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五七五と言霊の正体|俳句修行日記

 今日もまた目が覚めて、毎日おなじことの繰り返し。「こんなことに意味あるんかな?」と首を傾げると、「おまえの俳句問題はそこにある」と師匠。「前も、定型に飽きて同じことを言とったな」と。

「生活に型を持たないものは、満足を知らない。それと同じで、定型の効用を知らないものは、感情の表層を渡り歩いてさ迷う。」

「定型に意味があるんすか」聞くと、「そこにある制約は、直情の表出を抑え込み、適う言葉を見つけ出させる行程を経て、文化が育んできた感性と結びつける。」

「そこには、真っ直ぐに歩んできた人々の生きざまがある。俳句を詠むということは、そんな人々の感性をなぞり、再現する世界に、自分としての意味を持たせる…」
 む、むつかしい。要はダラダラするなということか???何も言えなくなって、仕方なく営業における近況を詠む。
「提携は絵空事なり春愁」
 師匠あきれて出ていった…


 それにしても、やまと歌はなぜ五七にこだわるんだろか。一般的には、二音節と三音節をベースとする大和言葉を作用させる「枠」として、最適だったからだと考えられている。
 師匠は、「仕事歌の延長で、太古の作業様式を反映したものじゃ」と言っていた。しかしまた、「別の理由も秘めておるがな」とも。

 日本は、古くから「言霊の幸わう国」と呼ばれてきた。「言霊とは何ですか?」と問うと、「古事記にいう『別天神(ことあまつかみ)』と『神世七代(かみよななよ)』の総称じゃ」と師匠。この神々は、諸相の魁だという。

 漢文を基調とする古事記において、ところどころに出現する和歌は、一字一字、漢字の音を仮借して特別に表す。これの意味するところを師匠は、「神降じゃ」と。それによると、一音に一神のとよめきを感じながら、別天神五柱、神世七代へと祈りを捧げる。「これが和歌の基本じゃ」と。(つづく)


【別天神】
①天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
②高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
③神産巣日神(かみむすひのかみ)
④宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)
⑤天之常立神(あめのとこたちのかみ)

【神世七代】
①国之常立神(くにのとこたちのかみ)
②豊雲野神(とよくもののかみ)
③宇比地邇神(うひぢにのかみ)
 妹須比智邇神(いもすひぢにのかみ)
④角杙神(つのぐひのかみ)
 妹活杙神(いもいくぐひのかみ)
⑤意富斗能地神(おほとのぢのかみ)
 妹大斗乃辨神(いもおほとのべのかみ)
⑥於母陀流神(おもだるのかみ)
 妹阿夜訶志古泥神(いもあやかしこねのかみ)
⑦伊邪那岐神(いざなきのかみ)
 妹伊邪那美神(いもいざなみのかみ)