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偏見と平等 第二話【短編小説・ショートショート】

次の日。
目覚めると、私は高級ホテルのプールサイドで長椅子に腰かけていた。ビキニにサングラス、そして麦わら帽子を被り、日傘が影を作る中でのんびりと羽を伸ばしていた。サイドテーブルにはトロピカルなカクテルとタブレット端末が置かれ、真夏の刺すような陽射しがプールの水面で反射していた。

「入ります」

プールサイドの反対側から声が聞こえた。
視線を向けると、そこには畳の敷かれたテラスがあり丁半博打が行われていた。銀髪、白髪の男性たちが大勢たむろする中、ふんどし一丁姿の壺振りが指に挟んでいた二つのサイコロを筒状のザルの中に放り込んだ。

「張った張った」「丁」「半」「丁」「丁」「半」……。

グレーヘアの男性たちは相当のめり込んでいるようで、バシンバシンと大きな音を立てながら札を張っていた。
こんなところで博打とはいい気なものね、と私は思った。

それから、ふと気がついた。プールサイドには私以外に女性の姿が見当たらないと。
どうしてだろう? と疑問を抱きつつも、マッサージサービスを利用するためにタブレット端末を操作した。

しばらくするとスキンヘッド頭の女性がやってきて、長椅子にうつ伏せに寝そべるように言った。私が姿勢を変えると彼女は背中にオイルを塗りこんでマッサージを開始した。

「ねえ、どうしてここにはシルバーヘアの男性しかいないの?」
私は彼女に訊ねた。

「人事AIのせいです」
と、彼女は言った。
「人事AIが学習を重ねるうちに、黒々とした髪の男性を評価しなくなったからです。会社で高い役職に就いているのは白髪頭の人ばかりでしたから」

「あなたがスキンヘッドなのはどうして?」
私は彼女に訊ねた。

「人事AIのせいです」
と、彼女は言った。
「人事AIが学習を重ねるうちに、髪の短い女性のことを高く評価するようになったからです。仕事ができる女性は髪の短い人ばかりでしたから。髪が短いほどAIに評価されるようになったので、女性たちはどんどん髪を短く切り詰め、ついにはスキンヘッドになりました。例外は性風俗産業や接待飲食業で働く女性だけです。彼女たちの髪の長さはまちまちでしたから、人事AIは髪の長さを評価基準に含めませんでした。それと……」

「それと?」
「人事AIのせいで女性はケアワークとセックスワーク、そして一部のサービスワーク以外の仕事に就くことができなくなりました。一般企業では役職に就いていた女性の割合が低かったので、女性は生産性が低いのだとAIは学習しました。その結果、AIは一般企業に女性は不要な存在だと判断を下すようになり、就職することができなくなりました。一方、看護や介護や育児、風俗産業、飲食接待業、一部のサービス業では女性の割合が高かったので、男性には不向きな仕事だと判断され、女性以外の就職が認められなくなりました」

「私の髪が長いのはケアワーカーだから? それともセックスワーカー? サービスワーカーかしら?」
「どれでもありません。あなたの髪が長いのは、あなたが成功者だからです。あなたが偏見と不平等をもたらした人事AIの生みの親であり、莫大な富を得て悠々自適な生活を送っている女性の敵だからです」

「えっ?」
「全部あなたのせいなんです。全部あなたの。あなたさえいなければ、あなたさえいなければこんなことにはならなかった」
スキンヘッドのマッサージ師はそう言いながら、目一杯力を込めて私の首を絞め始めた。

じたばたともがいて彼女の手を外そうとするが、全然上手くいかない。
苦しい。息ができない。
このままじゃ、死ぬ。

【つづく】


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