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ユードラ・ウェルティ『何度も歩いた道』

柴田元幸さんが翻訳した20世紀前半のアメリカで書かれた短編小説集『アメリカン・マスターピース準古典篇』の中の1篇になります。どの小説も面白いのですが、とくに美しいさが印象に残ったのがユードラ・ウェルティ『何度も歩いた道』です。

15ページの短い短編小説です。これが最初から最後まで途切れることなく美しい文章が続きます。こまかい説明は全くありません、何の目的でフィーニックス・ジャクスンが町に向かっているのか。彼女は途中出会うすべのての生き物と生物に話しかけます、そして実在しない妖精のような者たちにも話しかけます。

「私も思ったほど老けちゃいないね」
とはいえ、座って一休みした。スカートを土手の上に広げて、両手で膝を包んだ。頭上に木が一本あって、ヤドリギが真珠みたいな雲に包まれている。ここは目を閉じちゃいけない、と思ったところで小さな男の子が一人、マーブルケーキを一切れ載せた皿を持ってきてくれて、彼女はその子に声をかけた。「これで結構だよ」。けれど、受け取ろうとしてそっちへ行くと、自分の手が空中にあるだけだった。

彼女は年老いた黒人の女性で、目も見えなくなり耳もきこえなくなっています。そして孤独なのか家族がいるのかはよくわかりません、最後の方に記載のある孫が生きているのか死亡しているのか曖昧なままで小説は終わります。しかし、彼女は自分の生い立ち、人種、肌の色、運命など自分ではどうしようもないことに関係なく人生を生きて来たのがわかります。謙虚で何事にも感動し他人を愛し続ける。この短い小説の中で彼女にみずみずしい生き方に感動を覚えました。余計な説明がないだけに読者が自由に感じることができる、すばらしく美しい小説です。


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