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小説|腐った祝祭 第一章 16

「最悪だよ」
 ナオミにおやすみの挨拶をした後で、クラウル相手にサトルは愚痴をこぼしていた。
 居間のソファーにだらしなく横になっている。
「それより閣下。今日はいろんな店を回られたようですね。あちこちからドレスとスーツと靴が届けられて忙しかったんですよ。靴屋と美容室から届いたものはご自身のもののようでしたので、こちらで取り計らいましたが、他のものは客室に入れております。いつものように気に入らないものは送り返しますので、お時間のあるときにご指示ください」
 サトルが顔を出す洋服店は、それを着てもらうだけで良い宣伝になるので、何かの機会がある度にパーティー用の服を送ってくる。
 気に入らないからと返品する必要はないのだが、サトルは邪魔になるという理由で送り返していた。
「今までのお膳立てが全てパーだよ。まったく腹が立つ、あのバカ詩人。大事な夜だったのに」
「聞いてらっしゃらないようですね。お邪魔でしたら、私はお先に失礼いたしましょうか」
「聞いてるよ」
 サトルは寝返りを打って頬杖をつき、クラウルを見据える。
「それよりってなんだ?これより重大な話はないよ。この私が婚約しようって気になったんだ。それを彼女ははねつけた。考えられないよ。あのバカ男め。……いや、違うか?どう思う?ナオミは前の男に未練があるのかな」
 クラウルはかぶりを振った。
「閣下。お言葉ですが、今回は行き過ぎていらっしゃいます」
「行き過ぎ?なにがだい」
「ナオミ様は、サトル様が今まで相手にしてきた方々とは明らかに違います。普通のお方ですよ」
「今までってなんだい」
「贅沢や名誉欲に振り回されるお方ではないということです。閣下だってお判りの筈です。ナオミ様はご自分から何かを欲しがられたことなどないし、私どもに命令をされたこともありません」
「へえ。君たちはナオミの言うことをよく聞いてたじゃないか。私がいない時はいろいろ言いつけられてたんじゃないのかい」
「とんでもない。庭に出れば落ち葉掃除を手伝おうとされるし、ジョエルが三時のお菓子を作ってやると言っても自分だけにならいらないとお断りになられるし、使用人用にまかないの厨房が別にあると聞けば皆と同じものを食べると言い出すし」
「女中達と一緒に食事をしたのか?」
「いいえ。それは私が引き止めました。閣下に叱られるのは女中たちだからと言うと、素直に言うことを聞いて下さいました」
「ふうん」
「とにかく、いろんなものに興味を示されて多少戸惑うこともございますが、傲慢な態度は少しも感じられません」
「しかし、ミリアでさえ私ではなくナオミの言うことを聞いていた」
「命令といったものではありません。なんと言うか……頼まれるので」
「命令と頼みは違うか」
「違うと思いますが」
「お願いされちゃったんだね。さすがのクラウルも、ナオミにおねがいってせがまれると断れないか?」
「妙ですね。まだお酒が残っておられますか」
「当たり前だろう。パーティーに出てたんだ。しかも楽しい酒じゃなかった」
「ナオミ様と一緒にいらっしゃったのに、そんな言い草はないのでは」
 サトルは体を起こした。
 両膝に手をついて、やや前かがみになる。
「妙なのはそっちだろう。君を宮廷から引き抜いて今まで、ここまで私に突っかかってきたことはないよ。頑固で融通が利かずに仲間から浮いていた接客係が、今では主人にも意見する立派な執事に成長したというのか。いい話だ。涙が出る」
 クラウルは引かなかった。
「私の態度がお気に召さなかったのなら処分してください。しかし、ナオミ様が明日、もし帰るおつもりなのなら、私は手助けいたしましょう。閣下が無理を言われても、空港までは私が何とかお連れしましょう」
 サトルは眉をひそめる。
 少しあきれたように。
「なんて酷い執事だ。私がそこまで無理をすると思っているのか?それに、どうしてそこまでナオミに肩入れするんだ?何をむきになってる?」
「さあ。判りません」
「帰ると言うなら帰ればいいさ。あのゴミだらけの街にね。でもね、ナオミだってこの一週間、母国じゃ考えられないくらいの贅沢をしてきたんだよ。それに物欲や名誉欲は少しも付随していなかったと言い切れるか?君らがかしずいてくれる様を気分良く思わなかったと思うか?きっと彼女は前の男のことだって既に頭にはないね」
「むきになられているのは閣下です」
「好きに感じろ。なあ、賭けようじゃないか。ナオミは残るよ。ここの生活に不満があるわけないんだ。心配は要らない。私は女を口説きはするが、暴力はふるわないよ」
「そんな賭けは、神がお許しになりません」
 クラウルは出て行ってしまった。
 話し相手を失って、サトルはソファーに体を倒した。


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