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小説|腐った祝祭 第ニ章 14

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 ギリヤ街で飲んでいると、約束をした訳でもないのにテラが傍に来ていた。
「やあ」
「どうしたんですかい?こんな早くから」
 時間は8時くらいだったが、サトルは既に酔っていた。
「いけないのか?文句言うなら奢ってやらないよ」
「文句じゃないでさ」
 テラは追い返されないうちに椅子に座って、酒を注文した。
「けど、今からそんなんじゃ、悪い奴らに絡まれますよ」
「私はそれほどひ弱じゃないつもりだよ」
「知ってますよ。でも、酔っ払い過ぎてるときは注意しないと」
 テラがまともなことを言っているのが面白くて、サトルは笑った。
 サトルは頬杖をついていたが、もう少しでテーブルにうつ伏せになりそうだった。
「じゃあ、君を用心棒に雇おう」
「いいですけどねえ。旦那より弱いですからねえ」
 テラは素直に困っているようだ。
「まあ、一人でいるよりはいいでしょうから、ここにいますよ」
「ありがとう。君は善い奴だね」
 ヘヘヘと笑って、テラは運ばれてきた酒に口を付けた。
 ごくりと飲んで、プハーッと美味そうに息を吐く。
「いつも思ってたんだが」
「へい」
「君は寝不足なんじゃないか?目の下にいつも隈はってるよ」
「そうですかい?そうだなあ、まあ、朝早いから、寝不足は寝不足かもしれねえでさあね」
「ふうん。昼まで寝てる口かと思っていた」
「とんでもねえ。あっしだって働いてんですぜ。いつも奢ってもらってるくせに威張れたもんじゃありやせんけどね」
「へえ、そうか。いったいなんの仕事をしてるんだ?」
「なに、大した仕事じゃありませんよ。朝は新聞屋、昼は修理工でさ」
「掛け持ちか。大変だな。新聞は印刷かい?」
「配達でさ。でもそれが終わりゃ、昼までまた一眠り。まあ、昼まで寝てる口ってのは当たってるな」
「一働きした後ならいいさ。それで、修理って何の?」
「電気製品をね。他にも壊れたショベルやリヤカーだって直しますぜ。金属ならなんでも」
「へえ、すごいな君は。大した仕事だよ。電気製品の修理ができるなんて。しかも働き者だ。知らなかった。今まで悪かったね。てっきりただの酒飲みだと思ってた」
「へへへ」
 テラは照れ笑いをして、帽子の上から頭を掻いた。
「おべっかじゃないんだよ。だって、私には電気製品の修理なんか出来ないんだから」
「あっしだって、旦那みたいに何ヶ国語も話したりできませんや。へへ」
「言葉なんか、学問のうちに入らない。赤ん坊だってそのうち聞き覚えで話せるようになるんだ。一からやる暇と必要性があれば、誰だって覚えるさ」
「そんなもんですかねえ。ああ、それに、ダンスだってできないし」
「テラ。私をバカにしてるな」
「そんなこたないでさ」
「どれもこれも暇な人間のやることじゃないか」
 サトルは笑って、テーブルの上のボトルから酒をグラスに注ぎ、テラにも注いでやる。
「結婚はしてるのか?」
「へえ。一応」
「そうか。いよいよ立派な男だな」
「今日はやけにおだてられるなあ」
「奢ってもらおうと思ってね」
「参ったなあ」
 サトルは酒を飲む。
「おや、そうでもないか。だって、毎日こんな所で飲んでたら、奥さんに悪いだろう?」
「あれ、風向きが変わったぞ」
 テラは急いで酒を注ぐ。
 サトルは笑う。
 しかし、笑う力も弱くなってきた。
「怒られないのかい?」
「家にいた方が喧嘩になるんでね。まあ、こんなとこに避難してるわけで」
「飲みたいだけだろう」
「へへへ」
 サトルはうとうとし始める。
「旦那。馬車を呼びましょうか?いったい何時からいたんです?」
「んー、さあ」
「参ったな。こんな旦那は初めてだぜ。ちょっと待ってて下せえよ。しかし物騒だな、平気でキラキラ指につけて寝てんだから。着てる服だけでも剥がされそうなのに」
 テラはブツブツ言いながら、突っ伏しているサトルの体の下に、左手をねじ込んでから外に出た。
 しばらくしてテラは急ぎ足で戻ってくると、サトルを担いで外に出る。
 馬車に乗せられて、サトルは隣に座っているテラに聞いた。
「なんだここ?気持ち悪い……」
「しっかりして下さいよ、旦那。馬車ですよ」
 ガタガタと揺らされながら、サトルはポケットを探った。
「おい、酒代どうした?」
「ちゃんと払ってもらいましたよ。忘れたんですかい。だめだな、こりゃあ」
「じゃあ、馬車賃だ。払っといてくれよ」
「へいへい」
 サトルはテラに紙幣を渡す。
 そして、大使館の正門の百メートルほど手前で馬車を降ろしてもらった。
 これ以上揺られていたら、胃の中のものを出してしまうことは確実だった。
 テラは門まで連れて行くと言ったが、サトルは断って自力で歩いた。
 歩いていると少しは気分が良くなった。
 しかし、リックたちに見つかって、敷地内に引きずり込まれたところで吐いてしまった。
「ああ気持ち悪い」
「閣下、しっかりして下さい」
「悪いね。でも褒めてくれよ。公道は汚さなかったんだから」
 サトルは警備員の手によって部屋まで運ばれた。
 翌日は当然のように、昼を過ぎて目を覚ました。
 一応パジャマには着替えていた。
 重い頭で昨夜のことを思い出してみる。
 ミリアから酒臭いと罵られながら服を剥ぎ取られた記憶がかすかに残っていた。
 響く頭で風呂に入り、着替えて執務室に行くと、今度はクラウルに叱られた。「判ったよ。気をつける」と答えたが、サトルの深酒はそれからも続いた。

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