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オリジナル短編小説「箱庭の守り人」

こんにちは🎵

今日は、
オリジナル短編小説を挙げます(^-^)

ほっこり、癒される
初夏の時期の高校生たちのお話です😊

あらすじ
幼馴染みの祖父の経営する喫茶店には、「神様の箱庭」と呼ぶ美しい庭があった。
だが、喫茶店は祖父が亡くなったことで閉まってしまう。幼馴染みは箱庭を守っていたが、
あるときヒロインがクラスの男子といさかいを起こし…。

15分ほどで読めると思います。

よければお楽しみください(^∇^)

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「箱庭の守り人」
四葉(よつば)のおじいさんは喫茶店を経営していた。
 それは住宅街の路地の奥にひっそりと立つ小さな店だ。
 レンガ造りの店に入るまでの短い小道には、白い薔薇のアーチがあった。庭には小さな花弁をつけたカモミールや薄紫のラベンダー、ミントなどが森のように繁って鼻に抜ける爽やかな香りを放っている。
 店の中に入ると、木張りの床と壁は相当年数が経っているのにぴかぴかに輝いている。飴色の椅子に、よく磨き込まれたテーブルは、店の中に4卓しかなく、こぢんまりとしている。庭には、ハーブに隠れるように白い椅子とテーブルが密やかに佇んでいて、庭でもお茶を飲むことができた。
 コーヒーはおじいさんのオリジナルブレンドだ。褐色の液体はチョコレートのように甘くて、華やかな香りがする。ガラスのポットで注ぐ楔石のような色のハーブティーは、庭で摘んだフレッシュなものを使って淹れてくれる。しっとりとしてほのかに甘いチーズケーキや、焼きたてのスコーンもおじいさんの手作りだった。
 時代が遡ったようなレトロな店内なのに、テーブルの上のシュガーポットにも、店内の白磁のティーセットの並んだ棚にも埃ひとつなく美しかった。
 私は、小学校4年生のとき、四葉に誘われて初めてこの店に行った。
 庭の真っ白な椅子に座ってハーブティーとチーズケーキをいただきながら、私はただただ感嘆するばかりだった。
 同じ町にこんなに綺麗な場所があるなんて思わなかった。しかも誰かに見せびらかすように建っているんじゃない。ぽつりと、そうであることが当たり前のようにそこに建っている。
「どう?俺のじいちゃんのお茶、美味しいでしょ」
 四葉はいつものように柔和な笑顔を浮かべて私に言った。
「すごいわね、ここ。神様の箱庭みたい」
 私は思わずそんなことを言った。
「箱庭?」
「うん、なんか神様が自分のために作った秘密の場所。そんな感じがする」
 いま思えば、すべては四葉のおじいさんが手間ひまをかけたから存在しているのだとわかるけれど、当時の私には店のものがすべて魔法で出来ているような気がしたのだ。
 それを聞いた四葉は嬉しげに微笑む。
「へぇ…俺、その言葉すごく気に入ったよ。文ちゃん(あやちゃん)」
 まだ私よりも背の小さかった四葉はそう言って微笑むと手をめいっぱい伸ばして私の頭をそっと撫でた。
あの店は、いまはもうなくなってしまった。
四葉が中学2年生のとき、おじいさんが肺がんで亡くなって、喫茶店は閉まってしまったのだ。だが、四葉と四葉のお母さんが毎週、庭の手入れをしに行って、あの庭は私たちが高校生になる、いまでもずっと残っている。

「あの、そこに立って話されると迷惑なんだけど」
 私は黒板消しを片手に、教卓の前でおしゃべりをしている男子たちに向かって言った。
 男子たちは唇を尖らせると、散り散りに机のほうへ移動する。
「梶山ってほんとうるせーよな」
「真面目ちゃんなんだよ」
と男子のぶつぶつ言う声が聞こえてきたが、私は無視する。黒板消しで、チョークの跡を消していると、制服のシャツの袖を折り曲げながら、四葉が声を掛けてきた。もう初夏になり始めていて、教室の中は蒸し暑い。
「文ちゃん、もっと優しい言い方しなくちゃ。文ちゃんは根はいいこなのに言い方に問題があると思うんだよね」
「私はこのままでいいんです。…四葉はいいわよね。ふわふわ~っとしてるから女の子にもモテるし」
「え?俺モテてないよ?」
「自覚なしかい」 
 と私が呟いている間に、四葉の回りには女の子の群れができあがった。
「四葉くん、今日はどこでお昼食べるの?」
 とひとりの女の子が四葉の腕にまとわりついている。
「今日は、中庭で文ちゃんとお昼だよ」
「いっつも梶山さんとじゃない!私とも食べて!」
 私は冷ややかな目線を向ける。四葉は何も気づかずに呑気に返事をする始末だ。
「いや…文ちゃんは幼馴染みだし、昔からお弁当は文ちゃんと食べるって決めてるんだ」
「なにそれ!ずるーい!」
 と女の子の視線が私に向く。私は勢いよく首を曲げて、その視線をかわした。
「(四葉のせいでこっちにとばっちりじゃん…。ちょっとは女の子に好かれてるってこと自覚しろっつーの!)」
 と私は心の中で呟きながら無心で黒板を磨き続ける。
「文ちゃん、高いところ届かないでしょ?無理しなくていいよ」
 私の背後に近寄った四葉は、私の黒板消しを握っている手に上から自分の手を重ねてきた。
「な、なにすんのよ!」
「え?だって文ちゃん背が低いから」
 四葉はそう言うと黒板消しを私の手から自分の手にもちかえて天井近くの文字を消し始める。
 四葉はいつの間にか、背がぐんぐん伸びてしまって私よりも頭ひとつ大きいくらいの背になってしまった。
 私は恨めしげに四葉をじっと見る。
 四葉は
「なにー?」
 と微笑み、その顔を見た周りの女の子から歓声が上がった。
「あー、付き合いきれない…」
「ちょっと、文ちゃん?」
 私は四葉の声を背中に聴きながら呆れたように自分の席に向かった。

 昼休みになり、私と四葉はお弁当を広げて、中庭の花壇に座っていた。女の子の集団は四葉がマイペースにかわしてくれたらしい。私はおにぎり弁当で、四葉はサンドイッチだ。
「ところでさ、文ちゃん。もうそろそろ雑草が伸びてきたころでしょ。箱庭の庭掃除に行かないといけないんだ」
「あ…そうだね」
「母さんが仕事忙しくなっちゃって。掃除、俺ひとりなんだよね」
 四葉は水筒のコーヒーを啜りながら呟く。四葉の淹れるコーヒーはおじいさんが淹れるものと同じでいつもカカオの香りがする。
「え、それじゃ私も手伝うよ」
「いいの?助かるよ。カモミールとかミントとか持ってかえっていいからさ」
 私は頷いて、梅干しの入ったおにぎりを頬張る。久しぶりに箱庭に行けることになって、私も上機嫌になった。私の表情を見た四葉が顔をほころばせる。
「嬉しそうだね、文ちゃん」
「うん。あの庭、いまも四葉が手入れしてくれてるんでしょ?」
「まぁね。じいちゃんが大事にしてたから、枯らすのは悪いし」
 それを聞いて私も微笑んだ。
 そのとき、四葉のコーヒーの香りに混じって、鼻に突き刺さるような嫌な香りがした。
 周りを見渡すと、校舎の裏にある自販機の影でクラスの男子がタバコを吸っているのが目に入った。
「あいつら…!」
 私が立ち上がろうとしたのを、四葉が腕を掴んで制した。
「なにするの?」
「…真面目なのは文ちゃんのいいところだけど、そんな風にぶつかっていくことばかりが正しいとは俺は思わない」
 四葉が穏やかだけど意思の強い声で言う。私はその手を思い切り振り切った。
「だって、他の人が迷惑してるじゃん!コーヒーだって香りがわかんなくなっちゃったし…規則は守らなきゃだめだよ!」
 私は男子たちの元へ走っていく。タバコをふかしながら、笑い声を上げていた男子たちは私の姿を見てめんどくさそうな顔をした。金髪の男子と、丸メガネをかけた男子、そしてピアスをつけた男子が立っている。
「げ、真面目ちゃん」
「なんだよ、梶山」
 私はスマホをかざすと、タバコを口にくわえた男子たちの姿を写真に撮った。シャッター音を聞き咎めて、男子たちが私を取り囲んだ。
「なにすんだよ!」
 私は怯まずに写真を突きつける。
「この写真、先生たちに見られたくなかったら、いますぐタバコを捨てなさい」
「はぁ?」
「あんま調子に乗んなよ」
 金髪の男子が私の肩を手のひらで押してきた。衝撃が肩から身体全体に伝わる。私はバランスを崩して地面に尻餅をついた。
「きゃっ!」
「いいこちゃんならなに言ってもいいと思うなよ」
 ピアスの男子が私のシャツの襟首をつかみ上げた。首が締まって苦しかったが、私はピアスの男子の腕を掴んで抵抗する。
「だって、規則を破ってるのはあなたたちでしょ!いけないことをいけないって言ってなにが悪いの?!」
「そういうのがうぜぇって言ってんだよ!」
 首元を掴む力が強くなり、私は喉をひゅーひゅーと鳴らす。視界の端の方に、四葉とジャージを着た先生が走ってくるのが見えた。
「四葉!」
「文ちゃん、いま先生呼んできたから!」
「こら、何してるんだ!」
 ピアスの男子はさっと私のシャツの襟首から手を話すと、私の横を過ぎて、仲間と一緒に大慌てで裏庭のほうへ走り始めた。ジャージの先生がそれを追いかけていく。四葉は咳き込んでいる私の元へ駆け寄った。
「大丈夫?文ちゃん」
「げほっ…あいつらが悪いのに…なんでこんなことされなきゃなんないのよ」
 私の目に涙が滲む。四葉は何もいわずに私の前髪をそっと直してくれた。
「とにかく、文ちゃんに怪我がなくて良かった」
 私はまっすぐにこちらを見る四葉の視線が恥ずかしくて、四葉の目を見ることができなかった。

 週末の土曜日、私は軍手とごみ袋をトートバッグに入れて、四葉のおじいさんの喫茶店を訪ねた。
 庭では、四葉が中腰になり、雑草の草むしりをしている。雑草はわんさと生え、私の膝くらいまで伸びていた。
 私が近づいてきたのに気づいた四葉が振り返る。
「あれ?文ちゃんいま来たの?」
「うん、なんで?」
「さっき、玄関で誰かが俺の方見てた気がしたから文ちゃんかと思ったんだけど…違ったのか」
 私は首を傾げたが、四葉も大したことじゃないと思ったのか
「じゃあ、一緒に草むしりお願いしていいかな?」
 と言った。
 私は軍手を着け、ごみ袋を用意して草むしりを始めた。糸のようなメヒシバや、猫じゃらしとしてよく遊ぶエノコログサなんかがハーブに混じって背丈を伸ばしている。
「四葉、しばらく庭掃除してなかったでしよ?」
「うん…俺も2週間前くらいに一度来たんだけど、それから行けてなくて。気づいたらこんなに生えちゃった」
「私もときどき来てあげれば良かったな」
「文ちゃんも忙しいから仕方ないよ。宿題とか部活とかさ」
「そうだけどさ…」
 私はカモミールの近くに生えていたふきの葉っぱを思い切り引っ張った。地中の奥深くまで根が伸びているらしく、勢いよく引き抜こうとしたら、私の身体は後ろに思い切り倒れてしまう。
「きゃっ!」
「あはは、すごい頑丈な葉っぱだね、大丈夫?」
「全然抜けなくてびっくりした。これ、かったい!」
 私がしゃがみこんでふきの根元を掴む。ふきの根子は深く根を張っているようで、引っ張ってもびくともしない。
 すると、四葉は背中から私の身体を抱くようにして私の手に自分の手を重ね、ふきの根子をつかんだ。
 軍手越しに四葉の硬い手のひらが感じられて、私の鼓動が跳ねる。
「これは男の俺じゃなきゃ抜けないかもね」
 耳のすぐ横で四葉の声がしてくすぐったい。
「(ち、近い…!)」
「あれ、文ちゃん、顔赤いよ?」
「ち、違う!日差しのせいだよ!」
 四葉は、そうなんだ~、と能天気に笑う。四葉の鈍感さに私は若干いらだった。
「よーし、いくよ!」
 とかけ声をかけ、四葉は力を込めてふきを引っ張った。
 しばらく硬い感触が続いていたが、突然、ふきがすぽっと地中から抜けた。反動で、私たちは地面に背中から倒れ込む。
「うわぁ!」
 四葉の胸が私の背中に当たっている。四葉は手を伸ばして、私の身体を包むようにした。
「あはは、よかった。抜けたね」
「(こんなところクラスの女子に見られたら私、絞められるわ)」
 私はさっさと立ち上がり、ふきの葉っぱをごみ袋に入れて、片付ける。
 四葉と一緒にいるのが気恥ずかしくなって、私は素早く中腰になると四葉を無視し、ペースを上げて雑草を抜き始める。
 四葉は最初なにか話しかけたり、不思議そうな顔をしていたりしていたけど、私のペースについてくるように雑草を抜いたり、水や肥料をやったりしてくれた。
 2時間ほど作業をすると、雑草はほとんどなくなり、庭はすっかり綺麗になった。
「これでいいわね」
「ありがとう、文ちゃん」
 四葉は喫茶店の奥に引っ込むと、琥珀色のアイスティーが乗ったお盆を持ってやってきた。
「これ、暑いでしょ。飲んでよ」
「わぁ、ありがと」
 私たちはお客さん用の真っ白な椅子に座り、アイスティーを飲みながら庭を眺めた。
 ストローでグラスに入った液体をかき混ぜるとからからと氷が鳴るのが涼しげだった。ミントの清涼感のある香りが風に乗って運ばれてくると、私はつかの間暑さを忘れるような気がする。
「じいちゃん、この庭が残ってるの見たら喜んでくれるよね」
 と四葉が呟いた。
「そうだよ!四葉も忙しいのに頑張って庭の管理してくれるじゃん?きっと嬉しいよ」
「俺、小さいころからこの場所が大好きなんだ。いつもハーブのすーっとする香りがして、綺麗で、コーヒーの香ばしい匂いがして…。じいちゃんが大事にしてるってよくわかる場所だから」
 庭を眺める四葉の横顔に風が吹き、前髪がさらさらと揺れた。白、薄紫、黄緑、黄色の植物の群れが色とりどりに風に靡く。
 私もその言葉を聞いてくすぐったいような気分になった。
「私、来週もここにくるよ」
「え、ほんとに?いいの?」
「うん、私もこの場所すごく好きだもん。綺麗で居続けられるように手伝う」
 四葉はそれを聞くと、満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとう!文ちゃん。…ここは、俺にとっても大切な場所なんだ。だからずっとこのままでいてほしいよ」
 四葉はそういって微笑むと風で運ばれるハーブの香りを胸一杯に吸い込む。その横顔から四葉がこの場所を愛していることが伝わってきて、私も心が明るくなるような気がした。

 それから3日経って、私は学校帰りに通学路にあるコンビニに立ちよった。
「…あ」
 この間タバコを吸っているのを注意した男子3人組が、漫画雑誌を捲りながら騒いでいる。
「うわー、こいつの必殺技やば!」
「これは勝ったっしょー」
と、大声を上げながら笑いあっている。店内に響き渡るきんきんした声が耳障りだったので、私は怖い顔をして間に入った。
「ちょっと、周りの人の迷惑になってるけど。静かにしなさい」
 丸メガネの男子が、私の方をチラリと見た後、口元を綻ばせた。その笑いが、優位に立った人間が見せる勝ち誇った笑い方に見えて私はかちんときた。
「なによ、その顔」
「別に?はーい、おとなしくしまーす」
 と丸メガネの男子は漫画雑誌を畳む。
「こーんなに俺らに声かけてくるなんて、もしかして、真面目ちゃんは俺らと仲良くなりたいのかなぁ?」
 と金髪の男子がねちっこい言い方でそう言いながら、私の肩を抱いてくる。私は腕を振ってその手を払った。
「そんなわけないでしょ」
「おー、こわいこわい」
「馬鹿にしないで!」
 私がむきになって言うと、それが面白いのかピアスの男子がけたけたと笑った。いやらしい笑い方に、私の怒りが沸点まで上昇しそうになる。丸メガネの男子が男子二人に向かって顎をしゃくった。
「いいから、行こうぜ」
 丸メガネの男子が2人を連れ、コンビニから出て行く。流し目でこちらを見てくる3人はなにか含みのある笑みを浮かべていた。
 私は腹が立ったが、とりあえず店内が静かになったので3人組を許すことにした。
 ぐちゃぐちゃになった漫画雑誌の列をそろえていると、スマホに着信が入った。かけてきたのは四葉だ。
「もしもし?四葉、どうしたの?」
「庭が…大変なんだ」
 四葉の声は泣き出しそうに震えている。

 私は、変わり果てた箱庭の姿を見て、呆然とした。
 カモミールやラベンダーは根っこから無残に引きちぎられ、ミントは土ごと掘り返されている。むき出しの地面と、千切れたハーブが足で踏みしめられ、緑が美しかった地面はどろどろになっていた。真っ白だったテーブルと椅子は蹴り飛ばされ、地面に横倒しになって土で汚れている。
 この場所から生命というものは感じられない。まるで、庭が死んでしまったかのようだ。
 四葉はテーブルを持ち上げて、元の姿に戻そうとしていた。
「文ちゃん」
 その声には覇気がなく、目元は赤く腫れている。
「昔、喫茶店をひいきにしてくれてた近所の人から、日曜日に庭に誰かがいたって連絡があって、心配で様子を見に来たんだ。そうしたらこうなってた」
 私はテーブルの足元にたばこの吸い殻が落ちているのを見付けて、全身の血が逆流しそうになった。
「(あの3人組だ)」
 四葉に、正しさを主張することがいいことじゃないと言われていたのに。私が、正義感を振りかざして3人組を論破しようとしたせいで、庭はめちゃくちゃになってしまった。私のせいだ。私のせいで、四葉の大切なものを壊してしまった…。
 私の胸に、荒波のように罪悪感と後悔が押し寄せてきた。
 私の目頭が熱くなり、気づいたら目尻から涙が流れていた。
 私はその場に立っていることがいたたまれなくなった。動悸がし、手のひらにはじんわりと汗をかきはじめる。重苦しい感情が心の内を支配して、私は逃げ出してしまいたい、と思った。
「文ちゃんも片付けるの手伝ってくれる?」
と四葉が呟いた。私はその声を聞きながら、四葉に背を向け駆け出していた。全速力で逃げ出しながら、四葉の声が私を追いかけてこないことにほっとしている自分がいた。

次の日、昨日逃げ出した四葉と顔を合わせるのが嫌で、申し訳なくて、私はお昼も一緒に食べずに、帰りも追いたてられるように帰ってしまった。だから、1日四葉の声を聞いていない。
 私は罪の意識を感じながら、学校帰りにハーブの苗を買って、夜遅くにあの箱庭へ行った。
 せめて、庭を綺麗にする手伝いをしなくては私の気分も晴れそうになかった。

 日もとっぷりと暮れ、空は群青色に染まっている。
 昨日ある程度庭は片付けられて、テーブルや椅子は元通りの位置になっている。だが、千切れたハーブは山になっているし、地面も掘り返されたままになっていた。
 私は、勝手に庭に入ったことにどきどきとしながら、山になったハーブをごみ袋に入れる。こんもりと山になった、かわいそうなハーブを見ていたら私の目はまた熱くなった。
 一掴みずつハーブの山をごみ袋に入れると、ハーブの鼻に抜ける香りと、泥の匂いが混じり合っている。
「(ごめんね、私のせいで)」
 私はハーブを片付けて、地面を整え、新しい苗をそこに植えた。
 まだ小さなカモミール、ラベンダー、ミントの苗はちょこんとしていたが、それが植えられただけで庭に新しい命が宿ったような気がする。
「よし…!」
 突然、背中越しに懐中電灯の光が当たって、私はどきりとした。
「文ちゃん?何してるの?」
 聞き馴染みのある声だったけど、その声を聞いた瞬間、私の心臓が早鐘のように打ち始めた。
「あ…四葉」
「夜中なのに誰かいるって連絡あって。…庭、綺麗にしてくれたんだ」
 私は気まずくなって、沈黙した。しばらく、お互い何も言わないまま時間が流れて、私はこのまま帰ってしまおうか、とさえ思った。だけど、四葉のこちらを心配そうに見つめる顔を見ていたら、なにかいわなくてはいけない気がした。
「四葉、ごめん!」
「え…?」
「私のせいで、庭を…めちゃくちゃにされてしまって。全部私が悪いの。おじいさんにも、四葉にもひどいことをしちゃった…」
 話しているうちに喉が熱くなってくる。私の胸は罪悪感で苦しいほどだった。一番悲しんでいるのは四葉だと思い、なんとか泣かないように手で顔をぬぐう。
「昨日は、どうしていいかわかんなくて、逃げ出しちゃったの」
 四葉は何も言わずに、私のほうへ近づいてきた。私が動揺していると、四葉は少し笑った。
「文ちゃん、お茶飲む?」
 四葉は、私を喫茶店の中に招き入れてくれた。
 飴色のテーブルには埃もなく、光輝いている。四葉がきれいに拭ってくれていたのだろう。レトロな空間は、古ぼけることもなく、昔の味わいを残していた。
 私が席で待っていると、四葉がマグカップを持ってやってきた。
 マグカップに入っていたのは、カカオの香りのするコーヒーだった。
「いいの?」
「うん、じいちゃんと同じ味だよ」
 一口飲むと、口のなかにまろやかに苦味が広がり、柔らかな甘みと、フルーツのような華やかな香りがやってきた。
「おいしい」
「…昨日、文ちゃんが逃げ出したとき、すごく悲しかった。けど文ちゃんは庭を綺麗にしてくれた。じいちゃんなら、きっと文ちゃんのこと許すと思うんだ」
 四葉はそういって微笑む。
「だから、俺も怒ったりしないよ」
 私の胸に詰まっていたつかえがとれたような気持ちだった。マグカップを包んだ両手から、温かさが全身に伝わってくる。
「昔、この庭のこと、神様の箱庭だって言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ。…四葉も覚えててくれたんだ」
「うん。俺、あの言葉を聞いて、この場所を絶対失くしたくないって思ったんだ」
 四葉はマグカップの中のコーヒーを優しいまなざしで見つめている。四葉がそんなことを考えていたことを初めて知って、私の胸に小さな光が灯る。
 四葉は私に視線を向けた。
「明日また、店を綺麗にするの手伝ってくれる?」
 私は大きな声で応える。
「もちろんだよ。私にできることはなんでもする!」
 私がそう言うと、四葉は
「言ったね?じゃあ約束だよ」
 と言って笑った。

 私は毎日学校帰りに箱庭に寄ってハーブに水をやったり、お店の中を磨いたりした。いつまでもこの店が残るように、と心を込めて水をやり、床や棚を磨いた。
 ある日、私は水やりを終えて、花壇に咲いている、すこし背が伸びたカモミールの白い花弁を見つめていた。四葉はその隣に立って、私の方に内緒話をするように声を潜めた。
「俺、文ちゃんに言ってなかったことがあるんだ」
「なに?」
 私は目を丸くして、呟く。
 四葉は頬を掻きながら、少しいいよどんでいる。
「…大人になったら、この箱庭で喫茶店をやろうと思うんだ。じいちゃんみたいに」
 そう言って、四葉は庭を眺めて誇らしいような顔をする。
 私は両手を叩いて喜んだ。
「それ、すごくいいよ!」
「そのときは、文ちゃんも一緒だよね」
「え…?」
 それってどういう意味なの?と聞こうとしたけれど、四葉は何も言わずに微笑んでいる。そして、そっと私の手を握ってきた。
 私は、恥ずかしく、くすぐったいような気分になりながら、その手を握り返した。
 風に乗ってまだ成長途中のハーブがふわりと香る。私の前髪が夏の熱い風にさらさらと揺れた。
END


読んでいただきありがとうございました(^^♪

なにか爽やかな気分になっていただければ、嬉しいです。

また、機会があれば別作品でお会いしましょう♪

因幡

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