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ILIA≠(AILI) ―イリア・ノットイコール― 第3話【ジャンププラス原作大賞・連載部門応募作品】

「死ねやぁ!」
 空から降ってきた一鉄は、『三つ巴』の三人とアイリの間にドスン音を響かせて着地し、間髪入れずフェイに殴りかかった。
 ブオンッ。
 しかし、拳は空を切っただけだった。
 フェイは拳が顔面を捉える直前、何もない空間に向かってバク転していた。
「フェイ!」
 アイリは叫びながら通路の縁まで駆け寄り、下を覗いた。
 落下したフェイは、手すりも何もない幅三十センチ程の細い通路の上で、体を前後に揺らして「おっとっと」とバランスを取っていた。
「大丈夫?」とアイリが訊ねると、フェイは親指を立てて答えた。
 一鉄もすかさず飛び降り、二人は一対一で睨み合った。
「負けるな脳筋」「タイマンだよ、タイマン」……。
 ワイワイガヤガヤとクロウズのサポーターたちが再び熱狂しだした。
「情けねえなあ。ドラゴンクロウズの跡取り息子ともあろう者が、まさか巨大企業イージスの手を借りて『蜘蛛の糸』で救助されるとはねえ。だいたいクロウズとイージスは敵対してたんじゃねえの? 城(じょう)の親父さんはいつ方向転換したんだよ?」
「お前も親父も、何もわかってねえ。企業の力を使って伸し上がる、それが新時代のギャングのあり方なんだよ」
「なるほど。お前は独断で企業と手を組んだってわけだ。不思議だったんだよ。クロウズで御法度の『ドーパミンプローブ』をどこから入手したのかって。まさかイージスからの横流し品だったとはな。道理で、必死になって追いかけるわけだ。取り返せなきゃ、クロウズとイージスの面子を同時に潰すことになって、お前らは破滅だもんな」
「わかったような口を利くんじゃねえ! 最後通告だ。残りのプローブを返して、俺の前に跪いて許しを請え。イージス、ホーククロウズの両者と手を組むって宣言しろ。そうすれば、今回の件は水に流してやる」
「随分とふざけた提案だな」
「俺はなあ、これでもお前ら『三つ巴』のことを買ってんだ。いずれ『大三元』みたいにゴリゴリっと企業にすり潰される姿を見たくはねえんだよ」
 一鉄は憐れむような表情でフェイを見た。
「けっ、お前に同情されるほど落ちぶれちゃいねえよ」
「交渉決裂だなあ。なら仕方ねえ、ここで死ねやっ!」


「ねえ、『大三元』って何?」
 二人を見下ろしながら会話を聞いていたアイリはドゥンビアとゼフラに訊ねた。
「『大三元』は立体都市最大のマフィアグループだったの。けれど五年前に内輪揉めが起きた。そこを東雲に付け込まれて壊滅したの」
「『大三元』の幹部だった俺とゼフラとフェイの両親はその時、東雲の奴らに皆殺しにされた」
 二人は毅然と答えた。
「そっか、私と同じね……ごめんね、辛いこと思い出させちゃって」
 ――私と同じ? 私の両親は殺されたんだっけ?


 一鉄が雄叫びを上げ、姿勢を低く保ったままフェイに向かって突進し、岩のような巨体でタックルをかまそうとしていた。フェイは軽く飛び跳ねてスニーカーに内蔵されたローラーを引き出し、ギュインと加速して一鉄に突進した。
 二人の体が交錯した。
 次の瞬間、一鉄の顎が跳ね上がった。
 フェイはタックルしてきた一鉄の両手をすり抜け、膝蹴りを決めた。
 ――手応え充分。眠りな。
「効いたぜ、フェイ」
 一鉄は顔を真正面に戻し、ギロリと強い光を宿した瞳でフェイを睨みつけた。
 ドンと強い衝撃がフェイの脇腹に走り、体が後方に吹き飛ばされ大の字に倒れた。
 ――殴られた? のか。全然見えなかった。
「危ないっ! よけてっ!」
 頭上から聞こえたアイリの声に一鉄の姿が重なっていた。跳躍した一鉄がフェイの頭を踏み潰そうとしていた。
 フェイは咄嗟に体を回転させて交わす。が、通路から落下しかけ、焦りながら右手を伸ばし何とか縁を掴み、墜落するのは免れた。腹部が熱を持ってズキズキ痛み、背中を冷たい汗が流れる。
「しぶとい奴だぜ、まったくよお」
 一鉄は足を振り下ろしフェイの右手を粉砕しようとした。
 フェイは即座に右手を離し、左手で通路側面のアーチの出っ張りを掴んだ。右手でもアーチを掴んで通路下に移動した。スニーカーのブレードを収納しつつ足を持ち上げ、隙間にヒールフックをかけ、通路の真下で逆さまになった。通路の上ではフェイの姿を見失った一鉄が動き回る気配がする。「下よ、下」「通路の真下に隠れてるぞ」「やっちゃえやっちゃえ」……。
 一鉄に助言を与えるようにギャラリーたちから声が上がった。
 ――さて、どうしたもんか。
「フェイ、大丈夫か?」
 端末からドゥンビアの声が聞こえた。
「作戦を教えてくれ」
「プランA。俺が加勢して二人で戦う」
「論外だな。素手でどうにかなる相手じゃない。プランBは?」
「逃げる。さっきと同じ手を使う」
「オッケーそれで行こう。逃走ルートを送ってくれ」
 フェイはホログラムを表示して確認した。
「そんなところで、こそこそ、こそこそ何やってんだあ」
 一鉄がドローンに乗って通路の下に回り込み、拳を振り被ってフェイに突っ込んできた。フェイは逆さまの状態から腹筋を使って上半身を引き上げ、難なく交わした。
「ドゥンビア、このルートは駄目だ。アイリを連れて行けない」
「フェイ、あの子は俺たちとは何の関係もない。偶然知り合っただけだ。置いていくのが正しい選択だ」
 一鉄を乗せたドローンがフェイの真下に回り込み、ゆっくりと上昇してくる。
 ――チッ。力づくでここから引っぺがすつもりかよ。
 フェイはヒールフックを外し、両手で体を支えながら一鉄の伸ばしてきた腕を蹴り飛ばした。一鉄はドローンの上で少しよろめいた。
「ドゥンビア、憶えてるか? 父親と母親が殺されて一人残されたときの孤独と絶望感を――」
「……フッ」と話の途中でドゥンビアが声を漏らした。
「何笑ってんだよ?」
 フェイは再びヒールフックかけ、それから側面のアーチに手をかけてよじ登り、通路の上に戻った。
「計算通りだと思ってな。『見捨てない』。それでこそ俺たちのリーダーだ。アイリと一緒に逃げるルートならもう用意してある。プランⅭだ」
「何だよ、準備してるなら最初っからそう言えよ」
 フェイはドゥンビアのプランⅭをホログラムで確認し、言った。
「これなら上手くいきそうだ。でも通報する相手はイージスセキュリティでいいのか?」
「ああ、他のSP(セキュリティポリス)だと後々面倒なことになりそうだからな」
「わかった」
「何、ごちゃごちゃ喚いてやがる。さっさと観念して俺に殺されろ!」
 ドローンに乗った一鉄がフェイに襲いかかろうとしていた。
「ちょ待てよ、一鉄。悪かった、俺たちが悪かった」
 フェイは抵抗しない意思を示すため両手を掲げた。
「降参だ、降参。盗んだものは返す。だから許してくれ。ええっと、あとは……」
 跪いて頭を垂れながら言った。
「どうかお許しください。一鉄様。俺たち『三つ巴』は提案通りホーククロウズと手を組みます」
「がっはっはっは。そうかそうか。ようやく俺の気持ちが伝わってみたいで嬉しいぜ」
「『ドーパミンプローブ』はゼフラから受け取ってくれ」
 一鉄はドローンで上昇を始めた。
「はい、返すね」
 そう言ってゼフラは黒い筒を全て奈落に向かって勢いよく放り投げた。「騙したな、糞共がっ!」
 一鉄は落ちていく筒を追いかけるが、途中で止まった。
「なーんてなっ。二阿! 三々子! 四々雄!」
 下から龍宮兄弟のドローンが上昇してきて、落下する黒い筒を全て掴み取った。
「同じ手が二度も通用するかよ、『三竦み』! てめえらの猿知恵なんぞ、全てまるっと」
「お見通しだ!」
 リーゼント四人が声を揃えて、ポーズを決めた。
「いいぞ、いいぞ」「二阿様ぁ」「三々子ぉ」「四々雄ちゃーん」「一鉄ぅ」……。
 ギャラリーが盛大に歓声を上げた。
「そうか、流石だな」
 フェイが諦めたように言うと、ドゥンビア、ゼフラ、アイリも両手を挙げて無抵抗の意思を示した。
 ゴォオオオオ、というエンジン音と、ウーウー、ウーウーというサイレン音が、遥か上層から聞こえたかと思うと急激に近づいてきた。
「SPだ」「逃げろ逃げろ」「イージスセキュリティか?」……。
 ギャラリーたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
『鷹の爪団』も逃げようとするが、
「動くなっ!」
 と拡声器で一喝され、サーチライトが当てられた。
 ――プランⅭ。上手くいったぜ。
 高速移動型ドローン『スカイボード』に乗り、全身をパワードスーツで固めた四人のSPが銃口を向けたのはフェイ達に対してだった。
 ――何っ? どういうことだ?
「フェイ、アテナセキュリティじゃない、あれはっ」
 ドゥンビアが指を差した。その先にはΛの刻印が見えた。
「スパルタクス」
 ――俺たちの仇。復讐するべき相手。
「フェイ、こんな所で何をしている?」
 SPの一人がパワードスーツの頭部を外して顔を見せた。
「大哥(兄貴)っ!」
「お前、まさかそのコスプレイヤーの仲間じゃないだろうな? そのお嬢ちゃんは立体都市の規約違反者だぞ」
「だから、何だっ」
「チッ。全員その場から動くな。身柄を拘束する」
「わかりましたって、従うわけねえだろう」
 フェイは奥歯をギリッと噛み締めながら言った。
「待って、フェイ」
 アイリが割って入った。
「ねえ、ゼフラ、私の胸の辺りを思い切り突き飛ばして」
 アイリは右の眉のピアスを外し、通路の縁に立ってゼフラの方を振り返った。
「何を――」
「いいから早くっ!」
 ゼフラはアイリのあまりの剣幕に驚いて反射的に突き落とした。
 ドンッ。
 アイリは胸にズキズキと痛みを感じながら、フェイの立っている通路へ落下していった。
 ――イリア、どうして? 
 アイリの意識が遠のく。


「危ない!」
 誰かの声が聞こえてイリアは目覚めた。
 イリアは体をくるっと空中で回転させて、通路にスタンと着地した。
そして右の眉から外したピアスを耳に装着した。

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