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Franz Kafka短編集 / Flowers for Algernon / 最近読んだクラシックとか

 言わずと知れた「名作」を手に取る時、いつも心が揺らいでいる。一つ、ここには時の流れによる淘汰を潜り抜けた折り紙つきの読書体験が約束されているという喜び。二つ、えっ、こんなに有名な作品なのに私は読んだことがないの?大丈夫?三つ、私は体験が欲しいのか、教養が欲しいのか。……こんな具合でいつも、一瞬心がゆらゆらと彷徨ったのち、表紙を開くことになる。読書ってかなり個人的で、solitudeを楽しむ人が多い趣味だと思うけれど、同時に幅広い人との体験の共有にも繋がっていることを意識せざるを得ない。特に最近は、とりわけ若い人の間で、オンライン読書会、Goodreads、Booktuber、BookTokなど、読書を読んだままにせず体験として共有する動きが盛んになっている。このnoteもその中の一つだろう。そういうわけで、名作を読むとなると、そこはかとなく読む動機に不純なものを見出してしまうことが多い。私の大好きなBooktuberであるLeonie (www.youtube.com/@TheBookLeo)がドストエフスキーの「罪と罰」と戦いながら(たぶん読むというより戦っていた)、「ドストエフスキーを読みたいのか、ドストエフスキーを読んだことのある人になりたいのか分からなくなってきた」とぼやいていたのを思い出した。わかる…わかるよ…。Leonieのチャンネルは最近のラブロマンスの流行を解説するとか、大人が読んで楽しいファンタジーノベルとか、とても良い動画をたくさんアップしてるので、すんごいおすすめ。すんごい好き。

The Unhappiness of Being a Single Man / Franz Kafka


 そんな心の揺らぎを振り払って読んだのが、Franz Kafkaの短編集(英語訳)、"The Unhappiness of Being a Single Man"。フランツ・カフカは短編こそ至高、この英語訳もセレクションも必読、という評判を聞きつけて購入した。

 収録されている作品は、1ページから50ページ程度の短編まで様々。訳者であるAlexander Starrittさんは、前書きで以下のように述べている。

I haven't put them in chronological order, or tried to showcase his different modes; my principle for inclusion has been; only the best.

The Unhappiness of being a Single Man, Franz Kafka, translated by Alexander Starritt, 2018, Pushkin Press, p. 9

 前書きには、なぜフランツ・カフカが重要なのか?なぜ長く読まれ、「カフカエスク」と呼ばれる作品たちが後世に生まれ続けるのか?といった簡単な解説も含まれており、初めてフランツ・カフカに触れる人にもおすすめしたい一冊。
 私のお気に入りは、年老いた親への罪悪感、目の前の享楽にかまけて成長できなかった子供、不誠実への断罪を悪夢のような展開で描いた"The Verdict"。表題作の"The Unhappiness of Being a Single Man"もお気に入り。短い文章に、独り身であることのささやかな寂しさが濃縮したような作品だった。

to carry your dinner home in one hand; 

The Unhappiness of being a Single Man, Franz Kafka, translated by Alexander Starritt, 2018,Pushkin Press, p. 14 

 この部分とか、現代にも通じるところがあって大好き。片手で軽々運べるくらい、一人前の夕飯。コンビニで一人分の弁当を買って帰る時の荷物の軽さを思い出すような…。

Flowers for Algernon / Daniel Keyes

 活字を読むのが苦手な同居人でさえ「タイトルは知ってる、有名だから」というほど名の知れた一作。何年か前に、洋書を読んで英語の勉強をしていると友人に話したら、「子供みたいな文章から徐々に難しい文になるから、これならいいかも」とおすすめされた記憶がある。今になってようやく読み、ようやく友人の言っていた意味が分かった。おそらく彼は日本語訳を読んでいて、その日本語訳ではCharlieの書いた文章が簡単な、子供っぽい日本語で表現されているのだろう。原著はどうかというと、長い言葉や難しい言葉は使えない+スペルが覚えられないので聞いた音に近い文字を並べている+時々周りの人が使う単語が分からないので他の単語に置き換わっている…という感じ。洋書を読み慣れない段階の自分にはむしろ難しかったかも知れない。
 何にせよ、一度読み始めたら最後のページまで読むのをやめられないほど面白い作品だった。書評に"Strikingly original"とあったが、一つ先の展開が予想できない面白さがあった。賢くなっていくCharlieの喜びは私も知っている。新しいことがわかる、文字が読める、本が読める。後半のCharlieの苦しみは、私が長生きすれば、これから向き合わなければいけないものだろう。賢さが何かと知らずとも賢くなりたいと望むCharlieの姿は、名作を読んだことがなくても「読んだ人になりたい」なんて願う私たちと近いものを感じた。
 そういう願いって、決して悪いことばかりではない。最近読んだThe New Yorkerの記事で、「人は自分の価値基準に従って選択をするが、選択そのものによって価値基準が変化することは予想できないし、何なら価値基準を変化させることを望む選択もある」という話が載っていた。ちょっとした背伸びが、自分を新しい世界に連れていくことはある。どうにか恥じらわずに、自分を変えてくれる背伸びを利用するのも、悪くないかもしれない。


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