見出し画像

バーナード・マラマッド『店員』

これまでバーナード・マラマッドの小説は長編『テナント』短編集『喋る馬』を読んできました。ニューヨークに暮らすユダヤ系移民が貧困や差別に耐えながら生きていく話が多かったように思います。今回は『店員』を図書館で借りてきました。この作品もユダヤ系移民の人々が主な登場人物となっています。

登場人物は店員のフランク・アルパインがイタリア系移民になります。その他の主要登場人物は店主のモリス・バーボー、妻のアイダ、娘のヘレン、近所で酒場を経営するジュリアス・カープとその息子のルイス・カープ、キャンディストアを経営するサム・パールと息子のコロンビア大学法学部で学ぶルイスはすべてユダヤ系移民となります。

モリス・バーボーはよく生きてこられたなというくらい事業がうまくいってきませんでした。というかこの小説のすべての人々が貧困に苦しんでいます。バーナード・マラマッドは幸せな人を書くことができないのでしょう。冒頭からラストまで貧乏な人々の生活が描かれています。神がいないことをモリスはとっくのむかしにわかっていたに違いありません。そんなモリスのそばに居ながら、ユダヤ教に改宗するフランク。フランクの思考の変化を感じながら読むのがこの小説のおもしろさであると思おいます、

そのラストがものすごい衝撃的です。そこだけ読むと笑ってしまうのですが、最初から読んでいくとなぜフランクがそのような行動をとったのか納得できると思います。バーナード・マラマッドはラストシーンを決めてから小説を描いていくと聞いたことがあります、きっとこのラストを考えついた時点でほくそ笑んだと思います。そのぐらいすごいラストシーンでした。

話が進んでいくにつれてフランクだけが変化していくのがわかります。罪の意識に歳悩まれ、まっとうに生きようとするがまた悪事を繰り返して行きます。そしてモリスとの付き合いが進むに連れて本当に変わっていきます。一方その他の人々は最初から最後まで思考が変わっていないように感じました。モリスは愚直なまでに人を信じ、正しいことを行えば幸せになれると考えています。おなじようにアイダは人を批判するだけ、ヘレンは自分の将来に怯え右往左往しつづけ、ジュリアス・カープは目先の利益に目を奪われ続けます。フランクは一人の人間の葛藤を表現し、その他の人々は一人の人間のなかにある色々な感情を個別に表現しているのではないのでしょうか。

モリスとフランクがお互いに身の上話をする箇所があります、そこでフランクの思考の一端がうかがえる箇所があります。

フランクは今モリスの話した物語について考えた。たしかにこの人にゃあ大博打だったな、しかしその末はどんなことになったというわけなのだ?ロシアの軍隊を逃れてアメリカにやってきた、しかしこの店にいる彼はフライパンで揚げられた魚みたいじゃないか。

文遊社 バーナード・マラマッド『店員』139ページ

感情が変化していくフランクとブレないモリス、フランクはモリスに対して軸地たる思いがあったのでしょう。自分はこのようにはならないぞという。しかし、モリスの頑固さがフランクに伝わり衝撃のラストへと繋がっていくのです。

モリスとジュリアス・カープがフランクについて会話する箇所でも、モリスの考えがよく分かります。

それでも彼は何気ない様子で尋ねた、「なんで景気がよくなったかなあ?新聞に広告でも出したのかい?」
モリスはその哀れな冗談に微笑した。ユーモアのセンスのない人間はいくら金ができても、相変わらずなのだ。「口伝えの評判さ」と彼は言った、「それがいちばんいい広告だよ」
「それだって人の口が何と言うか、そこが問題さ」
「人の口の言うことだと」モリスはためらいもせずに言った、「わしがいい店員を見つけ、そのために商売が景気づいたのさ。冬は落ちるのに、毎日上向いているよ」

文遊社 バーナード・マラマッド『店員』259ページ

カープはモリスの店の売上が上がったことを冷静に判断している、近所のライバル店が休んでいるためただそれだけだと。さらにフランクの行動を少し観察しただけで、売上をちょろまかしていることに気づきます。これらのことは大した能力ではなく経営者ならわかってあたりまえの事かもしれません。しかし、モリスはその能力に欠けているため分析ができません、さらに近くにいるのにフランクのネコババにも気づきません。これはモリスがフランクの変わっていことする意思を信じているため、その他のことが目に入らなくなってるのではないでしょうか。

モリスの人生は読んでいてつらくなるほどうまくいきません、そしてまわりの人言に利用され騙され続けます。ひとつだけ正直に正しいことをして生きるという信念だけはゆるぎません。人生の最後に一人の青年を変化させて終わっていきます。なにもしなかったわけじゃない、それに気づく人がいるかどうかの問題であると思います。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?