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フットボールにおける「集中」とは?

 フットボールには、少々おかしな表現があって、それもまた、「味」だったりする。
 例えば、「高さがある」。身長が極めて高いプレーヤや、そのようなプレーヤを備えたチームを示す言葉だが、これも面白い。反対の言葉を考えてみよう。「高さがない」というプレーヤは、イコール、身長が0mmなのだが、そのような人間はいないわけで・・・。

 さて、フットボールにおいて、「集中」という言葉はよく使われる。ピッチ内では、選手を鼓舞する時に。時には、失点の理由として、「集中力の欠如」というふうに。

「集中」という言葉を素直に捉えてみると、「ある一点に対して注目している」「注意力が散漫でない」というような状態を思い浮かべる。では、辞書的な意味ではどうなのか。goo辞書によれば、次のような意味である。

1か所に集めること。

goo辞書より

 なるほど、直感的な意味と辞書的な意味は一致しているようだ。

 例えばわかりやすい例で言えば、2024年5月25日に行われた、磐田vs湘南の1点目が、「集中力の欠如」と言われやすい事例ではないだろうか。

 しかし、選手の目線に注目してみたい。この時、磐田の左サイドに動いたボール、それからクロスに対して、磐田のDFはボールを見ている。もっと言えば、ボールだけを見ている。

 先ほどの定義に合わせれば、これは見事に「集中」していると言えるのではないだろうか?
 ボールという「1点」を見ているのだ。

 少し前に、「黒子のバスケ」から一般に広まった感のある「ゾーン」も、実は同じような状態だろう。極限まで高められた集中力により、「周囲の音などの余計な情報がカットされる」状態、とここでは定義する。

 しかし、しかしだ。

 フットボールに限らず、あらゆるスポーツは、「ボールだけを見ていてもダメ」なことは明白だ。厳密に言えば、ボールも人も場所も、あらゆる情報を見ておかなければならない。だから選手は頻繁に首を振り、周囲の環境を把握するのだ。

 もう少し極端な例をあげる。ゾーンに入っていると音が聞こえないとするならば。プレー精度は上がるかもしれない。しかしそこで笛が鳴ったとする。ゾーンに入っている選手は音が聞こえずにプレーを続行し、最悪の場合はカードが出るかもしれない。・・・これは少々乱暴な例だが、極論を言えば、そういうことが起こりうる状態であると言える。

 では、「集中」が悪なのか。

 悪とまで言い切ることはできなくても、ある程度それに近いことをは言えるのではないだろうか。

 では、「集中」がダメならば、どういう状態が望ましいのか。

 それはおそらく、「分散」である。

 意識を色々なところに置いておく。少しの違和感にも反応する。そうした「分散」的な意識を持つことが重要なのではないだろうか。

 引用先が思い出せなくて大変恐縮だが、こういう話を聞いたことがある。

 二人の僧侶(一人は修行を終えた、一人は修行中)に座禅をしてもらい、その間の脳波を測定する。ある一定の間隔で鈴の音を鳴らし、脳波がどのようになるのかを測定する。
 修行中の僧侶は、鈴の音が鳴っても、次第に脳波の反応が弱くなる。つまり、音に慣れていく。
 修行を終えている僧侶は、何回やっても、同じように脳波が反応するのだという。
 つまり、無の境地においても、周囲への警戒心などは衰えない、つまり「慣れない」のである。
 これが真実なのであれば、「集中」ということへの警鐘の一つと言えるのではないだろうか。

 磐田の例に戻る。ほぼ全員がボールウォッチャになっていることから、ルキアンの動きに誰一人ついて来れていない。川島ですら(いきなりのことであったことはあるだろうが)DFに指示もできておらず、ボールを見ている。
 明らかに「分散」できていない。「集中」しているために起こった失点だった。
 フットボールにおいては、プレーが途切れた時に、この「集中」が起こりやすいという印象だ(データはない)。それはおそらく、幼い頃から「集中」という言葉が一人歩きしていて、そのように教え込まれているからではないだろうか。「プレーが途切れた時に集中が切れやすい」という謎の言葉がある。しかし本来は、プレーが切れた時こそ周囲の環境を把握し直すべきである。それまで把握していた環境をリセットする必要があるからだ。
「分散」には、このリセットの意味もある。

 GKが「後の先を取る」ことが多いPKでも、ボールだけ見ていてはダメだろう。キッカーの目線、モーション、あらゆるものを情報処理しなければならない。これは明らかに「(辞書的な意味の)集中」ではない。

 これまで「集中」という言葉に逃げてきた失点の理由、ミスの理由が、もしかしたらもっと違う観点で評価できるかもしれない。

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