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小説|腐った祝祭 第ニ章 21

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 朝食の席にカレンは平静の顔をしてついた。
 カレンは、もしかしたら昨日、自分がまたおかしな行動を取ったのではないかと聞いた。
 サトルはその通りだと答えた。
 それ以外の会話はなかった。

 朝刊の片隅にヘルマンが逮捕された記事が載っていた。
 未成年者を連れて帰り、少年にわいせつな言葉を吐いたところを、自宅を張り込んでいた警官に現行犯逮捕されたとあった。
 少年の年齢が出ていたが、マイケルとは違っていた。
 新聞をデスクに放り、クラウルがそれを片付けた。
「君は機嫌が悪かったよね」
 急にそう言われて、クラウルは目を瞬いた。
「なんと?」
「彼らが来た時。そうだよ。ベラに責任を押し付けるのは間違っているね。歓迎は出来ないが」
「なんのお話でございますか?」
「いや。いいんだ。婚約者だと紹介したのは虫除けの意味もあったんだ。弁解の余地はない。虫は大臣たちだ。追い払いたかった。守りたかったのは誰だ?ナオミか?自分だろう」
「閣下……」
 独り言のようにぼんやりとした顔で続けるサトルを、クラウルは心配そうに見つめた。
 サトルの視線は窓の外にあった。
「ナオミを利用したんだ。その通りだ。でも、彼女にそうと知られたくはなかった。でも、彼女は全てを見透かした。くだらない記事を見て感じとった。君は怒っていた。私はその様子が面白かった。こんなこと大したことじゃないと思っていたから。女を利用して何が悪い?彼女たちは私を利用している。私の立場と金を。彼女だって金を使っていた。それは事実だろう。与えれば与えられる。与えられたら与える。何が悪い?」
「閣下。ご気分でもお悪いのですか?」
 サトルはクラウルを見ると、急に笑顔になった。
「快調だよ。心配いらない。ねえ、昨日フェルと会ったと言ったろう?彼はね、赤毛の女性を見るとつい意識してしまうらしいんだ。初恋の相手がそうだったんだってさ。今度ここに招待して、ミリアに引き会わせるって言うのはどうだろう?なかなかの好青年なんだよ。ちょっと騙されやすい、お人好しなところがあるけどね。ミリアもすっかり大人になったし、いつまでもこんな面倒な男に雇われたままってのも考えものだろう。どうかな。上手くいけば永久就職だ」
「さあ。私にはどうとも申し上げられませんが」
「うん、いや、就職なんて失礼な言い回しか」
 執務室のドアがノックされた。
 どうぞと言うと、緊張気味のセアラが中に入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「ああ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「はい」
 サトルは椅子の向きを机の正面に立ったセアラの方へ変えた。
「ナオミと何処に行ってたんだい?」
「え……」
 単刀直入な問いに、セアラはたじろいだ。
「今更だが教えて欲しい。いつも君たちと何処に行っていたのかを。ハリーランドが目的だったのかい?」
「……いえ」
「その近辺の町かい?あの辺りには芸術家たちが集まっている町もあるし、近代的な建物で統一された町もあるね。そういった場所を見て回っていたのかな?それとも、もっと西まで行ったのかな。川沿いには低所得者が集っている地区もある。馬車が入れない不便な住宅街だ。ただ家賃は安い」
「はい」
「はい、じゃないよ。何処に行っていたのか教えて欲しいんだよ」
「私は、申し上げられません」
 クラウルが驚いてセアラを見た。
 サトルは笑った。
「言ってくれないと困るな。ナオミが何をしていたのか知りたいんだ。それはいけないことかい?」
 セアラは胸の前で手を組んだ。
 キュッと、交差させた指を硬く握る。
「ナオミ様は、閣下には内緒にするようにと言われました。もし言えば、きっと閣下はいい顔をなさらないと。だから黙っていて欲しいと。もし、ナオミ様が今ここにいらっしゃれば、私は閣下にお話ししていたと思います。今お話しして、後でナオミ様に許していただくことができますから。でも、でも、」
 セアラの組んだ指の力がその血管をせきとめ、指先が白くなっていった。
「今はもう、ナオミ様はいらっしゃいません。私は許しを請うこともできません。だから申し上げられません。お許しください。私は、ナオミ様の……」
「もういい」
 泣き出したセアラから目をそらす。
「下がってくれ。女の涙なんか見たくない」
 クラウルがドアを開けてやったようだった。
 セアラは涙声を残して出て行った。
 クラウルに言う。
「リックを呼んでくれ。彼なら泣くことはないだろう」
 確かにリックは泣かなかったが、素直に答えてはくれなかった。
「どういう事なんだ?」
「ナオミ様は、閣下に軽蔑されるかも知れないとおっしゃっていました。もちろん、私は閣下の命令に背きたいわけではありません。ただ、少し考えさせてください。どうか、時間を……。ナオミ様の言いつけに背くことも、心苦しいのです」
「軽蔑だと?最近その言葉は流行ってるのか、まったく。君らは私の知らないところでどれほどの悪事を働いていた?」
「どうか、考える時間をください。お願いします」
 リックは深々と頭を下げる。
 サトルは立ち上がり、窓の前まで歩いていく。
「判ったよ。さっさと出て行って、好きなだけ考えればいいだろう」
 中庭を睨みつける。
 リックが出て行き、サトルは言った。
「つまりこういうことか。利害は一致していた。私が知ろうとしなかっただけではなく、ナオミもどうしても隠していたかったんだ。どおりで誰の口からも聞かなかったわけだ。宝石を買いあさって何をしていたんだろう。金に換えたのか?あり得るね。あのカードは買い物専用だったから。簡単だな。宝石商や質屋をしらみつぶしにあたればすぐに判る。何を企んでたんだ、ナオミ」
 親指で下唇をつついていると、公邸のポーチにカレンが出てきた。
 本館の裏口に続く道でなく、直接正門へ行く小路を歩いてゆく。
 チャコールグレーのツーピースの服を着ていた。
「カレンが出かけるようだよ」
「さようで」
「どこに行くんだろう?」
「さあ。昨日も閣下が出かけられてすぐに出かけてらっしゃいましたね。よくお出かけになられる方です」
「ナオミと同じだ。その上、ナオミのようには手間がかからない」
「閣下。今日は少し変でございますよ」
「そうかな?」
「ええ。ぼんやりされている割りに、おっしゃっている言葉が悪うございます」
「気を付けよう。知ってるかい?カレンは綺麗な髪をしているよ。艶のある黒髪だ。どうせならもっと長く伸ば……」
 サトルは言葉を区切ってクラウルを見た。
 クラウルはこちらを見ていた。
 どうしたんだと言うように、クラウルは頷く。
 サトルは答える。
「ナオミの髪の色は栗色だった。ちょっと見た感じや、水に濡れた時なんかは黒く見えるけど、本当は栗色なんだ。髪が細くてね、絹のように美しい髪だった。日に透かしてみると、赤く輝いたものだよ」
「はあ。確かにナオミ様の髪は美しく…」
 クラウルの言葉を遮るように、急にサトルはその顔を人差し指で指し示した。
 驚いたクラウルは口を閉じる。
「ナオミは、自分の妹は黒髪だと言ったんだ」
 確かめるような口調でサトルは言い、いきなりドアに向かって歩いた。
 クラウルがおたおたと後に続いたが、サトルはドアを開けると振り向き、クラウルはぶつかりそうになった。
「孤児院に新しく専門クラスを作るんだ。そのロビーに飾る絵を描いてくれと頼んだんだよ。そうしたら題材を何にするか考えてくれと言われてね。フェルから電話があったら、君に全て任せると言っておいてくれ」
「は、はい。承知しました」
 サトルは早足で裏口から外へ出て行った。

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