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アルコール使用障害はじめました!


新たな病名の登場

 アルコール依存症とは何か?と聞かれたらどう答えるでしょうか。「酒に溺れている」とか「アル中」とか「意志が弱い」とか、何とも曖昧な答えが返ってくることが多いです。アルコール依存症はれっきとした精神疾患で、治療によって回復可能です。まずは病気について知ることが治療につながります。そして業界に詳しい方はアルコール使用障害という言葉を聞いたことがあるかもしれません。新しく生み出された病名です。新たな病名がなぜ現れたのか、その背景と意義を学びましょう。

わかっちゃいるけどやめられない

 まずアルコール依存症を医学的に表現するとどうなるでしょうか。登場人物(登場薬物)は人間とアルコールです。この2つの関係性について述べた状態で、代表的な症状を盛り込んで表現します。「アルコールと人間との間に生じる関係性で、精神依存、身体依存を特徴とする病気」と言えるでしょう。精神依存とは飲酒への欲求、渇望が非常に強い状態です。身体依存とは自分の意思とは無関係に生じる体の変化です。耐性という、同じだけの飲酒量だと酔えなくなり、酔うために飲酒量が次第に増えていくというものがあります。もう一つ、酒が切れると手が震えたり、汗が湧き出たり、心臓がバクバクするなどの離脱症状、巷で禁断症状と呼ばれるものがあります。これらは自分の意思とは無関係に生じるため、いざ酒をやめようと思っても苦しい離脱症状のためについ酒を飲んでしまう、「わかっちゃいるけどやめられない」状態になります。そのため飲酒問題が長く続きやすい構造となっています。アルコールだけでなく覚醒剤などの他の依存性物質、もっと言えば薬物だけでなくギャンブルやスマホなど依存しやすい対象は、問題となる期間が長くなるほど重症化しやすいという特徴があります。そのためできるだけ早いうちに問題を認識し、治療を開始した方が良いです。

依存症治療はプラチナチケット!?

 アルコール依存症の人が日本に約100万人いると言われています。その中でアルコールについての専門治療を受けている人がどのくらいいると思いますか?実は5万人程です。ほんの一握りの人しか治療を受けることができておらず、倍率数十倍のプラチナチケットを得るようなものなのです。理由はいくつか考えられますが、アルコールは否認の病(やまい)とも呼ばれ、病気であるという自覚が持ちにくい病気です。アルコールの問題を持つ人があまりに多いため、「あの人より自分はまだましだ」と感じやすいです。さらに精神科の医療機関を受診するハードルが高いです。心理的な抵抗もあるでしょうし、勇気を出して初診の予約を取ろうとしても何か月も予約が取れないことも珍しくありません。このような理由から、病気であるにも関わらず治療を受けることができない人がほとんどなのです。

依存症予備軍 ー多量飲酒者ー

 また、アルコール依存症までいかなくても、1日に日本酒3合以上、ビールであれば1500ml以上飲酒する多量飲酒者が日本に1000万人います。これだけ飲むと肝臓が悪くなり、高血圧や糖尿病など生活習慣病のリスクが上がります。こういった状態が続くと将来的に依存症に至る人も増えていくでしょう。

依存症と使用障害

 このような状況を打開するために、アメリカ精神医学会はアルコール使用障害という病名を新たに生み出し、依存症という程ではない軽症の人を含めてより多くの人に病名をつけ、より早く治療を開始できるようにしました。つまり、アルコール使用障害というのは、依存症を含みながら、より軽症の人を含んだ大きな概念です。世界的に使われている診断基準が2つあり、WHOの提唱しているICD、アメリカ精神医学会が提唱しているDSMがあります。ICDではアルコール依存症、DSMではアルコール使用障害という病名を用いており、どちらもよく使われます。

「自分は依存症ではない!」

 病気の早期発見、早期治療に役立つとともに、アルコール使用障害という病名には心理的なメリットもあると思います。精神科の医療機関を受診して、「あなたはアルコール依存症です」と言われるとどう思いますか?「いや、確かに酒は飲むけど自分は依存症にはなってない」と反発したくなりませんか?一方で、「あなたはアルコール使用障害です」と言われるとどうでしょうか?そもそも初めて聞く病名だから、「それは一体何だ?」と思うくらいで、反発しにくいのではないでしょうか。アルコール依存症と言われれば反発したくなり、アルコール使用障害と言われれば病名に興味が湧く、名称によって治療関係が初めからだいぶ違うように感じます。

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