唐十郎さんを見た
2022 11/1(火)
雑司ヶ谷の鬼子母神堂へ、唐十郎の「唐組」テント演劇を観に行って来た。
長年の友人である、俳優、中村健が出演するからだ。
テント演劇は初めてなので、お客さんを誘導するシステムから新鮮だった。
小さなテントの受付で入場料を払うと、整理券を渡される。
俺の番号は青の33だ。
続いて、開場時間になると、スタッフが番号順に会場となる大きなテントに案内し始める。
境内は薄暗くて分かりづらいが、お客さんが200人はいるように見える。
「これより入場を開始します、まずは、整理券の番号がチケットに直接書いてあるお客様からご案内いたします」
俺の整理券は、カードに青い文字で33と書かれたものだから違うようだ。
「1番からー!!30番までー!!お客様はこちらへお並び下さいー!!」
一人のスタッフの男性が、脚立にのぼって大きな声で誘導している。
「続いて31番からー!!50番ー!!」
さらに声は大きくなる。
番号を呼ぶだけなのに、脚立の上で身振り手振りのオーバーアクション。
演劇のワンシーンのようだ。
そう思ったら、今度は別のスタッフの男性も同じように大きな声で誘導をしている。
「青の30番からー!!50番までー!!」
しばらく見ていると、身振り手振りが凄い理由が分かってきた。
彼らはスタッフ兼俳優であり、客入れの時点から既に演劇は始まっているのだ。これは今、テント演劇のプロローグの場面なのだ。
俺は33番のカードを持って並んだ。
「暗いのでー!!足元にお気をつけてー!!お進み下さいー!!」
スタッフ、という役を全力で演じる俳優に導かれ、大きなテントの中へ入って行く。まるでタイムトンネルに入っていくようだ。
時空が歪むような感覚。
一体、今はいつの時代なのだ!おお、これこそアングラ演劇だ。
俺は世界観にどっぷり浸かりながらテントをくぐろうとすると、女性スタッフ兼俳優の方がアルコールスプレーを持っている。
「消毒にご協力下さいー!!」
はっ!2022年だった。突然、現実に引き戻された。
アングラ演劇の世界にも、コロナはあるようだ。
シュッシュッ。
もはや日常となった消毒をすませ、いよいよテントの奥へ入って行く。
途端に、広い客席と、小さなステージが現れた。
客席には椅子がなく、なぜか工事現場の鉄骨の足場が敷いてあって、その上に銀色の小さな緩衝材のようなものが置いてある。
俺の席は前から3列目の角。かなりステージが近い。
荷物をおろして、座ったが、鉄骨の足場に生まれて初めて座ったので、非常にバランスが難しい。
これが空中だったら、俺は落ちているかもしれない。
荷物をおろした場所をよく見ると、下は土だ。
そうだ、今、ここは鬼子母神堂の境内だった。
テントの中に入ってまだ数分しかたってないのに、ここがどこなのか分からなくなって来ている。恐るべしアングラ演劇。
そして、気がつくと、テント内は満席に近い状態になっていた。
後ろの席には、年配のお客様や、身体の不自由な方の為に椅子席が並べられている。
座っている顔ぶれを見ると、全員アングラ演劇の見巧者の表情をしている。
もしかしたら、昔、俳優をされていた方も座っているかもしれない。
熱気に包まれるテント内。
開演時間になると、高揚するような音楽と共に暗転。
静まり返る客席の中、ゆっくり明転してゆく。
ステージには、怪しげな中年の男が立っていて、セリフを喋り始める。
続いて、すぐに奥から年齢不詳の浮浪者の男が現れる。
浮浪者は、背中に赤子を背負い、狂気的な演技でセリフをまくしたてる。
内容はさっぱり分からないが、冒頭から物語の世界に一気に引き込まれた。
はて、この浮浪者役、見たことあるなと思ったら、友人の中村健だった。
さっき、境内で喋った時には、どぎつい大阪弁だったが、それをすべて消し去って、きっちりした標準語で、完璧にアングラ演劇の世界の住人になっている。
そのリアルすぎる姿に、本物の浮浪者が出て来たのかと思ってしまったほどだ。
これが、俺の友人なのか、役であることを忘れて心配になってきた。
物語は、そこから、さらに不思議なキャラクターたちが登場し、客席からは笑い声が起こる。
俺は勝手な思い込みで、笑いの要素は一切ないのだと思っていたから、実に意外だった。
段々と、アングラ演劇の観方が分かってきた頃に、いったん、休憩時間になった。時刻は、20時。気温が低下してきている。
寒さで尿意を催した俺は、公衆便所まで向かう。
開演前に、傍の公園には猫が六匹いたが、もう姿は見当たらない。
どこか暖かい場所にいてくれていることを願った。
後半が始まると、物語はさらに荒唐無稽になってきて、ラストではステージ上が水浸しになった。
そして、ステージ後ろのテントが開いて、外が見えた。
お祭りのような盛り上がりの中、カーテンコールで俳優さんたちが並んで挨拶をしていく。
ようやく、中村健は、浮浪者ではなく、中村健の顔になっていた。
良かった、こっちの世界に戻って来てくれた。
「今日は、後ろの席に、唐十郎が来てます!」
演出家の俳優さんがそう言うと、興奮したお客さんは全員振り返った。
俺も興奮しながら後ろを見ると、あの椅子席にいたアングラ演劇出身者のような人たちの中に、体格のいいアングラオーラ満載の唐十郎が座っていた。
おお!本物の唐十郎だ!
演劇が終わって、テントから出る時、俺は丁度、唐十郎の前を通った。
生ける伝説の人が、今、目の前にいる。
テント演劇は、まだ終演していない。今、ここがラストシーンだ。
境内に出て余韻にひたっていると。
「おお!ありがとうなぁ」
大阪弁丸出しの、中村健に声をかけられた。
現実に戻ったが、まだずっと、演劇の中にいるような気がした。
帰ろうとしたら、猫が一匹歩いていたから、ホッとした。
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