見出し画像

【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第8話

第8話 朝の光、夜の光

 ホットミルクの乾杯は、甘い秘密。ほんのり大人の味がするような気がした。

 俺、人じゃないけど。

 小鬼のレイは、一口すすってから、へへっ、と声に出して笑った。

 結託。よく、わかんないけど、一緒に頑張るってことだよね?

「なんだ? レイ。そんなに『火入れ牛の乳』がうまかったのか?」

 魔法使いレイオルは、ホットミルクを「火入れ牛の乳」と表現した。

「……レイオルとやら。お前さんの国では、ホットミルクをそんなふうに呼ぶのか」

 旅人アルーンは、文化や言語の違いにちょっと驚きつつ尋ねる。魔法使いレイオルの故郷では、そういう表現で呼んでいるのだろう、と推測した様子で。
 レイオルは酒を一口含み、杯を持ったまま、まるで故郷を懐かしむように遠い目をしながら、

「いや。今思いついて言ってみた」

 と白状した。

 思いつきかーい!

 文化や言語の違いではなかった。レイとアルーンが同時にツッコミを入れる。

 今の、故郷を見るような目、なに? なんだったん?

 レイとアルーンふたりで全力の疑問をぶつける。すると、真顔の返事が返ってきた。 

「呪文を練るとき、技に変化を加えるため、独自の表現で言葉を使うときがある。ただの癖だ」

 ほえー。

 顔を見合わせるレイとアルーン。どちらも口がぽかあんと開いてしまっていた。

「日常でも、出ちゃうんだね、魔法の技術」

「なるほど。さすが、魔法使い」

 レイとアルーンは、そういうものか、と感心しつつうなずいた。 
 遠い視線のレイオル、持っていた杯をいったん置く。そして、食事の続きを勝手に始める。
 口をもぐもぐさせつつ、

「というのは嘘だ。なんとなく冗談を言ってみた」

 しれっと告白。

 は?

 一瞬の沈黙。食べるレイオル、ただ見つめるレイとアルーン。

「くだらなくて、ややこしいっ! つまんねーし、めんどくせーっ!」

 頭をかきむしり、アルーンが叫ぶ。初対面のアルーン、変人レイオルに対する免疫ゼロである。
 食事を進めつつ、ちらり、とレイオルはアルーンを見やる。

「会話は、得意ではない。複数での行動も。しかし、冗談というものを織り込めば、複数人での行動でも物事が円滑にいくようになる、というのは私も知っている」

「で?」

 呆れた様子で半眼になりつつ、尋ねるアルーン。

「織り込んでみた」

「いらねーっ!」

 アルーンの叫び声が、酒場にこだましていた。



 レイオルの「織り込み作戦」が功を奏したのか、それとも単に酒の力か、ホットミルクの力か。
 その後の話し合いは、意外にもテンポよく進んだ。

「それで、あの女の子。レイオルはどう見た?」

「精霊の類だろうな」

「精霊――」

 レイとアルーンはふたたび顔を見合わす。

「そう。たぶん、魔法かなにかの術を使える何者かが、それを人の姿に固めた。で、守りか利益のため手元に置いている」

「守りか利益……?」

 レイオルはうなずく。

「彼女には、よいものを呼び込むような力があるのだろう」

 そう前置きしてから、レイオルは話を続ける。真剣な、鋭い瞳で。

「彼女には、重く生々しい執着の念が絡みついているように見えた。それはおそらく、富に対する執着。あの男たち、家族、いや一族が発した強烈な富に対する欲望、念なのだろうな」

 富……。

 レイは、かすかにぬくもりの残るカップの白い跡をじっと見つめた。それから、きっ、と顔を上げた。

「富って、なんなの……? 自分たち以外の、なにかの力で得るものなの?」



 人は、田畑を耕す。または、森の恵みを探して得る。それに、狩りや、漁。なにかを創り出す人もいれば、身一つ道具一つでなにかを表現し、誰かを喜ばせてお金を得る人も。
 町は様々な賑わいで、様々な豊かさが循環している――。

 そういうものじゃ、なかったの……?

 レイの頭の中、悲しそうな少女の顔が横切っていく。

「たぶん明日までには、もっと色々わかると思う」

 レイオルはそう述べ、酒場での宴はお開きになった。

「どういうことだ?」

 アルーンが尋ねたが、レイオルは、

「宿屋の朝食時に打ち合わせができると思う」

 と返事をした。それからあとはアルーンの案内で宿屋に向かうことにした。
 今は、レイオルとレイの部屋、アルーンの部屋、それぞれの部屋で体を休めている。

 俺も、レイオルに使役されてる。でも、レイオルは俺と対等に接してくれてる。あの子は――?

「レイ」

 宿屋の窓から夜の町を見つめるレイに、レイオルが声をかけた。

「温、牛の乳を飲んで嬉しそうに見えたが、うまい以外の意味があったのか?」

「ホットミルクね」

 やんわりと「温、牛の乳」を訂正するレイ。ツッコミを入れる元気はなかった。

「うん……。あの子を助ける方向に皆で動くっていうのが、嬉しかったんだ」

「そうか」

 振り返って見上げるレイオルは、微笑みを浮かべていた。

「一応、確認してみた」

 レイは首をかしげた。

 一応、確認……?

「お前は、光のほうの小鬼だからな」

 え……?

 レイは、きょとんとした。「光のほうの小鬼」、初めて聞く言葉だった。

「光のほうって……、俺、どういう……?」

 レイオルは、黙って笑みを浮かべると、レイに背を向け歩き出し、自分のベッドに腰かけた。
 レイも隣の自分のベッドに腰かけ、レイオルと向かい合うようにした。

「レイ。お前のことは、あの町で知った」

「え? あの町……?」

 レイの声が思わず裏返る。あの町、とは、まさか、と思った。

「お前がかつて暴れた町、人を襲って喰った町だ」

「俺……! 襲って喰ってなんか――!」

 レイオルは笑い声を上げ、片手を上げレイの言葉を制した。

「知ってる。お前はそんな悪鬼なんかじゃない。しかし、お前は、あの町で伝説となっていた。封印の悪鬼、として」

「伝説……!? 俺が!?」

 ああ、とレイオルはうなずく。

「だって、お前が封印されたのは相当昔の話だからな。高僧が悪い鬼を壺に封じたという伝説で、たまたまその町を訪れ町の伝説を知った私は、お前に興味を持った。お前が強力な小鬼なら、封印を解いて魔のエネルギーを喰ってやろうと思ってな」

 レイは恐ろしい悪鬼として、ずっとあの町に伝えられていたのだ。ちなみに、実際レイを封印したのは高僧ではなく老魔法使いである。真実を見抜けなかった老魔法使い自体のいい加減さ、そして歳月が経ったこと、伝承を記した者が勝手に脚色したこともあり、事実とは大きく異なっていた。

「そんな、俺は――」

「そう。違った」

 レイの、穏やかな声。包み込むような眼差し。

「壺の前に立ち、わかった。お前は『善』の性質。小鬼の中でも、光のほうの種族。自然と共に生き、陽の光のもとで笑う小鬼」

 俺は――。

「だから、私はお前を手駒とすることにした。あの精霊の子ではないが、お前は私に幸運をもたらすはず、と」

 俺に、そんな力が……?

「戦いに、幸運は必須だからな」

 レイオルの顔に、たちまち悪い笑みが広がる。まるで、悪党の笑顔だ。

 レイオル……。

 でも、レイの心は不思議と明るいままだった。自分が、そのように称されるとは思わなかったから。誇らしいような、ほっとするような思い。

 俺、ずっと悪者にされてたから――。

 目の辺りが、熱い。大きな瞳に、今にもこぼれおちそうな涙。
 それからもうひとつ。レイには確実にわかったことがある。

 レイオルは――。

「で、そんなレイの反応が知りたかった。あの少女の救出が、真によきことかどうか、その判別を。光のお前が喜ぶなら、それはきっと善。救出作戦は、まだ人間である私や人間真っただ中のアルーンの旅の気まぐれや自己満足などではなく、意義のあることと確認できた」

 人間真っただ中……。

 独特の表現にちょっとひっかかりを覚えたが、レイオルはアルーンを「人間らしい人間」と評しているのだろうと思った。

「お、やはり来た。私の想定通りだったな」

 レイオルが立ち上がる。そして、窓辺に歩み寄り、窓を開けた。

「いらっしゃい」

 レイオルが夜風と共に部屋に招き入れたのは、白い蝶だった。

「白い蝶……?」

 レイも窓辺に駆け寄り、蝶の行方を目で追う。
 蝶は、ひらひらとレイオルの周りを周ったあと、レイオルの差し伸べた手のひらの上で羽を休めた。

『助けてください』

 蝶から聞こえてきた、不思議な声。それは――。

 あの女の子の声だ……!

「かけられた術が、薄れているんだな。だから、家から逃げ出せたり、こうして蝶に想いを乗せることができた」

 レイオルは、すべてをわかっているかのように、白い蝶に語り掛ける。

「レイオル、今の声は、やっぱりあの女の子の――!」

 レイオルは、うなずく。

「さあ。君の囚われている場所を教えて。助けに行くから」

 レイオルは、蝶と話し合う。少女のいる場所、詳しい状況を聞き出していた。

「今まで囚われて、辛かったろう。でももうすぐ自由になる。今晩はゆっくりお休み」

 窓の外へ手を伸ばし、送り出す。半分に欠けた月とたくさんの星の光が降り注ぐ空に、白い蝶は羽ばたいていった。

 俺は、確実にわかったことがある。

 レイは、月の光に照らされるレイオルの横顔を見上げ続けていた。

 レイオルは、悪い笑顔を浮かべるけど、怖いけど、変だけど、でも、とっても。

 思い出す、ホットミルクの湯気。ゆっくりと体中広がる、あたたかさ。

 とっても、優しいんだ。

 切り分けたような、半分の月。
 朝の光と、夜の光。もしかしたら、自分とレイオルはそんな感じなのかな、とレイは思う。

「ところでレイ」

 窓を閉め、レイのほうへ振り返る。

「自分の悪鬼伝説、詳しく知りたいか?」

 レイオルは尋ねる。片眉を上げ、とびきり悪い笑顔で。

「間に合ってます」

 レイは後ろで手を組み、小さな体を揺らしつつ、へへっ、といたずらっぽく笑った。

◆小説家になろう様掲載作品◆

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?