見出し画像

幕間004:三幕構成と本を読むということ【ユーメと命がけの夢想家】

前回

目次

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 最後の500字がなかなか決まらない。
「悪癖なんだよ、ラストシーンを決めずに突き進もうとしてしまうやつ」

「それにしては、まあそれなりに筋の通ったラストシーンになったんじゃない? 走りすぎてる感はあるけど」
「いいんだよ、ラストは走る。それより、今回も〆切に追われてヒイヒイしてしまった」

 そうなのだ、投稿期日の12時間前の、午前10時に書き終わった。11時に出勤、20時まで働くとして、幕間は休み時間と退勤後に書く。
 ひとまず作品は仕上がり、予約投稿も済んでいるので、僕が「死」ぬ危機は免れたが、先週に引きつづき貯金はゼロの状態であることに変わりない。

「ま、そのうち慣れるでしょ」
 僕の焦燥感とかわって、ユーメは楽天的だった。
「それもまた習慣づけか」

 でも、ようやくなにか思い出しかけている気がするのも事実だった。
 少なくとも今回の話は、「僕」を登場させることなく物語を完結させることができた気がする。もちろん満点の星空を見たときのおそろしさや、舞台としての海や坂の上の駅舎なんかは、僕の体験をもとに想像/創造したものだ。
 でも、感覚として、僕ではない人物を動かしている感覚だった。僕は、名実ともに3人称だったのだ。

「あと、なんか今回はいつもと違う執筆媒体を使ってたみたいだけど」
「そうだね、Nolaという執筆ツールを使ったよ。スマホで、なおかつ外付けキーボードを使わずに書きたい人なら、かなりオススメのアプリだね」
「なんかすごく遠回りな褒め方」
「うん、まあ、僕の執筆環境だと、ちょっと操作性に難があるようで。とはいえ今回は文字数を把握して書き進めたかったから、重宝したよ」

 【幕間003】で触れたように、今回は字数を意識して書くことを心がけた。
「ユーメ、三幕構成、というのを知ってるかい?」
「私に問われても、知ってるとしか答えないよ」
 まあ、僕の分身なのだから知ってて当然だった。

 〈三幕構成〉とは、物語の形式、とでも言えばいいのだろうか。主にハリウッド映画で用いられている技法で、『バック・トゥー・ザ・フューチャー』のストーリー展開は、まさにこの構成でつくられている。映画以外の創作媒体でも、もちろん使うことができる。
 ここでは深く掘り下げることはしないが、ボリュームでいえば、第1幕を1とすると、第2幕は2、第3幕は1、と配分される。

「【004:きらめく星空】は、4000字の作品だ。だから第1幕が1000字、第2幕が2000字、第3幕が1000字となるよう構成されている。そして、第2幕の中間地点には、ミッドポイントを置く。第1幕で提示された目標に対して――」
「確かシャイニング先輩の『シリウスを見たい』という要求が、第1幕の結末で提示されていたね」

「うん。で、主人公が頑張るわけだけど、このミッドポイントで、逆境に立たされるんだ」
「公開天文台の情報を掴んだけど、『そんなん行きたかないわい』と拒絶するところね」
 そして主人公は意気消沈するものの、諦めることなく、幼少時代の〈感動〉と、先輩の言葉「きらめき」を思い出す。シャイニング先輩は、シリウスを見るのが第1の目的なのではなくて、フロスターくんの「きらめき」を望んでいた。そこに気づき、そしてそこに賭ける。
「そして第3幕。最後の試練。今まで続けてきた〈変化〉を証明するとき。星空のもと、フロスターは無事〈地上の星〉となり、また同様にシャイニング先輩も〈地上の星〉となる。めでたしめでたし」

「形式に乗っ取れば、君でもそれなりに面白そうなものが書けるんだね」
「形から入るのが、〈道〉の極意だからね。まあ2、3年前から気になってた手法だったんで、意識して書きたかったんだ」
「『海の見える図書室』シリーズね」
「そう」
 ただ、話が膨らみに膨らんでしまったのが反省点だ。というか、経験もなく長篇で試せば、普通こうなってしまうのが、僕の悪癖だ。

「それと、地の文と台詞の比率も意識してみたんだ」
「そういえば今回は、台詞が少ない印象だね」
「これは物語の調子や文体の話にもなるんだけど、僕の場合、地の文8に対して台詞2くらいの割合の物語がちょうどいいかな、と思ってる」

 比率の話は、中高時代、ありとあらゆる小説書き方講座サイトをむさぼるように漁っていたころ、どこかで見かけた記述だ。
 当時僕は『翼の生えた少女』という連載小説を書いていて、あらゆる方面から知識を吸収していたのだ。

 大学に入ると、9:1くらいの、地の文ばかりの文章にハマったこともあったが、8:2がちょうどいい塩梅だと自覚したうえでの〈はずし〉だったように思える。
 だから、書きやすい比率は10年以上変わらないともいえる。 

「あと君さ、ずいぶん久しぶりに小説を読んでたみたいね」
「ああ、『半分の月がのぼる空』の2巻3巻を少々」

 ずいぶん懐かしいタイトルだろう。1巻の初版は2003年だ。20年前の作品ということになる。
「橋本紡の文体は、僕の血潮に、骨髄になってると言っても違いないだろうね。多分、再読の回数が最も多い作品なんじゃないかな」
「へえ。ま、彼のような丁寧な描写ができていたかといえば首をかしげるしかないけど、『ユーメ』の既存作品と比べると、少しだけ風味が異なる印象を持つね」

「直前に読んだ作品の雰囲気を、どうしても引きずっちゃうんだ。でも、知ったうえであえて『半月』を読んだんだ。前回【幕間003】で、台詞と地の文のつなぎがうまく書けない、みたいなことを書いた気がするけど」
「あれかしら。『人物がなにを言ってるのか、なにを考えているのか、どうしたいのか、分からなくなってしまった』『人物の心情が掴めない』『僕はもう小説を書けない体になってしまったのではないか』……なんて嘆いてたけど、それ?」
「それ」
「【004:きらめく星空】の人物は、それなりに活き活きしてたように思えるけど」
「そう思えたのなら、きっとそれは読書をしたおかげなんだろう」
 『半月』を読むにあたって、台詞をどう扱っているのか、地の文との接続をどうしているのかを意識して読んだ。

 すると、「~が言った」とか「~が嘆いた」とか「~が語った」とか「~がが話した」とか「~ががしゃべった」とか、そういうワードはほとんどないことに気付いた。
 「実のところ、それが一番の目的だった」「なんで僕が怒られなきゃいけないんだ」「なんか、こういう里香もいいな」みたいな具合で、接続というよりか、台詞も地の文も併せて〈描写〉をしているのだ。

「台詞も地の文も、別々に考えるという発想自体が間違ってる。どちらも物語を描き、語らうためのもので、どちらも1枚のキャンバスにあることに変わりない」
「面白い着眼ね。君、本を読むのは大嫌いだけど、読んだら読んだでちゃんと反映させられるのね」
「むしろ、そういうのをいちいち考えちゃうからイヤなんだ。……違うか、文字を読んで想像する作業が億劫でならないだけなんだろう」
「それ、もの書きがいう言葉じゃないと思う」
「だからこそ、なるべく分かりやすく、物語を伝えたいと思うのかもしれない」
 そのための表現媒体として、活字を用いるのは、愚かなことなのかもしれないけれども。

「ほかになにか、話すことはある?」
「そうだね、ずいぶん調子が上がってきた実感があるよ」
 前回以上に〆切に追われているわけだし、質としてはもっと向上できるだろうけど、物語の書き方が身に付いてきたような感じがする。

「だからあと2回か3回、書くことを習慣としてできるようになってきたら、本格的に小説を書いていきたいなと」
「……本格的?」
 怪訝な顔を浮かべたユーメは、じろりと僕を睨み、それからため息を洩らした。
「違うでしょ。そんな浅はかな決心、どうだっていい」
 一蹴される。
「『本格的』? それっていったいなに? また壮大な物語を妄想して、筆を止めたいの? そうじゃないでしょ。今まで教えてきたこと、覚えてる? 書きつづけるには、どうすればいい?」

「書きつづけるには……書きつづけるしかない」

「そう。もし、この連載から離れて、新人賞やら同人誌用の原稿を書くことになったとしても、君はただ書きつづけるだけでいい。考えなきゃいけないのは、それだけ。それだけでいい」

 ユーメの忠告は、至極もっともだった。
 ただ書きつづけることだけを考えてきた。自ら〆切を設けて、それに間に合わせるために、ひたすら書く。めげそうになったこともある。でも、書いて、終わらせた。
 それは、文字数が増えたとしても、変わらない。計画的に、このシーンはこれを書いて、次のシーンはこれを書く。それを、続けるのだ。
 いいものになるかどうかは、終わってみて、そのとき考えればいい。

「そうだね、忘れてたよ。ありがとう」
「分かればよろしい。ま、どちらにせよ、まだもう少しだけ『ユーメ』の日々を続けるべきだと思うから、とっとと次のテーマを決めましょうか」

 22時まであと15分。
 どうせなら、これまでに【幕間004】も仕上げたいところだ。

 『お題.com』から、ランダムお題をひとつ。
 次なるテーマは。

【帰宅したら、何だかものすごいことになっているのですが】

「……ウソだろ!?」
「いいえ、ウソではないわ。とんでもないテーマだけど、これは君が自らクリックした結果よ。受け容れなさい」

 受け容れろと言われても、こんなクソ長いお題が収録されているとは思わなんだ。
 いやしかし、別に書きにくいお題であるわけではない。むしろいくらでも調理可能に思える。

「うん、ちゃんと設計して、〆切を過ごさないように書くよ」
「そうね、期待してる」
 この【幕間】を投稿したその瞬間、次の物語の構想が始まる。
 せわしないと思う人もいるだろう。もしかすると、心配してくださるやさしい方もいるかもしれない。
 実際せわしないし、結構ハードに感じることもある。けれども、こうして頭をこねくり回す時間というのは、案外楽しいものなのだ。

 さあ、来週の今頃は、どんな感じで迎えるのだろうか。
 これからのことを楽しみにできるのは、きっと調子が好転しているからに違いない。
 『ユーメ』を書きつづけてよかった。これがなかったら、僕はきっと、今も失意のどん底で腐っていたことだろう。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

次回

目次

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?