休職日記〜岩井俊二と青春〜

 禁煙に失敗してから、悲しいことではあるが、朝の脳の働きは活発になっている。良いか悪いかで言うと確実に良くないことではあるが、今の生活改善の優先順位は禁煙することではないのでまた次の機会、と自分を慰める。禁煙は復職してパートナーがいて、少しでも長く働けるよう健康に気を使おう、という段階で始めるぐらいで良い。なお、そんな状況になる日が来るかは別問題だ。

 最近自分の内面を研究していく中で、好きなものを整理しようと思うことがあるのだが、岩井俊二監督の映画作品は私の青春と切っても切れない関係である。高校時代、それまで週末地上波でもよくやる金曜ロードショーのような、ジブリ、ダイ・ハードなどのアクション、ホームアローンのようなファミリー向けの映画が、映画の全てだと思っていた。それがサブカル好きの友人に出会い、一人で堪能する映画の魅力に引き込まれた。というより調教された。それからTSUTAYAで洋画邦画問わず名画と呼ばれるものを片っ端からレンタルして観ていった。30,40代ぐらいの人はTSUTAYAという場所が青春そのものだったという人が結構いると勝手に思っている。そんな中、私がハマったのが岩井俊二監督の作品だった——。

 これまで生きていて、岩井俊二が好きと言うとシネフィルの人からはウケが悪いというのを散々学んだ。少なくとも、初対面で映画の話になっても岩井俊二という名前が出しにくい(監督ごめんなさい)。これは岩井俊二特集の本(夏目深雪氏の編集だったか…出典が曖昧)でも言及されていた。私の周りでは、青春アニメを実写化しただけとか、胸糞映画(主に『リリィ・シュシュのすべて』に対して)とか評され、公の場でファンをアピールしない方がいいんだなと思うようになった。シネフィルの人は小津安二郎が好きとか『ファイト・クラブ』が好きとか言っておけば概ね許される。ただ、なぜか岩井俊二の世界に引き込まれてしまう人が一定層いることを私は信じてやまない。現に、日本の映画監督としてずっと活躍しているからだ。

 最初にハマったのが『リリィ・シュシュのすべて』だった。先述した通り、ネットの映画評でも胸糞映画と言われていることが多く、確かに、プロットだけを追うと、いじめ、強姦、援交、自殺とおよそ社会で考えられる最悪の出来事ばかりが起こる。実際に暗い描写は多い。しかし、ポスターにもなっている緑の稲穂が生茂る田んぼの中で主人公蓮見雄一(市原隼人)がウォークマンで音楽を聴いてるシーンや、同じ場所でいじめっ子の星野修介(忍成修吾)が叫ぶシーン、蓮見が恋する久野洋子(伊藤歩)が音楽室のピアノでドビュッシーのアラベスクを弾くシーン。これらのシーンが、物語の残虐性とは反比例するかのように圧倒的に美しいのだ。私はそれらのシーンを観てなんて綺麗なんだと思った。後日談で監督が、アラベスクを弾いているシーンの光は自然光だと言っていた。あれほど、耽美な光が映像に収められているのは監督、ひいてはカメラマンの篠田昇氏の手腕かもしれない。学校という場所に青春を感じられる人にとってあの音楽室に入ってくる光はぐっと胸にくるものがあると思うのでぜひ一度見て欲しい。

 それから岩井俊二ワールドに引き込まれた私は、監督作品を次々と鑑賞した。2015年にEテレの番組『岩井俊二のMOVIEラボ』に蒼井優氏が出演したとき、「監督はおじさんが思う少女像を映像化している」という感想を言っていた。これはかなり的確な表現だなと感じた。私の中で、監督は女性を撮るのが非常に上手いと感じた。『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』では奥菜恵氏、『四月物語』では松たか子氏、『Love Letter』では中山美穂氏と全員魅力的に感じた(いうまでもなく容姿そのものが魅力的なのだが)。おそらく、自分の中にある女性に対する理想像、ロマンチスト的な部分を岩井俊二監督が具体化させている。だからこそ、自分にとってグッとくるし反対に苦手な人にとってはベタで現実感がないと感じるのかもしれない。

 また、豊川悦司氏は監督について「ドロドロとしたものを持っている」と語っていた。直近の映画『ラストレター』で阿藤というDV男のちょい役で豊川氏は出るのだが、主人公で小説家の乙坂鏡史郎(福山雅治)に居酒屋でけちょんけちょんに説教をする。『ラストレター』のストーリーとその説教シーンは実際の映像を見て欲しいのだが、要は『夢ばかりみてあまったれてんじゃねえ』みたいなことを言う。この部分、本当に短いシーンで先に書いた通り豊川氏もちょい役なのであるが、本編の中では肝となる役であり、重要なシーンだ。だからこそ、旧知の関係である豊川氏を起用したのではないかとも思える。そして、この豊川氏のセリフこそ監督の"ドロドロしたもの”である。一見、主人公の福山雅治の方が監督に似ている雰囲気なのだが、豊川氏に言わせれば阿藤が監督なのだという。その"ドロドロした部分”を持っているからこそ『リリィ・シュシュのすべて』で数々の残虐性のあるシーンも描けるのかもしれない。そして、戯言を描いていることを自覚しているのだろう。

 岩井監督の作品は季節ごとに作品があるので、季節の変わり目になると作品を思い出し、見たくなる。春になれば『四月物語』、夏(の終わり頃)は『打ち上げ花火〜』、冬は『Love Letter』…。どれも甘酸っぱい感情にさせてくれる。段々寒くなりもう少しすると『Love Letter』が観たくなる時期になってきた。1年は早い。

 以上、日記というよりは評論みたいなものを書いてみた。これで良さが伝わっているのだろうか。まぁ、基本人に何かを勧めるというのが強要するように感じて苦手なのである。というか自分が好きと言うだけで満足してしまっている節がある。観てみたいなぁと思う方は『花とアリス』ぐらいから個人的におすすめします。


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