見出し画像

元社員が考えた:岐路に立つサイボウズの海外戦略

前回の記事「kintone値上げの裏側:元社員が語る、サイボウズの見えない危機」ではサイボウズの事業戦略の要ともいえる価格戦略において、元社員の視点から意見を書かせていただきました。
https://note.com/jolly_robin7449/n/nbaf61922498c

サイボウズは、国内市場での成功を足がかりに、海外展開、特に米国市場への進出を積極的に推し進めています。しかし、この戦略は様々な課題が浮き彫りになっています。本記事では、元社員の視点から、サイボウズの海外戦略の現状と課題を探ってみます。

前段:国内での成功と海外での苦戦

サイボウズの主力製品「kintone」は、日本国内で強い支持を得て、業績も好調です。しかし、海外事業、特に社長の肝いりの米国事業は赤字を計上し続けています。現状では、日本で得た収益を米国事業に投入し続けている状態と言えるでしょう。

①サイボウズの海外進出:過去の挑戦


サイボウズの海外市場、特に米国市場への進出への強い意志は、創業以来の長年の夢であり、私の知る限り、これまでに少なくとも2度の大きな挑戦を行ってきました。

-グループウェアとしての挑戦(2001年〜)

創業間もない2001年、サイボウズは果敢にも米国法人を設立し、多言語化したグループウェア製品をリリースしました。この挑戦は、日本発のソフトウェア企業の先駆的な海外進出として注目を集めました。
しかし、この挑戦は文化的な壁にぶつかることになります。日本的な「情報共有」とチームワークを重視する価値観が、個人主義が強い欧米市場では十分に理解されませんでした。結果として、市場に受け入れられず、撤退を余儀なくされました。

ーkintoneとしての挑戦(現在進行形)

1度目の挑戦から学んだ教訓を活かし、サイボウズは再び海外市場に挑戦します。今回は、当時の副社長を中心に、多額の投資を行い、現地の優秀な人材を多数雇用しました。
しかし、この挑戦も困難に直面しています。法人としての損益は大きな赤字を計上し続けており、当初の目標達成には至っていません。IRなどの公開情報でみても年間10億円程度を米国市場に投資をし続けているようです。
現状は米国法人を撤退したわけではないため現在進行形としていますが、当初米国事業をリードしていた副社長や現地責任者(および採用した優秀な社員の多く)は既に退職しており、2度目の挑戦という意味ではすでに転換期は過ぎたと考えて良いでしょう。

では、これまでのチャレンジから、念願の米国市場を攻略できる糸口は見えているのでしょうか、
私の知る限り現状は「困難」であると考えます。

②製品の複雑性と市場の違い

kintoneは、その製品特性ゆえに、初見では理解しづらい製品です。日本では、サイボウズの知名度とエコシステムを形成するパートナー企業のサポートにより、顧客は製品の価値を理解し、導入に至るケースが多いです。しかし、この製品の複雑さは、特に海外市場において大きな障壁となっています。

実際、日本市場においても、初めてkintoneを試用した顧客が自力で契約に至る確率は極めて低いのが現状です。正確な数値を把握するのは困難ですが(パートナーの介在状況が不透明なため)、1ヶ月以内に顧客が自力で契約に至る割合は国内でもおそらく10%にも満たず、実態はさらに低く5%以下程度ではないかと推測されます。これは、製品の潜在的な価値を顧客自身が理解し、活用方法を見出すことの難しさを示しています。

この状況が海外、特に欧米市場ではさらに深刻化します。サイボウズの知名度やサポート体制、パートナーエコシステムが整っていない環境下では、製品の価値を十分に伝える難易度が格段に高くなります。その結果、マーケティングに多額の費用を投じて「お試し」ユーザーを獲得しても、実際の売上にはほとんどつながらないという厳しい現実に直面しています。

この問題を解決するためには、サイボウズが開発元として一件一件を手厚くサポートする体制を構築する必要があります。しかし、現在の製品単価ではそのようなサポート体制を維持することは経済的に困難です。特に米国や欧州市場では、このようなビジネスモデルを持続可能にするのは現実的ではありません。

結果として、kintoneの複雑さと海外市場の特性が相まって、サイボウズの海外展開を極めて困難なものにしています。この課題を克服するためには、製品自体の簡素化や、現地に適したサポート体制の構築、さらには製品単価の見直しなど、抜本的な戦略の再考が必要となるでしょう。

③人材・開発の課題

別記事でも書いているとおり新卒採用中心の「純血主義」的な人事戦略により、業務システムやIT市場に対する深い理解を持つ人材が不足しています。これが、海外で受け入れられる製品開発を困難と考える理由の一つです。

2011年にリリースしたkintoneに以降、日本市場においてもkintoneに次ぐヒット商品や、kintone自体に革新的なアップデートをかけられていません。(実態はヒット商品どころか、プロダクト自体をほとんど出していない)
そのような環境で、日本側の開発メンバーが、日本を飛び越えて欧米市場で受け入れられるプロダクトを開発できると考えるのは無理がありそうです。
一方で、欧米などで採用した現地社員が単独で突然変異的に尖ったプロダクトを開発してくれる期待をしているのだとしたらあまりに楽観的だと考えます。

日本企業が海外で成功するためには、日本文化や商品・テクノロジーと海外市場の融合が必要ですが、円安の進行により、海外での開発体制の構築がますます困難になっており、給与水準の高い優秀な海外人材の確保は、大きな課題となっています。

④本気で海外市場に取り組んでいる人材がいない

元社員の観点からみると、サイボウズの海外展開における最大の課題は、本気で海外市場に取り組む人材の不在です。経営陣、特に社長の海外進出への強い意志が、撤退という選択肢を取りづらくしている一方で、実際に海外事業に携わるメンバーの実態は異なります。彼らの大部分は、海外市場に対して強い思いを持っているわけでもなければ、製品や市場に対する深い理解を有しているわけでもありません。結果として、勝てるかわからない市場(勝てる確率が低いのは分かってきている)で、ただ役割をこなしているだけにみえます。

さらに、国内の状況も海外展開を後押しするものとは言えません。大部分の日本で働く日本人の社員は、同じ会社の一員として海外市場での成功を願う気持ちはありつつも、実力よりも遥かに大きな投資を続けている海外事業に対して冷ややかな目を向けています。この社内の温度差が、海外展開の本気度をさらに低下させる要因となっています。

このような状況下では、サイボウズの海外市場展開が真の成功を収めることは難しいでしょう。経営陣の強い意志を現場レベルで実現し、全社を挙げて海外市場に取り組む体制を構築することが、今後の課題となるでしょう。

岐路に立つサイボウズの海外戦略

サイボウズの海外戦略は、まさに重要な岐路に立たされています。大手パートナーとのアライアンスなど、様々な手は打っているものの、現状の赤字体質を改善し、真のブレークスルーを達成するのは極めて困難な状況にあると言わざるを得ません。

この状況を打開するために、以下の選択肢が考えられます:

  1. 海外(特に米国市場)事業からの撤退

  2. 戦略的提携やM&A: (類似サービス企業との提携や買収など)

  3. 海外市場に意欲のある経営陣が海外事業の陣頭指揮を取る

  4. 海外市場に特化した製品開発と販売戦略の抜本的見直し

これらの選択肢は、いずれも大きな決断と変革を必要とするものです。しかし、日本市場が好調な今こそ、この難しい決断を先送りせずに下すべき時期だと考えます。現状維持は、長期的には会社の成長と競争力を脅かす可能性があります。

サイボウズが、これまでの成功と失敗から学び、勇気ある決断を下すことで、新たな成長の道を切り開くことができるかどうか。その決断と実行が、今後のサイボウズの命運(海外だけでなく国内にも)を左右するでしょう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?