甘いキャラメルラテと、別れのシナリオ【掌編小説】
気持ちの良い秋晴れの朝。
ベッドの上で、最後の言葉を何度も心の内で繰り返す。
「今までありがとね」
この言葉を耳にした美しい黒髪の彼女は、
きっと少し悲しそうに笑うだろう。
無言のまま俺に背を向けて、
反対側に歩き出す。
俺はそれをそっと見送る。
それが、1番綺麗な別れ方のはずだ。
3年続いた2人の関係の、終わり方。
最後は感謝の言葉で締めるべきだ。
昨日の夜から、ずっとそう言い聞かせていた。
窓の外からは
鳥のおはようの鳴き声が聞こえる。
いい朝だ。
***
別れ話はいつものファミレスですることになった。最低限の身支度を整えて待ち合わせ場所に向かうと、彼女は既に来ていて、店の角に立っていた。
俺に気付くと小さく手を上げる。
表情もいつもと変わらず、これから別れ話をする人のようには見えなかった。
『ごめん、お待たせ』
『そんなことないよ、私も今来たとこ』
待ち合わせのテンプレみたいな会話をしながら店員に案内された席に座る。
『コーヒーを二つ、
あとキャラメルパフェを一つ下さい』
付き合い始めた頃から全く変わらないオーダー。唯一違うのは、スプーンの追加を頼まないこと。
新人の札を付けた店員は恋人達を羨むような顔で注文を受けていた。
注文したものが運ばれてくるまで他愛ない話をする。いつもよりも滑らかな会話だった。
共通の友達のこと、大学の試験のこと、バイトのこと、最近最寄り駅に出来たパン屋のこと。
話そうと思えばいくらでも話せる気がした。
付き合ったきっかけが、話が合うことだったと不意に思い出した。
どうして最近は、2人の間を沈黙ばかりが流れていたのだろう。
つい答えを探しそうになって、やめた。
テーブルの上に置かれたコーヒーが半分ほどの量になった時、どこからともなく空気が変わる瞬間があった。
彼女が手に持っていたスプーンを皿の上にカチャリと置く。パフェにはほとんど手が付けられていなかった。
『ねえ、今まで楽しかったよ』
『俺も』
顎を少し上げて、喉の奥から声を絞り出した。
感情が声に乗らないように意識をする。
『でも、もう限界みたいだね』
『そうだね』
『私達別れよう』
『うん。分かった』
一緒に遊びに行っても美味しいものを食べていても、どこかテンポのずれていた会話が、今日だけはぴったりと合っている。
お互いが言うべきセリフを考えてきていて、それをなぞっているからなのだろうか。
彼女も綺麗に別れたいのだと理解したとき、
久しぶりに互いの感情が一致した寂しさを感じる。
最初からシナリオがあるかのように、別れ話は淀みがなく淡々と進んでいった。1時間もしない内に会計を済ませ、店を後にした。
肌寒い秋風が頬を撫でる。
初めて手を繋いだ時も、
こんな風が冷たい夜だった。
柔らかい感触に胸が躍ったのを思い出す。
交差点まで無言で歩いて、
彼女が俺を振り返った。
目は少し悲しそうな色を含んでいたけれど、
どこか晴れ晴れとした様子でもあった。
『じゃあね。元気でね』
その言葉を聞いた瞬間、
鉛のような重たい空気が頭の上にずしんと乗っかった。
今だ。
この瞬間が、俺達の終わりなんだ。
言葉を口に出すテンポが遅れた。
最後はこれで締めろと、
何回も言い聞かせたセリフ。
自分のじゃないような口をゆっくりと開いた。
「うん。今までありがとね」
彼女は予定していた通りに小さく頷いて、
交差点を渡り、
雑踏の中に溶けて消えた。
***
踵を返した先のコンビニに入り、
彼女の好きだったキャラメルラテを買う。
人気が少なくなったところで一口飲んでみるが、覚えのある甘ったるい味に嫌気が差した。
まだ、一緒に居たかったのに。
本当に言いたかった言葉ごと、
缶の中身を一気に飲み干した。
***
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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