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ILIA≠(AILI) ―イリア・ノットイコール― 第2話【ジャンププラス原作大賞・連載部門応募作品】

「俺達『ホーククロウズ(鷹の爪団)』からよお、簡単に逃げられるとでも思ってたのかよ?」
 運搬型ドローンの上に乗った赤髪リーゼントのリーダー格の男が言うと、
「そうだ」「そうだ」「そうだ」
 と同じ格好をしたリーゼントの三人が続けた。
 裾にリブがついたストレッチ素材の黒のジョガーパンツ。青いチェック柄のネルシャツ。背中に龍が描かれた黒のスタジャン。唐辛子のレリーフがあしらわれたシルバーネックレス。黄色のサングラス。リーゼントのサイドには爪で引っ掻かれたかのような剃り込みが施されていた。
「一鉄(いってつ)兄ちゃん、た、大変だ。こっ、こいつら、いつの間にか一人増えてるよ?!」
 七、八歳ぐらい可愛い子供リーゼントが甲高い声で報告した。心底驚いたという表情で。
「何だと四々雄(ししお)、そんなことあるわけ……」
 鷹の爪団リーダーで岩のような巨体をした一鉄が一、二、三、四と指を折って数え、
「一人増えてやがるじゃねえか?!」
 と叫んだ。心底動揺したという表情で。
「ゼ、ゼフラちゃん……いつの間にこんな大きな子供を産み落としたのよ?」
 フェイより少し年下の少しぽっちゃりした女リーゼントが、体をガクガクブルブルと震わせながら、問い質した。心底恐怖しているという表情で。「三々子(みみこ)、馬鹿なこと言うんじゃないよ、この糞馬鹿がっ!」
 フェイと同年代でスタイルのいい女リーゼントが口悪く罵った。心底忌々しいという表情で。
「二亜(にあ)姉さん、ひどい。馬鹿って言った。馬鹿って言ったね二度も。グスン。父さんにも言われたことないのに。エーン」
 三々子はドローンの上でぺたんと座り込み、両手を目元に添えて泣き始めた。
「この茶番劇は何なの? どういうことか説明しなさいよ、フェイ。この馬鹿たちにどうして追われてるの?」
 アイリは、先ほどの言い争いの怒りがまだ収まっていないらしく、腕を組んでピリピリとした空気を醸し出しながら訊ねた。
「ホーククロウズのシルバーネックレスを見て欲しいんだけど」
「『パプリカ』? あのパプリカがどうかした?」
「あれは、『パプリカ』じゃなくて、『鷹の爪』って呼ばれる赤唐辛子なんだ……」
 フェイは説明しつつ、ドゥンビアに手話で指示を出した。
 左手の甲を上に向けたまま真っ直ぐ伸ばし、人差し指を突き出した右手で、左の小指の前を二度すっすっと通過させ「作戦」と。
 それから、右手人差し指をこめかみに当ててぐりぐりと振り「考えろ」と。
 ドゥンビアはその仕草を見て頷いた。
「こいつらは購入しないとどこまでも追いかけてくる質の悪い唐辛子売りとして有名でね」
「唐辛子売りじゃっ……ねえよっ!」
 鷹の爪団の四人が声を揃え、奇妙なポーズを決めた。
「オイオイオイオイ、『三竦み』。舐めた説明してんじゃねえ! 俺たちはドラゴンクロウズから『クロウズ』を名乗ることを許可された、唯一にして同格のチームだ。背中に龍を背負ってんのはその証だ。そして、この俺様はクロウズの次期ヘッドになる男だ! どうだ女、ビビったか?」
「んっ? どういうこと?」
 怪訝な顔をしたアイリにフェイは再び説明した。
 ドラゴンクロウズはこの辺り一帯の中層域を支配しているギャング団で、一鉄の父親の龍宮城が頭を務めている。要するにこの龍宮家の馬鹿四兄弟は親の威を借る、七光りギャング団もどきだと。それとさっき一鉄が『三竦み』と言ったが、正確には『三つ巴』。それが俺たち三人のチーム名だ、と。そして、背中の家紋を親指で指し示した。
「お遊びはここまでだ『三竦み』!」
「『三竦み』じゃねえ『三つ巴』だっ! 何度言ってもわかんねえ奴だな。あっお前、脳筋だから何度言ってもわからねえよな。ははっ、ごめんなぁ」
 フェイは一鉄を嘲笑し挑発した。
「盗んだ『ドーパミンプローブ』を素直に返すなら許してやろうと思ってたが……決めたぜ、フェイ! てめえはボッコボコのギッタギタにしてやんよ!」
 一鉄は今にも襲いかかってきそうな狂暴な顔をして、強化骨格に包まれた拳をガンガンと二度ぶつけ合わせた。それを合図に鷹の爪団の他の三人も、一斉に獲物を取り出して構えた。二阿は胸の谷間から特殊警棒を。三々子は背中から大きな棍棒を。四々雄は腰のホルスターから唐辛子入りの水鉄砲を。
「頑張ってぇ、四々雄ちゃん」「きゃー二阿様ぁ」「脳筋一鉄ぅ」「三々子、愛してるよ」「吉田君、吉田君」「何ですか総統」「鷹の爪ぇ」……。
 いつの間にか周囲にギャラリーが集まり、クロウズを盛り上げるように応援を始めた。
「ねえ、『ドーパミンプローブ』って何?」
 アイリは完全アウェイの雰囲気を意に返さず訊いた。
 端末で3Dホログラムを見ていたフェイに代わって、ゼフラが説明を始めた。
「『ドーパミンプローブ』っていうのは……」
 と説明しかけて、ゼフラも目の前にホログラムを表示させた。そこに浮かんだ文字を目で追いながら、ごそごそとバックパックを漁り始める。
黒い筒が何本も入っているのがアイリの目に映った。
 ゼフラは黒い筒を四本取り出すと、一本を自分で持ち、一本をフェイに、二本をドゥンビアに投げ渡してから「これよ」と手にした筒を示した。
 ゼフラが筒に触れると、ウィーンと黒い外装部分が開いた。中は液体で満たされていた。アイリが顔を近づけると髪の毛よりも細い糸状の物体がうねうねと蠢いるのが見えた。
「これが『ドーパミンプローブ』」
 プローブは医療品で、パーキンソン病、うつ病、統合失調症の治療に使用されてる。眼球、もしくは鼻腔から脳内に自動的に侵入して、中脳の腹側被蓋野の神経系を直接刺激して、ドーパミンを分泌させることで病状を改善させる。ドーパミン分泌量は医者が状態を見て決定し、クラウド上で操作してる。勝手に報酬系を刺激したり、または過剰に刺激し過ぎないように、一定のリミッターを設けたプログラミングが施されてる。役目を終えたら脳の毛細血管を通って体外に排出される。
 でもそれは通常の『ドーパミンプローブ』の場合。
「これは特別製なの」
 不正に改造され、いくらでも報酬系を刺激できるようになっていて、闇市場では高額で取引されてる。他のドラッグよりも遥かに依存性が強くて、一度でも使用すると睡眠も食事も摂らず、ひたすら快楽に浸り続ける人が大多数。既に千人単位で人が死んでる。
「『ドーパミンプローブ』も知らねえのに、『三竦み』の糞共に協力してるなんてよお。コスプレ嬢ちゃんは、どこの地区の出身よぉ?」
「えっ? 私? 私はここの人間じゃないから」
 はっはっはっは。
 鷹の爪団の三人が同時に笑い声を上げた。四々雄は、水鉄砲をあたり構わず撃ち、「キャーキャー」黄色い声援をもらうのに忙しくて話を聞いていなかった。
「冗談キツイぜ。じゃ何か、壁の外から来たってかあ、お嬢ちゃんよぉ?」
 狂暴そうに目を剥いて一鉄が問う。
「そうよ。私は、立体構造乱立都市の外から来たの」
 そう断言した瞬間、ざわついていたギャラリーの声も、ビルから通風孔や換気装置から漏れる機械音も、遠くで鳴っていたサイレン音も、全ての音が消え、アイリの声だけがビルの谷間で反響した。
 外から来たのぉ、来たのぉ、来たのぉ……。
「ブーブー」観客たちがあり得ないというようにブーイングした。
「おちょくってんじゃねえぞ、糞ガキっ! どうやら、本当にぶっ殺されたいみたいだな」
 一鉄がドローンからマットの敷かれた通路にドスンと飛び降りてきた。それを見た残りの三人も続こうとする。
「あっ、そうだ! 盗んだ『ドーパミンプローブ』お前たちに返すよ」
 フェイが唐突に宣言すると、ドゥンビアとゼフラが持っていたプローブを、ポイッとビルの谷底に向かって投げ捨てた。
「追いかけろっ! 二阿! 三々子! 四々雄!」
 一鉄の指示に瞬時に反応して、ドローンに乗った三人が追いかける。
「ふざけた真似しやがって、この糞共が!」
「おい、いいのか落ちちまうぞ」
 フェイが指差した先を黒い筒が転がっていた。一鉄の脇をころころと通過し、通路から落ちる寸前だった。
 一鉄は振り向いて筒に向かってヘッドスライディングした。通路の縁から上半身を投げ出し、必死に腕を伸ばして空中で掴まえた。
 一鉄はフウッと安堵の息を吐いた。
 ――危ねえ、危ねえ。これを失くしたら、俺たちは終わりだからな。
 視線の先の奈落では兄弟たちの姿がどんどん小さくなっていた。
 ――糞共、もう許さん、ぶちのめす!
 顔中に血管を浮かべ、立ち上がろうとした。
 その時。
 腰の辺りを両側から持ち上げられ、前後に揺さぶられた。
「おい、何してやがる、離せ、離せ、この糞共がっ!」
「ドゥンビア、離して欲しいみたいだぞ」
「そうらしいな、フェイ。お望みどおりにしてやろう」
 二人は顔を見合わせてニヤッと笑みを浮かべると、一鉄を奈落の底に向かって放り投げた。
「おわあああ」
 一鉄は絶叫しながら重力に引かれて姿が見えなくなり、宙に浮いていたドローンも後を追いかけて消えていった。
「ああ」……。
 クロウズのサポーターたちが頭を抱え、落胆の声を漏らした。
「よっしゃあ上手くいったぜ」
「さっすがドゥンビア」
「計算通りだ」
 フェイとドゥンビアのもとにゼフラが駆け寄り、パチンパチンパチンとハイタッチを交わした。
 ――信頼し合える仲間、か。
 アイリは三人の様子を眺めながら、イリアに胸を突き飛ばされた感触を思い出し、痛みと哀しさと寂しさを感じた。
 ――あれっ? 早くない?
 アイリの目の前に一鉄が追いかけたはずのドローンが浮遊していた。ドローンはそのまま上昇を続けた。底面からは白い糸が伸びていた。
「みんなっ! 後ろ、後ろ! うーしーろーっ!」
 アイリの声に反応して三人が振り返った。
「アイ、ウィル、ビー、バック」
 パチン。
 糸が切れて、一鉄が空から降ってきた。

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