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マガマガ 第2話【ジャンププラス原作大賞・連載部門応募作品】

ダーウィンタウンの住宅街に銃声が響いていた。
僕こと(KOR‐0001)AKAユン・祇園は中国語でティレン(擬人)と呼ばれる戦闘メカに乗り、敵を背後から追跡していた。
ティレンは人型をしたメカで、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)によって自分の体のように自由自在に動かすことができる。
僕はティレンの電動式銃のバレル(砲身)をショットガンタイプからアサルトライフルタイプへ変更し、装甲の剝げた頭部をエイムしてトリガーを引いた。
集弾率が悪く一部の弾丸が頭部に残っている装甲部分に当たり、弾き返された。装甲にはタリンというタンパク質ベースの衝撃吸収材が使用され、音速(時速1193キロ)の約五倍時速5300キロで飛翔する物体ですらも貫通することができずに跳ね返される。
しかし、発射した弾丸のほとんどは装甲のない部分に命中していた。中に入った人間の頭ごとティレンの頭部が弾け飛び血と肉片と脳漿を撒き散らしながら転倒し、住宅の壁に激突して動きを止めた。
僕は周囲を警戒しながらティレンに近づきバックパックを漁り始めた。
中に入っているアイテムにカーソルを合わせると、説明が浮かび上がった。

タリナーゼ弾倉。タリン分解酵素の入った弾薬の束。ティレンの装甲を脆弱することができる。
通常弾倉。※タリン装甲にはダメージを与えられない。
装甲回復剤中。自身のタリン装甲を30%回復する。
アクティブソナー。半径100メートル以内にいるプレイヤーの位置を30秒間マップに表示する。
スナイパーライフルバレル(エピック)。有効射程が500メートルまで伸びるが、連射はできず、リロードまで時間がかかる。

僕は装甲回復剤を使い、消耗していた装甲ゲージを回復させた。
残りのアイテムをバックパックに入れ、画面右下に表示されている2Ⅾマップを確認した。残り時間が三分を切り、交戦エリアを示す円がさらに狭まり、マップ上の僕の位置を示す黒い三角形マークを通り越していった。
交戦エリア外に出たペナルティとしてタリン装甲が継続ダメージを受け始めるが、気にしない。
生存しているプレイヤーは残り8人。
脱出ポータルが交戦エリア内に出現し、それを巡って激しい戦いが繰り広げられていることだろう。いつもならさっさと円の中心に向かい脱出しているところだが、今回はそうもいかない。eWarゲームのトップランカーが集う大会だからだ。
それに大会のたびに必ず僕に一対一の勝負を仕掛けてくる厄介な敵、プレイヤー名・オルガ少尉も生き残っている。油断や慢心をすれば一瞬でやられてしまう。
近くで銃声が響いた。
僕はティレンを加速させ敵の位置を目指した。
しかし、突如背後で銃声が響いた。
ブーブーブーブー。
警告音が頭部の装甲が無力化されたと教えた。銃撃された方向に目をやると、オルガ少尉の深紅の機体があった。
ガンガンガンガン。
脆くなった頭部に銃弾が撃ち込まれた。
 
「起きろ! KOR‐0000」
刑務官に警棒で扉をガンガンと叩かれ、僕はビクッとして、目覚めた。
一瞬自分がどこにいるのかわからなかったのだが、ベッドとトイレがあるだけの殺風景な部屋の中で毛布にくるまっていることに気がつき、軽く絶望した。夢の中に戻りたいと思った。
「起きたか、KOR‐0000。そいつに着替えろ」
独房の差し入れ口にボディスーツが置かれていた。
KOR‐0000?
そうか、今日は三月十九日か。
毎年その日になると、KORの後の数字が減る。けれどそれにどんな意味があるのかは知らない。
三月十九日ということは卒業式からまだ三日しか経っていないのだ。
刑務官に鉄格子からじっと見られながら、僕は検査着を脱いで真っ裸になりボディスーツに袖を通し、背中のファスナーを締めた。
――ずいぶんぶかぶかだな。
と思っているとスーツ内の空気が抜けて体にぴったりと貼りついた。
「出ろ! KOR‐0000」
刑務官が言うと独房の扉が自動で開いた。
「両手を前に出せ! よしっ、付いて来い」
手錠がかけられた僕は刑務官の後に続いた。ペタペタと素足で歩く自分の足音が廊下に響く。しばらく進んでいると前方から看護師が処置台を押しながら走ってきた。遅れて手術医を着た医者がやってきて、とある独房の中に飛び込んだ。
「痛覚ブロック薬とモルヒネを投与!」
独房のベッドの上で囚人が身体を痙攣させ、看護師が必死に押さえつけていた。
罪を犯した人間は技術革新に貢献するためと称して人体実験の検体にされる。
これはコロニー内に実験動物のマウスがいないことも関係しているらしい。噂では、どんな実験であれ肉体的苦痛を感じることはないと聞いていたのだが。それが嘘だと判って絶望的な気分になった。

長い廊下を進み、扉をいくつか通り抜けると、建物の雰囲気が一変した。白衣を着た研究員が忙しそうに行き交う活気のあるエリアに辿り着いた。
刑務官は僕をエレベーターまで誘導し、乗り込むと『B3F』のパネルをタッチした。
――コロニーの中に地下施設なんて聞いたことがない。
「やあ、よく来たね。ユン・祇園君」
エレベーターの扉が開くとそこに、三十代ぐらいの白衣姿の女性が立っていた。
僕は刑務官に手錠を外され、無言で背中を蹴飛ばされて、エレベーターから押し出された。
「私の名前は193。イチキュウサンとでも、一休さんとでも、イクミとでも、自由に呼んでくれ」
胸に着けたネームプレートを差して女性は言った。
そこには『人体実験施設特別研究員 193』と書かれていた。
「イクミ、さん」
「それじゃあ、1933じゃないか。まあ、いい。ついてきてくれ」
地下三階には大きな空洞が広がっていた。
「ここは幅が50メートル、奥行きが500メートル、高さ10メートルある訓練場だよ。君に素質があれば、ここで実践的な戦闘訓練をしてもらうことになる」
イクミは空洞の真ん中を走るオートウォーク(動く歩道)に乗った。
「素質?」
訊き返しながら僕もその上に乗る。
「喋らないほうがいい。舌を噛むことになるから」
その言葉を待っていたかのようにオートウォークが急加速した。僕はバランスを崩して転びそうになった。歩道はぐんぐん加速してあっという間に空洞の一番奥に着いた。目の前には巨大な扉がある。
壁面から光が走ってイクミのことをスキャンすると重量感のある扉がゆっくりと横にスライドした。さらに奥にドアがあり、僕たちが中へ入ると自動で閉じてガチャっと鍵がかかった。
中は大きめの部屋になっていた。部屋の中央にテーブルと椅子が置かれ、そこに人型の何かが座っていた。
「ティレン……!」
僕が部屋の奥に進もうとすると、
「待った。そこで止まって。わかりにくいけれど、目の前には壁があるから」
恐る恐る手を伸ばすと手が固いものに触れた。確かに壁がある。
「君は擬人になぜ口があるのか疑問に思ったことはないかな? あれはね、デザインじゃないんだよ」
見えない壁の向こうでティレンはテーブルの上にセッティングされた大ぶりなフォークを握り、ボウルの中に入ったサラダに突き刺し口へ運んで、ムシャムシャと咀嚼し始めた。
「食事は野菜からって言うからね。いい心がけだと思わない?」
「……」
目の前の異様な光景に言葉が出てこなかった。
「ティレンは、人間に近い生命体をベースにした戦闘用兵器みたいでね。口から栄養を摂り、胃や腸で消化する。食物をアミノ酸まで分解して、外骨格のタリンを再合成してるんだ。神経系もあるし、心臓もあるし、肝臓・腎臓・膵臓もあるし、生殖器に肛門まである。擬人とはよく言ったもんだよね」
サラダを食べ終えたティレンはナイフを持ち、皿の上の巨大なステーキを丁寧に切り分け口に運び始めた。
「口の上にポツポツと開いた穴が鼻なんだけれど、面白いことに目がついていない。視細胞は体の表面、皮膚にあってね、それを使って周囲の状況を認識してる。だからeWarゲームのティレンとは違って死角はほとんど存在しないんだ。人間との一番の違いは脳がないこと。でも神経系はあるから言うなれば人型をしたクラゲみたいなものだね。神経系だけなのに道具を使えることには驚きだけれど」
ティレンはステーキを平らげ、ジョッキに入ったオレンジジュースを飲み干し、口元をナプキンで拭った。
「さてと食事も済んだみたいだし、そろそろ実験を始めようか。そんな怯えた顔をしなくてもいい。君にはeWarゲームと同じようにティレンに乗ってもらうだけだから」
「乗る? 乗れるもんなんですか、あれに?」
「それは大丈夫、ゲームと何ら変わらない。背中から中に入るだけだ。でもそのまま乗り込めばティレンの免疫系に攻撃されて死ぬことになる。そこで」
イクミは近くの棚から茶色の瓶を持ってきた。
「この中に入っている物を飲み込んでくれ。これは免疫寛容剤だ。ティレンの免疫系が君を異物と判断しなくなる」
瓶の蓋を開けると、半透明で角を突き出した大きめのナメクジのような物体が入っていた。
「見た目は気持ち悪いけれど、人体に悪影響はないから大丈夫。私も飲んでみたけど何も問題はなかった。さあ、ぐっと一息に飲み込んでくれ」
と言いわれてもこんな気持ち悪いもの素直に呑み込めるわけがない。
躊躇しているとイクミが僕の膝裏を蹴った。カクンと膝が折れて地べたにへたり込んだ。
イクミは流れるような手つきで僕の口に開口器を装着し、無理やりナメクジを流し込んだ。
おええっ。
吐き出しそうなると開口器が自動で閉じた。
僕は窒息しそうになりながらナメクジを強引に呑み込ませられた。ゴクンと喉の奥を異物が流れていった。
「おお、おお、おおお」
目を丸くしながらイクミが声を漏らした。
そして小躍りしながら言った。
「実験は成功だ。やっぱり、死ななかったね」
と。

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