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小説|腐った祝祭 第ニ章 16

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 サトルはそれから少し眠った。
 ほんの十五分程度だ。
 物音がして目を開け、時計を見て、窓へ目を向ける。
 マイケルは窓辺の椅子に膝を曲げて座り、外を見ながら髪をタオルで拭いていた。
 髪はそれほど長くないのですぐに乾くだろう。
 ズボンだけはいた格好で、ずっと外を見ている。
 タオルを頭から外し、首にかける。
 その佇まいは慣れたものだった。
 かなり前からこんな風に、夜の街に出かけているのだろうと思えた。
「やっぱり、もう帰った方がいいな」
 サトルが言うと、マイケルは驚いて振り向く。
「びっくりした。寝てたんじゃないの?」
「少し眠ったよ。もう、動けないことはない」
 マイケルは椅子から立ち、ベッド横に歩いてきた。
「無理するなよ。アザだらけなんだから。体、きついんでしょ」
「まあな」
「急いで出てったって、払った金は返してもらえないもん。勿体無いから二、三時間寝てれば?」
「そうか。それもそうだが……」
「ねえ、大使」
「なんだ」
「僕も少し眠くなったよ。隣に寝てもいい?」
「隣に?」
「だって、この部屋ソファーもないんだから」
「……そのようだな。まあ、別にいいけど」
 サトルは壁際に体を寄せて、マイケルにスペースを作ってやる。
 左手を自分の頭の上に置く。
 マイケルは狭いベッドに上がり込んだ。
「無銭旅行の途中みたいだな」
 サトルが呟くと、マイケルはクスクスと笑った。
 そして言う。
「ねえ、何か話をしてよ」
「眠るんじゃなかったのか」
「それまでの間」
 サトルは少し考えてから言う。
「お前、父親の記憶はあるのか?」
「え?……ああ。ある訳ないよ。だって僕、赤ん坊の時に孤児院の前に置き去りにされてたんだよ。シスターの話によればね」
「そうだったのか」
「生まれも育ちも孤児院って感じ。僕思うんだけど、父親なんか、僕の存在さえ知らないんじゃないかな」
「どうしてそう思うんだ」
「だって、あり得ないことじゃないでしょ?」
「まあ、可能性はあるな。男なんか、そういうのは女が隠していれば判らないからな」
「でしょ。母親が黙ってたら何も知らないままだよ。しかも捨てたくなるような子供の父親なんか、ろくでもない男に違いないよ。子供が出来たなんて、言いたくもなかったんだ。それとも、別れた後に判ったのかもしれない」
 サトルは相槌のセリフを考えていたが、マイケルは話を続けた。
「僕、捨てに来たのは母親だと思ってるんだ」
「どうしてだい」
「そう思いたいから。ろくでなしの男が汚い手で僕を孤児院に運んできたなんて、思いたくないもん。僕はね、こう想像するの。母さんはすごい美人なんだよ。おまけに優しい人なんだ。だけど、やむにやまれず僕を手放したの。だって父親がろくでなしだからね、いろいろ事情はあったんだ。仕方なかったんだよ。それで、泣きながら僕を、孤児院の玄関先に置いていったんだ。それから年に一回くらい、こっそりと、僕が元気に過ごしているか孤児院を覗きに来てるの。どう?夢があるでしょう」
「そうだな。夢があるな。それに、美人ってのは当たってるかもしれない。お前は割りとハンサムだよ」
「割りとって何だよ?」
 サトルは笑い、マイケルも笑った。
「ねえ、大使はどんな子供だったの?」
「私か?そうだな、お前の年の頃にはハイスクールに通ってたよ」
「14歳で?大使の国ではそうなの?」
「いや、飛び級だ。私の国では制度を利用する人間は極めて少ない。慌てて社会人になるより、のんびりと子供時代を過ごした方が楽な国だから」
「飛び級か。勉強大変だった?」
「私は早く大人になりたかったから、それほど大変じゃなかったよ。気付かない奴もいるようだが、学生なんか勉強しているだけで褒められるいい身分なんだ。それを利用しない手はないだろ。余計なことで時間を無駄にしなければ、飛び級なんか簡単だ。親の方が嫌がっていたけどな」
「どうして?自分の子供が優秀なら言うことないじゃないか」
「私の父親は、勉強よりも、友人たちと過ごす時間を楽しんで欲しかったようだ。それが子供の本分だと思っていたらしい。でも、私は学校なんか早く済ませて、社会人になりたかった」
「どうして?」
「一人になるために。家を早く出たかったんだ。それだけの事さ」
「反抗期だ」
「そうだな。反抗期だ。十八で大学を卒業して、卒業前に受けていた公務員試験の合格発表があって、それからすぐに採用された。大学院を勧められたけど、私の目的は学問じゃなかったからね。どうして公務員かといえば、まあ、一番安定していると言われていた職業だからだ。できれば海外に出て行くような仕事がよかったから、そういうのを選んだ。初めは通訳の仕事で各地の大使館で働いていた。まだ若いうちは通訳くらいしかさせてもらえなかったんだ。周りから見れば私なんて青っ白いただのガキだからね。でも通訳を上手くこなしたお陰で、偶に政治家から指名されて出向したりもしたよ。VIP待遇に便乗して、外遊について回ったりしてね。それはそれでいい経験だった。通訳だか荷物持ちだか判らないような仕事だったが、各国の要人と親しくなれるチャンスは沢山あった。私は人に取り入るのは上手いんだよ。小さい頃から、教員を相手にその腕は磨いていたから。二十歳を過ぎると、そろそろ通訳も卒業という感じになってきた。大使の任命を受けたのは27歳の時だ。でもその時の赴任先はそれまでの国の中で一番きつかったよ。間違っても新米の大使にあてがう国じゃなかった。誰かが悪意を持って私に回したのか、他になり手がなくて、それの為に私を大使に格上げしたのかのどちらかだな。地獄みたいな二年間だった。身内ですぐに争うし、外国からの援助は国の上層部で食い尽くして、本当に困っている国民の手にはほとんど届かない。我々は物乞いじゃないと言うくせに、支援金額を減らすと文句を言う。誰もシステムもまともに扱える人間がいないんだ。とりあえず今、自分が贅沢をしたい。それしか頭にない。もらった金で殖産を図ろうとしない。搾取した金で高級外車を買い、それで病院に乗り付けて、車の釣りで買った粗末なパンを、死にかけた大勢の病人に恩着せがましく配って帰るんだ。車とそいつの身につけた宝石を売れば、パン工場の一つや二つ出来るって言うのにだよ。失業者の数を減らすとか、飢え死にする人数を減らすとか、内戦で手足を失った人間に義手や義足を作ってやるとか、そのための工場を作るとか、そのための職人を養成するとか、全く頭にないんだ。見かねてこちら主体で何らかの施設を作ろうとすれば、干渉するなと怒り出す。手は出すな、金を出せ。使い道も知らないくせに。海外メディアには孤児たちの写真をばら撒き、自分たちの宮殿を見せることはしない」
 サトルの胸の上に、マイケルがそっと手を置いた。
「大使、落ち着いて」
 サトルはマイケルを見る。
 心配そうにサトルの顔を覗いていた。
 サトルは首を傾げる。
「私が何か言ったか?」
「うん。ルル語以外の言葉が混じって、少し判らないとこもあったよ」
「そうか。悪い。なんだか頭が痛いよ。飲みすぎだな」
「目をつぶりなよ。少し眠った方がいいんだ」
 サトルはマイケルに従って目を閉じた。
「疲れてるんだよ」
 マイケルはサトルの髪を撫ぜた。
「大使は優しすぎるんだ」
 マイケルの手は頬に下りてきた。
「僕、大使が好きだよ」
 マイケルの手は首を撫ぜ、首筋にその吐息を感じた。
 サトルは目を開け、マイケルの手を払い除ける。
「お前」
「なに?」
 マイケルは何かを我慢するように、固く口を結んでいた。
 サトルがこれからどういう態度に出るのか、身構えている雰囲気だった。
 サトルは上体を起こした。
 マイケルが次に何を言うのか、待った。
「好きだったらいけない?」
 サトルは近付こうとしたマイケルをベッドに押し倒した。
「私が優しいだと?ふざけるな」
「なんだよ。だって、その通りだろう?僕らは大使のお陰で…」
「煩いぞ。金を恵んでやっただけだ。私が腹の中で何を考えていると思ってるんだ?お前らが私に懐いて、へらへら笑ってるのが面白いだけだ。その上お前は体まで差し出すというのか。生憎だったな。私は同性の体に興味はない」
「そうかな?」
 マイケルは青い顔をしていたが、妙に自信ありげにそう言った。
「ヘルマンさんは言ってたよ。どんな男でも、本当は心のどこかで、男を求めてるんだって」
「ヘルマンと寝たのか」
「そう思うのならそうなんじゃないの」
「金をもらうのか」
「……タダじゃ勿体無いじゃないか」
 サトルはマイケルの首をつかみ上げ、ベッドから蹴落とした。
「お前がそんな商売をしてるとは知らなかった」
「タダだったらいいわけ?」
 マイケルは床に手をついて体を持ち上げる。
 そしてサトルを睨みつけた。
「黙れ」
「でも、彼の言うことは理解できたんだ。だって、僕はずっと大使の事が好きだったから」
「やめろ。私はお前が子供だから笑って付き合ってただけだ」
「じゃあ、今考えてみてよ。僕が嫌い?」
「相手はヘルマンだけか」
「僕が聞いてるんだよ?」
「お前が答えろ。どうなんだ」
 マイケルはむっとした表情で答える。
「今のとこはね」
「そのセリフ、シスターが喜ぶぞ」
「関係ないよ、シスターなんか。ねえ、どうなの?僕が嫌い?ヘルマンさんは言ってくれたよ。僕の身体、綺麗だって。大使はそう思わない?」
「均等は取れてるようだな。でもそれがどうした?私には何の関係もないことだ」
 マイケルは口惜しそうな顔をして立ち上がった。
「お前は本当に理解してるのか?自分が何をやっているのか。判った上でのことなのか?」
「いけないの?もちろん、男娼なんて褒められたことじゃないくらいは判ってるよ。でも、僕が大使を好きなのは悪いこと?聖書に書いてあるから?でも、国によっては認められてるじゃないか」
「お前が本当に理解しているのなら勝手にすればいい。所詮、私には関係ない」
 マイケルは首を振った。
「ねえ、お願い。嫌いにならないで。嫌われたくないよ」
「近付くな。私は酔ってるんだ。近付けば子供でも殴るそ」
「ねえ、大使、お願いだから」
「ヘルマンを好いてるのか、お前は」
「……別に。でも優しくしてくれるよ」
「金もくれるしな」
「……そうだよ。でも仕方ないじゃないか。初めはこんな事になるなんて思ってなかったんだから。僕だって初めは抵抗があったよ。でも、ヘルマンさんが、自分は女役だから、怖いことなんかないって」
 サトルは頭を抱え、吐き捨てるように言う。
「今じゃ慣れっこか」
「そうだよ。悪い?今じゃ僕からだって誘えるよ。ヘルマン相手じゃなくてもきっとできる。大使みたいに女を誘惑することだって、きっと簡単だよ」
「黙れ」
「ねえ、僕はいつも男なんだよ。でも、大使が相手なら、僕は女役でも」
「黙れ。近付くな。服を着ろ」
 サトルは立ち上がり、マイケルの腕をとってシャワー室まで引っ張っていった。そしてその中に押し入れ、椅子に引っかけてあった服を投げつけて扉を閉めた。
 それから自分の服を乱暴にハンガーから外し、服を着る。
 マイケルに手をつけたヘルマンという男に、無性に腹が立っていた。
 何も知らない子供を手なずけて、その気にさせた。
 醜悪だ。
 マイケルがゲイなのかどうか、きっとまだ本人にも判っていないはずだ。
 サトルに対する思いも、父親に対する気持ちと同じようなものかも知れない。それを、ヘルマンが恋愛感情だと思い込ませたのだろう。
 苛々しながらシャツのボタンを留めていると、シャワー室からマイケルが出てきた。
 落ち着いたのか、すっかり落ち込んでいるのか、俯いている。
「出て行け」
 そう言うと顔を上げた。
「さっさと帰れ」
「……僕を嫌いになった?」
「心配するな。もとより好きじゃない」
 マイケルは唇を噛んでサトルを睨むと、部屋を飛び出した。
 サトルはボタンを留めてしまうと、頭を掻きむしる。
 何でこんなことで私が煩わされなければならないんだ?
 こんなことの為に飲みに来たんじゃないぞ。
 私は……。

 カレンから逃げたかっただけなのに。

 テーブルの上には林檎が二つ取り残されていた。
 サトルは溜め息をついて、それを手に取る。
 部屋を出て走っていくと、マイケルは階段の途中を、とぼとぼと降りているところだった。
「おい」と声をかけると、びくっと振り返る。
「忘れ物だ」
 マイケルに並んで、林檎を彼の上着のポケットに一つずつ入れた。
 そして手をつかまえて、一緒に外に出た。
「院まで送る。途中でお前が客をとらないようにな」
「ふん」
 と、マイケルは言った。
「そんな元気、もうないよ」
「ラッキーじゃないか」
 三十分ほど歩くと孤児院にたどり着いた。
 マイケルは建物の裏手に回り、2メートルくらいの鉄柵を示し、「ここなら教官室からは絶対見えないんだよ」と、言った。
「マイケル」
「なに?」
「ヘルマンとの縁は切れ。好きじゃないのならな」
「……でも、美容師の勉強にはなるよ。授業料払って美容学校なんかには行けないもん。卒業したら呑気に見習いなんかやってられないんだ。実戦で働けなきゃ、食べてけない」
「男娼で食ってく気なら止めないが、まともな職につきたいのなら縁を切れ。私を好きと言ったろう。私よりヘルマンの言うことを聞くのか?」
「……判ったよ。でも、職に就けなかったら結局は同じことだよ」
「卒業までまだ一年以上あるじゃないか。何を慌てることがあるんだ」
「大使には判らないよ。僕らが卒業することにどれだけ不安を感じてるか。孤児が、簡単にいい仕事を見つけられると思ってるの?普通の学校と同じ教育を受けてたって、関係ないんだよ」
「お前が言ういい仕事でなければ職はあるのか?」
「選り好みしなけりゃあるだろうね。でも僕は美容師になりたいし、貧乏なんてもういやなんだ。選んじゃいけないの?僕らは一生貧乏でいなきゃいけないの?」
 サトルはマイケルの頭に手を置いた。
 短い髪をきゅっとつかんだ。
「もういい。今は考えるな。とにかく、縁を切れ」
「……うん。ねえ、大使。……これって駄目なの?」
「お前はルル国教会のシスターに育てられたんだろう。自分でどうなのか考えろ」
「シスターを悲しませたい訳じゃない。でも、それより、大使に軽蔑されてるなら、その方が僕はつらいよ」
「軽蔑なんかしないよ」
「本当に?」
「ただ、よく考えろ。ただの勘違いってこともあるだろう?まだ恋なんか知らないのかもしれないじゃないか。この先、女に惚れるかもしれない。その時へルマンとのことを後悔するかもしれない」
「判らないよ。だって、今は大使しか…」
「もしよく考えた上でそうだったなら、それでも軽蔑はしない」
「本当に?」
「私の記憶では聖書にはこう書いてある。女と寝るように男と寝てはならない。私はクリスチャンじゃないが、私もそんなことはしたくない。だからお前も、私に迫るようなことはするな。でも精神的な面では仕方ないところもある気がする。私を好きなら好きでいればいい。だからと言って私がお前を嫌いになることはないよ」
 マイケルは視線を左右に動かし、何かを考えているようだった。
 そして、不安げにサトルを見上げる。
「待って、ちょっと難しかったよ。つまり…好きでいるのはいいの?」
「私はな。私は国教会の教義は良く知らないんだ。寝なきゃいいんじゃないのかって思うけど、誰かに聞いてみればいいさ。もっとも、神様がどう思うかまでは誰も知らないだろうが。ま、自分で考えろ」
「でも、先刻は、初めから僕のことなんか好きじゃなかったって言ったじゃないか」
「嘘だ」
「嘘?」
 サトルは薄く笑って、マイケルの頭から手を離す。
「私は時々嘘をつく。騙されないように注意しろ。ほら、早く登れ。夜警に見つかるぞ」
 急かされて、マイケルは鉄柵を器用によじ登り、孤児院の敷地内にぽんと飛び降りた。
 柵をつかんで、サトルを見る。
「大使。ありがとう。でも、ちょっと意地悪だよ」
「さっさと行け」
 マイケルは最後に子供らしい笑みを浮かべて、建物の方へと走っていった。

 サトルはマイケルが見えなくなると踵を返して歩き出す。
 金がないので歩いて帰ろうかとも考えたが、無理はしないことにした。
 一番近い警察署まで行き、被害届けを出し、カードを差し止め、怪我の手当てをしてもらい、思わせぶりにヘルマンの悪い噂を呟いて、警察の馬車で大使館まで送ってもらった。
「閣下」
 クラウルは大袈裟に首を振って嘆いた。
「眠りたいんだ。話は明日でいいだろう?一日中説教されても構わないし、教会に君の気のすむまで預けられても文句は言わないから」
「そうでございますか。承知しました。明日、牧師様にご連絡いたしましょう」
 クラウルはそう言って自分の部屋へ向かって歩いて行ってしまった。
 冗談を言ったのかどうか判らず、サトルは確かめたい気もしたが諦め、クラウルの背中を見送る。
 とにかく、もう眠ってしまいたかった。
 見ると、ミリアがサトルの顔を痛々しげに見上げている。
「こんな顔じゃ、女たちは気味悪がるかな?」
 ミリアは首をすくめた。
「さあ、そんなお人もいるでしょうが、目を殴られなかったのは幸運ですわ」
「そうか?」
「ええ。顎だけなら、少し格好いいくらいです」
「へえ。嬉しいね」
 サトルは笑って歩き出したが、笑ったせいで口の端がヒリヒリした。
「きっと、余計に構ってあげたくなったり、喜んだりする女性もいるでしょうね」
「喜ぶのかい?」
「ええ。好きな男性が弱っているのを、見るのが楽しいって言う女性は結構いるんですよ」
「怖いな」
 自宅に戻ってほっとしたのは束の間だった。
 階段を上ろうとすると、踊り場にカレンが立っていた。
 サトルは足をいったん止めたが、そのまま階段を上り、カレンの前に立った。
「お出迎えかい?」
「ええ。お帰りなさい。酷い目に遭ったそうね」
 しおらしい表情でカレンはそう言った。
「君は見てたんじゃないのか?私が殴られる様を」
「そんな力は私にはないわ」
「そう。残念だったな。いい見ものだったと思うよ」
「あなたは、誤解してるわ。私はあなたを苦しめたい訳じゃないのよ」
「一つ言っておく」
「なに?」
「ナオミはあんなことは言わない。ドレスのサイズが自分に合ってなかったからといって、店に苦情電話をかけろなんて言う女じゃない」
「なんのこと?」
「そもそも、あんなドレスは選ばない」
「この間もらったドレスの話ね?ごめんなさい。あの時のことはよく覚えてないの」
「そう。残念だったな。おやすみ」
 カレンをその場に残して、サトルは自室へ戻った。
 そして、服を脱ぎながらミリアに言う。
「ナオミの部屋にある服だが」
「はい」
「ナオミのものじゃない分は、全てカレンの部屋に運んでくれ」
「……よろしいんですか?」
「ああ。靴もバッグも、全部だ」
「承知しました」
 ミリアは歓迎できない顔をしていた。

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