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元社員が感じた:サイボウズの人事制度の革新性とこれからの課題

過去の記事「kintone値上げの裏側:元社員が語る、サイボウズの見えない危機」ではサイボウズの事業戦略の要ともいえる価格戦略において、元社員の視点から意見を欠かさせていただきました。
https://note.com/jolly_robin7449/n/nbaf61922498c
続く記事では海外戦略について書いてみました。
https://note.com/jolly_robin7449/n/nf999d08d28eb

本記事、サイボウズの特徴である人事制度について同じく元社員の観点から記載をさせていただきます。

やや否定的なことも書いていますが、サイボウズにもっと成長してほしいという思いを持って書いているのでぜひ関係者、特に現役社員にも多く読んでいただけますと幸いです。(匿名にはしていますが)

・人事制度の先駆的施策の成功と影響力


サイボウズは、「100人100通り」の働き方を掲げ、革新的な人事制度を次々と打ち出してきました。ウルトラワーク(場所を選ばない働き方)、育自分制度(出戻り社員の受け入れ)、副業の自由化や推進の提言など、これらの施策は日本の企業文化に大きな影響を与えました。多くの企業がサイボウズの取り組みを参考にし、日本の働き方改革を牽引してきたとも言えます。
例えば、ウルトラワークにより、地方在住の優秀な人材の採用が可能になり、人材プールが大幅に拡大しました。また、育自分制度は、一度退職した社員の経験や成長を会社に還元する機会を生み出し、組織の多様性と柔軟性を高めています。

以下にサイボウズの人事制度が生み出した強みの源泉について元社員からの私見を記載します。

1,自律的な社員と現場主導での意思決定


サイボウズの特徴の一つは、社員の自律性を重視し、現場主導の意思決定を促進していることです。部門やチームごとに裁量が与えられ、社員一人ひとりが自身の働き方や業務の進め方を決定できる環境が整っています。これにより、社員の主体性が育まれ、創造的な仕事の成果につながっています。もともとはトップダウンで競争力のある商品を生み出して成長したサイボウズですが、働き方改革に乗せたマーケティングやオウンドメディア「サイボウズ式」、kintoneによるパートナーとのエコシステムの形成などはトップダウンでは生み出せない、自律的な社風があるからこその戦略だと考えてよいでしょう。

2、若手を中心に優秀な人材の獲得に成功


サイボウズの先進的な人事制度は、若い世代から高い支持を得ています。自由度の高い働き方や、挑戦を奨励する社風が、優秀な若手人材を引きつける大きな要因となっています。結果として、意欲的で能力の高い若手社員が多数集まり、会社の成長を支える原動力となっています。事務系の場合、新卒では銀行や大手メーカーなどに入った優秀層が大企業での働き方に疑問を感じ、サイボウズの門戸を叩きます。大手企業で下積みしかさせてもらえなかった若手も、サイボウズに入ると前職とは比べ物にならないくらいの裁量が与えられるので、のびのび働けて、やりがいを感じています。

3、業績好調による安定と独自の文化形成


オンプレ(売り切り型)のときは毎月の売上の変動が大きかったですが、主力がストック型のクラウド製品(サブスク型)になり、サイボウズの業績は好調を維持しています。安定した経営基盤は、社員に安心感を与え、長期的視点での仕事への取り組みを可能にしています。また、自由な社風と安定した環境が相まって、サイボウズ独自の企業文化が形成されています。この文化は、社員の帰属意識を高め、さらなる成長の土台となっています。

基本的にはどんな施策を打っても売上が「減少することはない」ので、社員は安定した基盤の上で、自由に新しいことにトライアンドでエラーできる。この環境が、持続的なイノベーションを生み出す源泉となっているのです。

4、プロダクト戦略と直結

サイボウズの「100人100通り」の人事制度は、単なる社内の取り組みを超えて、同社の製品開発とマーケティング戦略の核心となっています。この独自のアプローチは、サイボウズを「働きがいのある会社」として際立たせるだけでなく、製品の競争力を大きく高めています。

特筆すべきは、サイボウズの企業理念である「チームワークを支援する」という考えが、主力製品のサイボウズOfficeやkintoneの開発コンセプトに直接反映されている点です。社内で実践されている革新的な働き方や組織運営の方法が、そのまま製品やサービスとして顧客に提供されているのです。

この一貫性は製品の信頼性を高め、サイボウズのブランドイメージの強化にも大きく寄与しています。顧客は製品を導入することで、単なるソフトウェアだけでなく、「働きがいのある会社」づくりのノウハウも同時に取り入れることができると認識しています。

結果として、サイボウズの人事制度や企業文化に対する高い評価が、製品の競争力強化と市場での成功に直結しています。この戦略的アプローチは、サイボウズを日本のIT業界における革新的リーダーとして位置づける重要な要因となっており、企業文化と製品開発の統合がビジネスにおいていかに強力な差別化要因となりうるかを示す素晴らしい例といえるでしょう。

後半:成功の影

そんな優れたサイボウズの人事制度や戦略ですが、課題と今後の展望について、元社員の視点から記載します。私自身もサイボウズを「退職する」ことを選んだ人間ですが、これらの全部とは言わなくても一部が解決されていたら退職はしなかったと考えています。また、もしいつかサイボウズがもっとよい会社になったら、その一員としてまた働いてみたい気持ちはあります。応援の意味を込めて、少し厳し目に「成功の影」を書いてみます。

1,先進的だった施策の一般化

かつてサイボウズは、その斬新な施策で業界の注目を集めていました。自由な場所で働けるウルトラワークや、出戻り社員を迎え入れる育自分制度、副業の自由化などです。しかし、コロナ禍を経て、これらの施策は多くの企業で一般的なものとなりました。サイボウズの特徴的な制度は、もはや日本国内の企業においては特段珍しいものではなくなっています。これは、サイボウズが業界をリードしてきた証でもありますが、同時に新たな差別化要因を見出す必要性も示唆しています。

2,成長機会の少ない仕事とそれを客観視できない環境


サイボウズの製品、特にkintoneは確かに業界で確固たる地位を築いています。しかし、この成功が皮肉にも社員の成長を阻害する要因となっています。
サブスク型モデルにより売上が下がることはほとんどないため、どんな施策を打っても大きな失敗がありません。
これにより、私のいたビジネス部門(マーケティングや営業)は、いわゆる「横綱相撲」のような保守的な戦略しかとれなくなっています。
※起きている事象は違えど開発系やサポート部門などの他の部門も似ている状況と認識しています。

IT市場全体からみれば100億円・200億円規模の製品は一つのニッチ領域に過ぎないにもかかわらず、ほぼすべての戦略が(小さいニッチ市場の)中心にいる自分たち目線で作られ実行されています。パートナーのエコシステムもkintoneを中心にしたものになっており、これがさらに視野を狭めています。

ここまでのエコシステムを作り上げたプロダクトや先人たちの功績は認めるべきですが、現状は新たなイノベーションやチャレンジを阻害する要因になっています。

特に深刻な問題は、新人・若手社員の成長環境です。最初から自分たち中心の世界でしか仕事をしていない新人たちは、kintoneの周りの世界を知らないまま成長し、外の世界を学ぶ機会を得られません。結果として、彼らの成長機会はどんどん限られていきます。この閉鎖的な環境は、長期的にはサイボウズの競争力を弱め、市場の変化に対応できない組織を生み出す危険性があります。

3,安定成長がもたらす組織の硬直化

サイボウズの安定した成長は、組織の硬直化を招いています。大きな失敗も華々しい成功もない穏やかな事業展開の中で、会社の内部構造は徐々に変化し、長期勤続者が順番に昇進していくような、従来型の日本企業の姿に近づいています。特に顕著なのは、社歴10年以上の社員が高いポストと報酬を得る一方で、外部から入社した有能な人材に適切な待遇を提供できていないケースが散見されることです。さらに、経営幹部のほとんどが長期勤続者で占められ、多様な経験や外部の視点が不足しています。

ときおり外部からの中途採用でマネージャー級の社員を採用しても、うまく文化に馴染めずに退職していくようなことを繰り返しており、それを根拠に、ますます「幹部層の純血化」が進んでいます。この状況は、組織の多様性や創造性を損ない、長期的には会社の競争力低下につながる恐れがあります。サイボウズが今後も革新的な企業であり続けるためには、この硬直化した組織構造を見直し、新しい才能や視点を積極的に取り入れる努力が必要不可欠です。

4,人材の流動性と安定志向の台頭、さらに世代間のジレンマ

サイボウズの現状は、人材の流動性と組織の安定性のバランスに課題を抱えています。チャレンジ精神旺盛な若手社員は、社内での成長機会の限界を感じ、社外へ活路を求める傾向が強まっています。対照的に、安定志向の社員が会社に留まる傾向が顕著になっており、これがサイボウズの長期的な競争力と革新性を脅かす可能性があります。

シニア層の状況も複雑です。サイボウズは元来、退職金制度を設けておらず、定年までの長期雇用を想定していませんでした。そのため、40歳前後でキャリアの岐路に立つ社員が多く、彼らは主に二つの選択肢を考えます。一つは社外への転進で、多くのシニア層社員がサイボウズでの経験を活かして、ステップアップとなる転職に成功しています。 もう一つの選択肢が副業へのシフトです。サイボウズは副業を認めているため、時間に余裕の生まれてきたシニア社員の多くが副業に挑戦します。 そうした際、シニア層独特の状況に直面することがわかってきました。

業務経験豊富なシニア層は高いスキルと柔軟な時間管理能力(本業との調整)を活かせる立場にあり、副業の市場においては非常に高いニーズがあります。(フリーランスと比べて、副業であればそれほど高い報酬を求めないことも関係するかもしれません)

一方、サイボウズ社内の仕事に目を向けてみると、年齢構成的には若手社員が多数を占めており、シニア層向けの役割や仕事が限られています。マネージャーたちは新規プロジェクトや重要な任務を割り当てる際に、(失敗が起きづらいビジネス環境もあいまって)より成長の余地が大きく、指示も出しやすい若手を選ぶ傾向にあり、結果としてシニア層の社内での業務量(→価値)が相対的に低下し続けていくことになります。

こうした状況は、「特定の社員は働きの割に給与が高いのではないか」という声や、まだ経験やスキルが未成熟な若手社員の間でも「自分も副業に時間を使いたい」といった認識を生み出し、組織全体のモラルに影響が出始めています。

サイボウズにとって、シニア層の豊富な経験と若手の成長意欲をバランスよく活用し、世代を超えた相乗効果を生み出す組織づくりが喫緊の課題となっています。長期的な企業の競争力維持と健全な組織文化の醸成のために、シニア層の活用と若手の育成を両立させる新たな人事戦略の構築が求められています。これらの課題は、サイボウズの人材育成と組織文化の在り方に再考を促すものであり、適切な対策が必要とされています。

余談;「給与=市場価値」という戦略的メッセージの限界

サイボウズでは「あなたが転職したらいくら」:市場価値で給与を決める、と公言しています。給与の決め方に正解などないので、これ自体は、成長企業の価値観としてとてもユニークでしたが、上述のように、サイボウズが有名企業、安定企業になってくると、この価値観の矛盾や限界が顕在化してきます。※詳細な説明は長くなるのでこでは省略

起きている事例としては若手が「自分は某IT企業や、某商社にいけるスペックがあるので、同様の給与条件を提示してほしい」、シニア層が、「自分は30代の頃と同じかそれ以上の仕事をしているのだから給与は維持して(むしろ上げて)ほしい」、といった発想に陥ります。

全員が納得できる給与の決め方などはないのですから、サイボウズの言葉を借りるのであればたまたまその人の上長になった人が「適当に決める」しかないので、決定に納得がいかない=自分はもっと評価されるべきと思った優秀な層は、外部に流出する、あるいは、サイボウズではほどほどに仕事をして足りない分は「副業で稼ぐ」という道を選ぶことになります。

給与の問題は複雑でケースバイケースも多いので、サイボウズが間違っているとは思わないですし、もっとよい給与の決め方の案があるわけではないですが、会社のサイズが大きくなり人材が多様化したことにより、外向けのメッセージを体現し続けることが困難になっているのは明白です。

今後の展望と期待

ここまで読んだ方はおわかりのとおり、サイボウズの人事制度や人材戦略は大きな岐路に立たされています。

これまでサイボウズの「100人100通り」の人事制度は、日本の働き方改革に大きな影響を与え、多くの成功を収めてきました。しかし、その成功ゆえの課題も浮き彫りになっており、このまま安定に舵を切って普通のよくある大企業になっていくのか、それとももう一度挑戦の社風を作ることを目指すのか、あるいはそれ以外になにか新しい道を切り開くのか。前の記事で書いたとおり、サイボウズの場合、事業戦略やプロダクトと人事戦略が密接に関わるのが大きな強みでした。

筆者としてはkintoneがプロダクトとして成長していて事業環境の良い今こそ、サイボウズならではの次の人事制度や人事戦略を打ち出し日本のIT業界、そして働き方改革の未来を切り拓く存在に再びなることを、期待しています。


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