に力が入った。
 彼女は首をすくめる。
 ベラを少し怯えさせてしまった。
「すみません。でも、正直におっしゃってください。知りたいんです」
 ベラは首を振りながらサトルの手を逃れ、窓辺に歩いた。
「どうしてそう思うの?」
「答えてください。正直に。お願いします」
 一つ深い呼吸をし、ベラは振り向く。
「ええ。お話はしたわ。あなたは何かと噂の耐えない人でしょう?だから、それをご存知なのか知りたかったし。それに、噂といっても、事実だってあるわ。あなたが付き合ってきた女性は沢山いるし、それは嘘ではないでしょう?プリンセスとだって噂になったわ。疑われるくらい仲が良かった」
「噂だけで、事実では仲が良かっただけですよ」
「だから何?そうよ、噂よ。噂なんか気にしない方がいいと言っただけよ。いけないかしら?ナオミさんにそういった話をしてはいけなかったの?」
「お認めになるんですね」
「ええ。今も取り沙汰されているけど、気にしない方がいいとご忠告差し上げたわ」
「判りました」
 サトルは頼りなく微笑む。
「それだけ、確かめたかったんです。失礼します」
 サトルは一礼して部屋を出る。
 ベラは慌てて戸口まで走った。
「待って」
 サトルは廊下で足を止める。
「サトルさん。悪気があったんじゃないの。信じて、お願い。それが問題だったのなら謝るわ。だから許して」
 サトルは振り返らずに言う。
「怒らないと言ったでしょう」
「怒ってよ。いっそのこと怒ってよ。許してくれるのはそれからでいいわ。ねえ、何も言わずに帰らないで」
「でも、言うことはないんです。私は知りたかっただけですから」
「私、あなたを愛してるの。あなたの恋人たちにいつも嫉妬していたわ。ナオミさんとあなたが一緒にいるのを見るのはつらかった。だから、意地悪な気持ちになったのかもしれない。でも、許して。お願い」
「ええ。許しますよ」
「本当に?」
「ええ。この先もあなたは大事な友人です」
「サトルさん。私は」
「言うことがあるとすれば、これだけです。この先も、私があなたに恋をすることはないでしょう。失礼します」
 サトルは屋敷を出て、孤児院のシスターに会いに行き、フェルを夕食に誘い、それから大使館に帰った。

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