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2000字小説:雨、花火、恋の足跡。

雨上がりの図書館の空気が、好きだ。

ザーッと外から聞こえる雨音とじめじめした陰鬱な空気が消え去り、
しん、とした静寂の中、窓からはほのかな陽光が差し込む。
その光が頬を照らすと、どことなく心まで温かくなる気がする。

もちろんそんなタイミングいいことなんてなかなかない。
でも私はそれを初めて誰かと共有したとき、恋に落ちた。

「やっと晴れましたね」

窓の外の様子を見つめていた私と目が合ったその人は、声を潜めて笑った。目には太陽の光が反射して、キラキラ輝いていた。
落ち着いたその低い声は、確かに私の心に恋の足跡を付けていった。

***

土曜日の模試の回数がだんだんと増えてきた。
高校生活も残り一年を切った途端、空気がガラッと変わった。
先生もクラスメイトも、最近は目つきが鋭い。
教室で飛び交う会話の内容も受験に関するものが増えた。

私は実力相応の、実家から通える国立大学に進学する予定だった。
既にB判定は出ているし、推薦枠にも挑戦してみるつもりだ。
塾や予備校などは通ったことがない。
友人達が放課後慌ただしく教室を出て行くのを見送り、
今日も一人最寄り駅近くの図書館へ行く。

その図書館は市の文化交流館の中に入っている。
無機質なコンクリートの壁とゴツゴツしたデザインが印象的な、
五年前にできた複合文化施設だ。
図書館の他にも演奏会の行われる大きなホールや貸し出しスペースもある。レストランや売店も入っていて、平日のこの時間帯でも賑わっている。

私の好きな人、嵐山さんは毎週水曜日と金曜日の夕方にいつもこの図書館の一階で参考書を開いている。
いつもシンプルなシャツにジーンズ、飾り気はあまりない。
昔は野球少年だっただろうな、と思うような爽やかで汗を感じさせる雰囲気がある。背が高くて目がパッチリしているから、女の人に好かれそうな頼りがいのある印象だ。

私は平日の放課後は大体ここで勉強している。
嵐山さんとは館内で会っても三回目位までは軽く会釈する関係だったが、
四回目で図書館の外で運良く鉢合わせ、そこから彼の名前を知った。
彼が私の目指す大学の学生で、保健学部で管理栄養士になるために勉強していることも。

「あ、柿田さん。お疲れ様」
黒いリュックを背負った嵐山さんと文化交流館の入り口あたりで会った。
心臓がドキッとする。
嵐山さんの顔を見ると突然強い光に照らされたような目眩を覚える。
私は高鳴る心臓の音をかき消すように、冷静さを努めて挨拶を返す。
嵐山さんは爽やかな笑みを浮かべて、さも当然のように図書館まで私と横並びで歩いてくれる。

「嵐山さん、先週までの実習はどうでした?」
彼は私よりも三つ年上だ。大学二年次になると短期間の臨地実習があるらしく、最近は忙しそうだ。今日も、一ヶ月ぶりに顔を会わせた。
「座学とは全然違ったよ。やっぱり学内のゼミとは空気感とか、コミュニケーションの仕方が全然違う。慣れるのは時間がかかったよ」
困ったような声で言うが、表情はとても明るかった。

――格好いいな。
嵐山さんは会う度に、精悍な顔つきがさらに引き締まっていく。
私はその度に彼にときめき、特に夢のない自分にどこか焦りを感じていた。

***

以前管理栄養士を目指していると聞いた時は、「男の人なのに」と偏見にも近いことを一瞬思ってしまった。
けれど、その時嵐山さんははっきり言ったんだ。
「食べるのが好きっていうのがベースになってるんだよな。
部活を引退してから進路どうしようって悩んだとき、大好きな食関係の仕事がしたいって思った。俺の周りは食にあんま興味ないやつも結構いて、だからそういうやつらに食べる楽しさを伝えたくて。
数少ない男視点ってのも生かせると思ったんだ」
嵐山さんが格好いいのは『自分の好きなものの魅力を誰かに伝えたい』強い思いを持っているから。
だから彼は雨上がりの青空みたいにキラキラして眩しい。
 
***

「すごいです、嵐山さん。夢にどんどん進んでいて。私はと言えば今は『来年の夏は大学の人達と浴衣を着て花火大会に行きたいな』位の小さな夢しかないですよ」
嵐山さんを褒めるつもりで、少し自分の憂鬱な気持ちを軽くはき出すつもりで、そう言った。

もう少しで図書館の入り口に着くところだったけれど、
嵐山さんがピタッと足を止めた。
真っ直ぐに見つめられて、私は少したじろいだ。
嵐山さんはゆっくりと口を開く。

「柿田さんの方が、すごいと思うよ。自分のペースを崩さずに毎日ここに通ってコツコツ勉強して。実は見習ってるんだ。
来年は大学生になって花火大会って、ささやかかもしれないけど意外と難しいことだよ。素敵な夢じゃん」

俺は結局一年浪人したからさ、と嵐山さんは恥ずかしそうに笑った。
嵐山さんがそう言ってくれたことが嬉しくて、私の頬も自然と緩んだ。

「…それでさ、その花火大会、俺も一緒に行きたいな、なんて」

…これは。もう、絶対合格しなければ。
私は嵐山さんの赤く染まった顔を見つめながら小さく拳を握りしめた。


***

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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