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和裁② 【和裁の必要性】


前回和裁①【和裁とは】↓↓では和裁の特徴をお伝えしました。

今回は前回伝えきれなかったミシン縫製と手縫いの違いについて、詳しく説明を付け加えていきたいと思います。

◯ミシンと手縫いの違い

洋裁で使うミシン縫いと和裁の運針の違いは、布に針を刺した際の、縫い糸の渡り角度にあります。

ミシンと手縫いでは布への負担が変わる

🍓ミシン目(直角縫い)

上糸と下糸の糸を使用し、上下から布に対して針が直角に通りますので、2枚の布に遊びがなく縫い目に強度があります。

🍓手縫い(運針/流れ目縫い※1)

…2枚の布に対して、針の進行方向に沿い、布に対して斜めの角度から針が通りますので、僅かに流れ目の針目となります。

・両者を比べる

※ミシンは上糸と下糸を掛けて進めていくので、図の糸目は正確ではありませんが、直角という意図が伝わればと思います。

ミシン縫製と手縫いとを比べると、2枚を合わせた縫い目の強度が強いのはミシン縫製ですが、その強さに生地が負けて布が裂けることがあります。手縫いは布に対して僅かに斜め方向から針が通るので、2枚の合わせた布に若干の遊び(ゆとり)が生まれます。
その遊びのお陰で縫い目に負荷が掛かった際に糸が切れても生地は切れないという大きな利点があります。手縫いの針目が大きい程その恩恵を受けます。(参考文献は下記)

※1 和裁士養成段階の運針練習時に、布に対して直角に針が通るようにと指導がありますが、あくまで運針発達におけるイメージとしての直角なのでミシン縫製の真直角とは異なります。(ものぐさ個人的な意見です)何にせよ人の手のスピードを以って、先の尖った針を布に刺せば、自然と織り糸を傷つけることなく縫製が進むのは明らかです。

ミシン縫製は布のしなり具合に関わらず、機械的スピードを優先に容赦無く上下から針が貫通していきますので、必然的に素材の織り糸を傷つけます。縫製した時点で既に傷になっている為、そのミシン目は解くと針穴が残って消えません。この現象も先述による影響です。
仕立て後、着用回数に伴って負担がかかり縫い目が裂けることが有りますが、ミシン縫製は縫い目に着用時の負荷を掛けなくとも、既に傷が付いている場合が多いというわけです。

逆から考えると、ミシン仕立てにして縫い目の強度が強い方が、ほつれがおき難いために、着用時に安心感が生まれるのではないか?と考えられるのですが、仕立て替えを想定している和裁の利点を損なってもミシンで仕立てるべきかは熟考しなくてはなりません。

手縫いで仕立ての訪問着を羽織に直した物
元の縫い跡は一切残っていません⭕️

和裁と洋裁とにメリットデメリットはありますが、それぞれの利点を理解した上で選択したいものです。


◯和裁と洋裁の違い:前回の補足

和裁①【和裁とは】でお伝えしきれなかった内容を追加で補足します。

◯用意する布のサイズが違う

和服制作をする上で使用する物は「反物」と呼ばれる布は、長さは約12メートル幅約35㎝あり、基本的に一反で長着1着分を仕立てることができ、「反」という単位で数えられます。

仕立て前の反物姿


洋裁で使用する布は、幅は約90㎝〜150㎝と幅広くあり、型紙を使って一度に多くのパーツを裁ち切ることが出来るので、大量生産に向いています。

◯耳を使用する和裁

洋裁では製品を縫製する際、縫い代であっても【耳】を使用することは殆どありません。

その理由として洋裁用の布の耳は、本体部分と比較すると、耳の幅が太く強度が増していることが多いために、見えない部分の縫い代として耳を入れ込んで仕上げてしまうと、その部分だけ厚みがでたり、引きつれた様になってしまったりと、表に悪影響を与える可能性があるからです。(※実際の布幅から耳を引いた、有効幅のみが縫製に使われる)

・何故和裁は耳を使用するのでしょうか?

リスクが伴うにも関わらず、なぜ和裁では耳を残したまま仕立てが行われるのでしょうか?

それは反物の耳とは違いがあり耳を残しておく事で、和服の最大の利点である再生可能な役割を保つ一助となっているためです。

和服に使用される反物は、洋裁の生地と同様に【耳】と呼ばれる部位は存在しますがその質が若干異なります。

先写真の洋裁生地の耳は1.5㎜でした。
これに対して反物の耳の太さは凡そ5㎜程度。
両者に約1㎝もの違いがあります。

有効部位を広く活用できる洋裁生地とは違い、反物の幅は狭いので耳も小さくして表面部位が広くなるように工夫されています。さらに厚みが出ないよう滑らかに施されています。

耳を縫い代として使用しても問題のないように、引きつれた耳を落ち着かせたり、生地の歪みは予め直しておく等工夫して仕立ては遂行されます。

・廃棄布が出ない


洋服を作る際には型紙に沿って生地を裁ち切るので不要な部分が生まれ、それはゴミとして廃棄されます。
しかし和裁は耳であっても使用するため、捨てる部分は一切出ないので、廃棄物の少ない衣類とも言えるのです。

廃棄物の出ない着物

洋服は立体縫製。
和服は直線縫製

しかし着用する人間は変わらない、変わらないのに如何にして直線縫製のまま着心地の良さを提供するか??立体縫製を行う洋服の方が活動的な着心地を提供できることは言うまでもありません。分かっちゃいるけど、和服を着たくなるのは利点に伴って心に響くものがあるからではないでしょうか。

和裁と洋裁の違いは着心地に至るまで存在しますが、どちらも工夫を続けながら現代に引き継がれています。ご先祖様の知恵に感謝してそれぞれの利点を理解して使い分けていきたいですね。


◯和裁の必要性

和裁の必要性は言わずもがなではありますが、衣食住の頭にある【衣】を司る裁縫技術ですから基礎生活面においても必要性を欠くことはできません。
普段の衣服がふいにほつれた時等に、ミシンを早急に用意することは億劫ですが、針と糸であれば簡単に取り出すことはできます。安全にしてカバンに潜め置くこともできます。

普段の社会生活上では和裁も洋裁も区切ってしまえるものではありませんが、和裁と運針技術を身につけていれば、洋裁のなみ縫いも、まつり縫いに代替できる作業も、普段から手縫いを行っていない方に比べると、短時間で作業を進めることが出来るでしょう。
洋裁導入の基礎縫い段階でも【運針】を取り入れられているので(ものぐさの経験上)洋裁においても必要と言え、和裁の技術が身についてから洋裁を行うとスムーズに作業が進められるのは、手指の動かし方などの基礎が身についているからです。つまり和裁の技術を以てして裁縫技術は向上すると言えると思います。

普段生活の衣食住に関わるトラブルで最低限のことは自分で指揮監督できる様にしておきたいもの。その事について仰っている先生の言葉がございますので、一部抜粋して掲載させていただきます。

第一章 總論
凡そ女子の修むべき技藝は多けれども、就中、裁縫は、古より貴賤貧富の別ちなく、婦女の技能中の最も肝要なるものとしてそれを數へたり。
これ其の技の巧みなること然らざることは、家事を整ふるに於て少なからざる影響あるが故なり。
たとえ富貴なる人にして、自ら手を下すの用なしとするも、其の指揮監督は決して他に委ぬべきものにあらず、然らざれば意外の不経済となり、或は他のなせる業の良否をも見分くること能はずして、測らざる恥辱をも招くことあるべければなり。

大正2年 今村順子 裁縫教科書

↑上記を現代風に簡素化すると、

女子が修めるべき嗜みは多いが、裁縫は身分の高低や金持ちや貧乏人の区別なく、女子の技芸中に最も重要な嗜みの一つです。ある程度の技術を身につけておかなければ、家庭内にを整えるにおいても少なからず影響を与えるでしょう。
裕福な方でも、自ら行う必要なしとしていても、その指揮監督は決して他に委ねてはならないのです。ここを怠れば家内が効率の悪い不経済となるだけでなく、その他技芸の良し悪しを見抜くことも出来なくて、思わぬ場面で恥をかくことがあるでしょう。

↑↑ということです。男女雇用機会均等法の制定されていない大正時代の考え方なので、今と比べると認識に違いがあれど、的を得ている考え方だと思います。本当の裕福さについて考える一つのきっかけにもなる言葉です。

…昔ブランド物しか身につけない人が、僅かに縫製の歪んだシャツを着ていたので、購入場所を尋ねてみると、恥ずかしそうにもう二度と着ないと言っていた。

文明の利器に溢れる社会で、和裁の技術が必ず必要だと訴える声は少ないのですが、私は絶対に必要だと思っています。それは、ボタン付けやスカートの裾上げ、ほつれ直し等簡単な繕い物だけでも行える技量を持ち、些細な事だけでも我がの尻ぬぐいを出来るようにしておきたいから。今の視点からですが良い物は良いと見抜く力を身に付けていて良かったと感じているからです。

和裁②【和裁の必要性】を最後までご覧くださいまして誠に有難う御座いました^^

以上、ものぐさ和裁師でした🪡

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参考資料
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej1987/51/10/51_10_971/_article/-char/ja/「和服構成時の縫い糸の渡り角度と縫い目の強さ」

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