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「あめ」の真ん中に立つ、彼女は。


Sという友達がいた。

高校のとき、塾がいっしょだった。
小学校から同じだったが、その頃はそんなに絡みがなく、高校でようやく彼女の魅力を知った。
おもしろくて、サッパリしたSが好きだった。


Sは短髪で、声が低く、骨ばった細見に大きな目。男勝りでも、女っぽくもない。
中性的な見た目だった。

男子にも女子にも好かれていたが、普段は、ギャルみたいな派手グループとつるんでいた。
それなのに、とつぜんわたしのいる真面目地味グループにやってきて、分け隔てなく会話した。
そのさわやかさに、憧れた。

人付き合いがうまいなあ、とおもった。
年上のお姉さんが何人もいるとかで、その末っ子らしさが存分に発揮されている。
Sは「愛されキャラ」だった。


同じ塾をきっかけに、Sと仲良くなれたのが、誇らしかった。彼女を苗字で呼び捨てにして、気やすい仲を見せびらかした。

わたしがたいしておもしろくないことを口走っても、Sは「ウケる」と笑ってくれた。
手を叩いて、地団駄踏んで笑うので、話したこちらも満足だった。




Sとは、違うクラス。
だから、クラスでどんな存在だったのかは、知らない。誰と仲良しで、どんなふうにクラスメイトと過ごしているのか、ひとつも分からなかった。

それを目の当たりにしたのは、高校2年生のときの「朗読大会」のときとなる。

この「朗読大会」という行事は、2年生のとき、とつぜん催された。
クラスでひとつ「詩」を選び、ステージで朗読を発表し合うのだ。
青春くさくて、恥ずかしい。
わたしはおもわず、顔をしかめた。


うちのクラスは残念ながら、あまりまとまりがなく、この謎行事にも「どうする、どうする」と狼狽えた。

先生が「じゅげむでも読めば」というのでそれになり、わたしたちはただ並んで、「じゅげむ」を音読した。
ぜんぜん楽しくも、おもしろくもなかった。




たいして、Sのクラスの発表は、わたしに大きな衝撃を与えた。

発表では、Sがステージの真ん中に立った。
たった一人だ。
その後方に、Sを取り囲むようにして他のクラスメイトが並んだ。
Sは少し笑いながらも、真面目な顔した。
そして、しずかに手拍子をはじめた。


題材は、山田今次の『あめ』。
力強い雨音がならぶ、声に出して読みたくなる詩だ。
Sの手拍子に皆が合わせて、「あめ」は体育館に鳴り響いた。

あめ

あめ あめ あめ あめ
あめ あめ あめ あめ
あめはぼくらを ざんざか たたく
ざんざか ざんざか
ざんざん ざかざか
あめは ざんざん
ざかざか ざかざか
ほったてごやを ねらって たたく
ぼくらの くらしを びしびし たたく
さびが ざりざり はげてる やねを
やすむことなく しきりに たたく
ふる ふる ふる ふる
ふる ふる ふる ふる
あめは ざんざん
ざかざん ざかざん
ざかざん ざかざん
ざんざん ざかざか
つぎから つぎへと
ざかざか ざかざか
みみにも むねにも
しみこむ ほどに
ぼくらの くらしを
かこんで たたく

山田今次『あめ』



この「ざんざかざんざか」という強い雨音を、S以外のみんなが声で鳴らした。
ときおり足踏みがはさまって、ステージがずしんと揺れた。
Sはひとりで声を張り上げ、「あめ あめ あめ」と謳った。 

わたしの知らないSだった。


Sは誰とでも仲良しだったけど、リーダー格ではないはずだった。
カッコよかったけど、目立ちたがりではないし、声もそんなに大きくない。
いつもクラスの中心グループだけど、その中では少し脇に立つ、そんな存在のはずだった。

でも、Sはみんなの真ん中にいた。
みんながSを、頼りにしていた。



悔しい。
無性に、悔しかった。

Sがポツンとひとりで立っていて、そんなことをさせるSのクラスメイトに腹が立ったからなのか。
それとも圧巻の朗読に、大きな「負け」を感じたからか。
どれもが全部混ざり合って、ただ「悔しい、悔しい」と繰り返した。

Sのクラスの発表は、どこよりも良かった。
たいしてうちのクラスの発表は、贔屓目に見てもいちばんよくなかった。


一生懸命やればよかったなあ。
Sのクラスみたいに、とわたしはおもった。

クラスのみんなもたぶん、同じようなことを感じていた、気がする。
でも、誰も口にはしなかった。
「次は、みんなで本気出そうぜ」って、誰か言ってよね、とふてくされた。





Sとはそのまま、大学進学を機に別れてしまう。

それでも、学生時代にいちどだけ会った。
同じ地方に進学し、「飲もうか」と言って再会したのだ。

見た目はまったく変わっていなかった。
けど、改めて二人になってみると、共通点などひとつもなくて。
「Sとは世界がズレた」と気づいた。
それ以降は、会っていない。


雨の季節になると、Sを思い出す。
彼女の朗読を、思い出す。

みみにも むねにも
しみこむ ほどに

Sの声が、わたしをたたく。





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