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小説|腐った祝祭 第一章 34

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 サトルは『一月の午後に雪の庭園を眺めながらクリスタル・マウンテンを楽しむ会』から帰ってきた。
 単なる新年恒例のお茶会だ。
 長ったらしく、くだらないタイトルだが、これがルル語だと実に風流な響きに変化する。
 しかし、内容はつまらなかった。
 美味しいコーヒーを美しい庭を見ながら味わったはずだが、少しも楽しくなかった。
 いつも隣にいるナオミがいなかったからだろうし、婚約したサトルに返って興味を持つ女などがいて、非常に面倒な気分に陥ったからでもあるだろう。
 そして、クラウルからナオミが出かけていると聞いて、サトルの機嫌は最悪になった。
「どうして?具合が悪いから家にいたんだろう!」
 声を荒らげるサトルに、クラウルはその対応に困っている。
 サトルが大声を出すというのは非常に珍しいことだった。
 対処方法を判断できないまま、おずおずと答える。
「体調はよくなられた様でしたが」
「いつ出て行った?」
「2時になる少し前でした」
「私が出かけてすぐじゃないか!」
 サトルは腕時計に目をやる。
 4時34分。
 自分を落ち着かせるように、深呼吸をした。
 ゆっくりと言う。
「いつも何時ごろ帰ってくる?」
「大抵は今頃の時間です。5時を過ぎられたことはございません」
「そう」
 ビクついて立っているミリアを目にとめると、サトルはコートを脱いだ。
 ミリアは慌ててそれを受け取る。
 サトルはミリアに聞く。
「ブーツを履いていたか?今日は少し暖かくて、地面がぬかるんでいる所があった」
「はい。ジーンズにブーツを履いてお出かけになりました」
「ジーンズだって?フン、あんなもの早く捨ててしまえばいいのに」
 サトルは吐き捨てるように言って、部屋へ向かった。
 シャワーを浴びて着替えると、苛々しながら玄関へ戻ってくる。
 ナオミが帰ってくるまで十分は待たなければならなかった。
 クラウルは5時を過ぎたことはないと言ったが、それが本当のことなのかは怪しいものだ。
 嘘でないなら今日初めて5時を過ぎてしまったのだ。

 リックは玄関の外で挨拶を済ませ、自分の持ち場に戻っていく。
 ナオミはセアラと一緒に玄関に入ってきた。
 ホールの壁に寄りかかり腕組みをしているサトルを見ると、ナオミはビクッと足を止めた。
 驚いただけだろうが、怯えているように思えて、それが癇に障った。
「遅いぞ」
 サトルが言ってナオミに向かって歩きだすと、すぐにセアラが、手に持っていた紙袋を床に落としてしまった。
 ナオミが言う。
「ただいま。ごめんなさい。サトルさん、もっと遅くなると思ってたから、少しゆっくりし過ぎてしまったみたい。早かったのね。もう出かけないの?」
「つまらないから帰ってきた。もう出かけない」
 サトルはナオミの前に立ち、傍で紙袋を拾い上げるセアラを見た。
 ナオミが言う。
「今日は道が歩きにくかったでしょう?雪がとけてる場所もあったのよ。ルルの冬は長いってサトルさん言ってたけど、もうこのまま暖かくなるの?」
「一時的なものだろう」
「ねえ、サトルさん」
「セアラ」
 ナオミの問いかけを無視して、サトルはセアラに言う。
「何を持ってる?見せなさい」
 ナオミが言った。
「駄目よ。それはセアラの物よ」
「私に見せられない物なのか?」
「私が買ったんじゃないんだったら」
 サトルは無視して、セアラに手を差し出した。
 セアラは逆らうことが出来ずに、少し震えながらそれを渡そうとする。
 その間にナオミが割って入る。
「どうしたの?サトルさん。私の物じゃないって言ってるのよ?」
「どきなさい。君の物じゃなくても関係ない。私はセアラに見せてくれと頼んでいるだけだ」
 背後で足音が聞こえてきた。
 クラウルとミリアのようだったが、サトルは気にしなかった。
「セアラ。見せてくれるね?」
 セアラは紙袋を渡した。
 サトルが中身を取り出すと、それは週刊誌だった。あまり上品ではない類のものだ。
 サトルは無表情でそれをめくる。
 自分の写真が三枚載っていた。
 それを見たまま、ナオミに聞く。
「これは、君も読んだのかな」
 ナオミは頷いて、そのまま俯いてしまった。
「そう。はい、ありがとう」
 サトルはセアラに雑誌を返した。
 そして「もう今日は下がっていいよ」と、優しい声で言い、ナオミの肩に手を置く。
「さあ、部屋に行こう」
 二人が歩いていく様子を、その場にいた三人は心配そうに見送った。

 ナオミが風呂に入っている間、サトルはベッドに横になっていた。
 くだらない記事だった。
 写真は、初めはアヴェ・マリアを聞いて涙を拭いているナオミと、その肩を抱き寄せているサトルの写真だった。
 二枚目は、グリーン卿の葬儀でベラと話をしているサトルの写真。
 三枚目は、グリーン卿の葬儀でベラの肩を抱き寄せているサトルの写真。
 記事の内容は写真に写った二人の女性とサトルの間柄を推測するバカげたものだ。
 あんなものを、今までもナオミは読んでいたのだろうか?
 自分では読まないだろう。
 ナオミはまだ、ルルの文章をすらすら読めないのだから。
 しかし、セアラが読んで聞かせたに決まっている。
 今まで?ずっと?
 いつの間にかナオミが着替えて、ベッド脇に立っていた。
 サトルは体を起こして、ナオミに手を差し伸べる。
「ちょっと座りなさい」
 ナオミはサトルの手を取って、ベッドに腰かけた。
「あの記事を読んで、どう思った」
「……そうね。サトルさんって、有名なんだなって」
「からかってるのか?」
 サトルはナオミを抱きしめて耳にキスする。
 ナオミは微笑んで、首を振った。
「そんなんじゃないわ。本当にそう思ったのよ」
「他には?」
「レイディー・ベラは綺麗な人」
「神に誓って言うけど、私は彼女とは何の関係もないよ」
「誓ったりすることはないわ。あなたと彼女の仲がいいのは、クラウルにも聞いてるから。子爵夫妻はここに来て初めてのお友達なんでしょう?」
「そうだよ」
「なんとも思ってないわ、私。親友が辛い時に傍にいてあげるのは、悪い事じゃないもの」
「本当にそう思ってる?」
「ええ」
「あの記事について、私に聞きたいことはもうないかい?」
「ないわ。ねえ。今日、本屋さんに行ったのよ。そしたらあの雑誌をセアラが見つけたの。それを見てるのに私が気付いて、横から覗いたらセアラは慌ててそれを棚に戻したの。それで気になって私も手にとって見たのよ。自分が載ってて少し恥ずかしかった。セアラは止めたけど、私が買ったの。セアラは何も悪いことなんかしてないわ」
「それなら君は私に嘘をついたね」
「ええ。でも、あなたが怖い顔で彼女を睨むから」
「睨んでたかな?」
「睨んでたわ。あなたは、私たちが帰ってきた時から怖い顔してた」
「だって、君がいないからだよ。今日は大人しく家にいるように言ってただろう?」
「だって、お昼にはもうお腹も痛くなくなったんだもの。外は暖かそうだったし。家の中でじっとしているのが勿体無かったの」
「何処に行ってたの?」
「……散歩よ。食器屋さんを見たり、本屋さんに行ったり。セアラは私の気まぐれにいつもよく付き合ってくれるわ。だから、怒らないでね」
「判った。でも、あまり私の留守に街をうろうろするのは心配だよ」
「でも、そのためにリックに頼んでくれたんでしょう?大丈夫よ」
「そうだけど、出かける予定の時は、前もって私にも言ってくれよ。そうじゃないと、気が気でならない」
 ナオミは振り向いて微笑む。
「心配性ね」

 心配性だな。

 何度か女に言ったことのある言葉だった。
 それを今、自分が言われている。
 サトルは不思議に思い、同時に不安になった。
 そんなサトルの内心に気付く訳もなく、ナオミが明るく言う。
「ね、お腹すいたわ。夕食まだなのよ?それとも、サトルさんは食べちゃったの?」
「ああ、そうだったね」
 サトルは少しも空腹を感じていなかったが、ベッドを降りて、ナオミと共に食堂へ向かった。

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