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勝手に海の風と匂いを想像しながら、ゆっくりとページをめくる


ゆっくり大事に味わっていた本を、ようやく読み終えた。

島田潤一郎さんの『電車のなかで本を読む』という本だ。

長い本ではない。
本を紹介する本、いわゆる「書評集」というのだろうか。

これまた本屋で何度も目に入り、はじめて「書評集」を買ったのだが、買ってよかった。
今、手にとるべくしてとったと思う。

静かで淡々としているのに、本に対する熱もある。伝えたい思いもある。
そんな島田さんの文が、自分にとても合っていたようで、一章ずつ、わざとていねいに時間をかけて読んだ。
小説でもないのに、なんだか読み終えるのが惜しかった。


高知県室戸市を故郷とし、愛する島田さん。
本を読み進めていると、度々、高知県の濃い青色の海の情景が浮かび、海風や匂いを感じるような気がした。
高知県に、行ったこともないのに。

それは、著者である島田さんが、高知県室戸市を思いながら、またそこに暮らしておられる家族を思いながら、文を書かれたからだろうかと想像する。
実際、この内容は高知新聞社のフリーペーパーに掲載されたものだそうだ。
勝手に室戸市の町並みを思い浮かべ、そこを歩く一人になったような気になってみる。



本書では、たくさん本が紹介されていてどれも気になったが、わたしは、島田さんの「子育て」に対する姿勢に共感した。

たとえば、上本一子著『かなわない』を紹介されている「子育てに疲れている人へ」という章には、このような文がある。

世の中にはたくさんの子育てにまつわる読み物があり、物語がありますが、ぼくは子育て中にそうした本を手に取ることがほとんどありませんでした。それは単純に、目の前の現実だけで手一杯であり、本の世界でまで、子育てのことを考えたくなかったからです。もっといえば、そうした本を読むことで、自分のいたらなさを知りたくなかったからでもあります。

同書、p.122


わたしも同じだった。
はじめこそ、育児のハウツー本を買い漁ったり、ネットで検索魔になったりしていたが、ある時からパタリとそれをやめた。

島田さんとおなじで、「ずっと育児のことを考えている」のが嫌になったからだ。


せっかく本を楽しもうとしているのに、また育児について勉強しなければならないのか。 
そんなの休まらないし、楽しくない。
そう思う一方で、育児中なのに育児本を読みたくないなんて、という罪悪感もあった。

島田さんが明け透けに書いてくださっている言葉に、救われる気がした。
また、続いてこう書いておられる。

自分の子どものことをかわいらしいという目で見つめ、甲斐甲斐しく世話をする母親がいて、父親がいます。
ぼくは彼らが子どもたちと遊んでいるさまを見ると、微笑ましいというよりも、孤独を感じます。「あなたたちも、子育てに疲れるときはない?」と尋ねてみたいけど、「ない」といわれてしまったらどうしようと、そんなことまで考えているのです。

同書、p.122

これまた、わかる。
同じ心境に、よくなる。

これだけ穏やかで思慮深い文章を書くひとでも、「子育て」に追い込まれ、かわいい我が子とかかわることを「辛い」と感じるときがある。
それを知っただけで、私は「自分だけじゃないんだ」と救われる。

島田さんはそれをよく分かっていて、他の章でも、たびたび「育児の孤独さ」や「子育てはつらい」ということについて、オープンに書いてくださっている。
とても励まされた。



「育児」以外の章で印象的だったのは、荻原魚雷著『中年の本棚』を紹介した「夫婦が不機嫌になったとき」の内容だ。

引用の引用みたいになってしまうが。
この『中年の本棚』で紹介される、田辺聖子の文章が、あまりにも「夫婦」をあらわしていて、私はどきりとした。

「(中略)夫と妻の、どちらかの不機嫌のことを椅子取り遊びにたとえたことがある。不機嫌というのは、男と女が共に棲む場合、一つしかない椅子だと思う。どちらかがそこへ坐ったら、片方は座れない。…」

同書、p.128

うーわ、たしかに。
あまりにも当てはまるのでおどろいた。

どちらかが座ったら、もう片方が座れない状況が、家庭では度々起こる。
私が不機嫌の椅子に座るたびに、夫は黙っているしかないし、逆の場合、私は自分がそこに座れないことに、さらに不機嫌になる。
おとなとして、バランスをとるしかない。


こんなふうに、「ああ!」とか「たしかに」とか言い、何度も頷きながら、この本を読んでいった。
読み進める時間が本当に愛おしく、まさに、噛み締めながら、ひとつずつ飲み込みながら、読んでいくのが楽しかった。


本書を紹介されている「note」の記事もよく目にするので、きっとたくさんの方が、この本の雰囲気に惹かれ、島田さんの言葉や考え方に惹かれたんだろうと思うと、また嬉しくなる。

「それ、わたしも読みましたよー」
人の紹介記事を読みながら、指さして、にこにこしてしまう。

もちろん、紹介されている本たちも、読んでみたくなる。
紹介されているなかで、気になる本もいくつかあったので、ぜひ手に取りたい。

高知県にも行ってみたくなる。
島田さんのように、まちを周り、本屋を巡り、海風を感じて、そしてこの一冊のことを思い出すのだ。

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