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デザイン思考と体験CX/ EX

自己紹介

本日note1週間連投目で、あらためて自己紹介。顧客体験管理(CXM)・従業員体験管理(EXM)のコンサル業をしている。1992年から10年間リクルートでメディアづくりを経験した後、モバイル通販のベンチャー企業を約4年、その後に現在の会社を立ち上げた。

小売やアパレルのクライアントを中心にCXMやEXMの支援をしている。自社ではCXツール(CEMツール)を展開しておらず、他社コンサル会社やツール提供企業、システム開発企業などあらゆる企業と協業している。米国のCXPA(CX Professional Association)会員でもある。

「デザイン思考とCX/EX」について

米国のCX専門家集団、CXPAが公表しているCXのフレームワークにも記載されているし、日本でもすでにグッドパッチさんやBLOC ApplicationさんがCXMやEXMにデザイン思考のアプローチを持ち込む活動をされているので、弊社独自のアプローチではない。しかしもっともワクワクを感じるテーマである。

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↑は米国CXPA(CXプロフェッショナル協会)が公表しているCXのフレームワーク。最下列左から3つ目の枠内に「Design Thinking Process」の文字が見える。


1. 「デザインシン思考」は単なるブームか?

デザイン思考は「創造性を発揮し、イノベーションを意図的に作ることができるメソッド、またはマインドセット」と言われている。「イノベーション」のブームもあって、あちこちで語られまくっている。

わたしが最初にデザイン思考に向き合ったのは数年前のワークショップで、「人間中心デザインの実習」というようなタイトルだった。マニュアル通りにワークショップを進めていくだけで、なぜかナイスなアイデアが生まれ、ぐいぐいと具体的な解決策が出来上がってゆく様子に興奮した。

教材のクレジットなどから、スタンフォード大学のd.schoolやデザインファームIDEO (アイデオ)が発信源であることを知った。

一昨年末、CXMのコンサルティング精度をより高めようと海外の文献を漁る中で、「デザイン思考のフレームワーク」が頻繁に登場することに気づき、IDEOが運営するオンラインスクール「IDEO U」のFoundations in Design Thinkingという認定コースを受講した。5週間のオンラインカリキュラムを2つ、修了すると認定証が発行される人気の講座である。

zoomを使ったリアルタイムセッションや参加者間のディスカッション、提出したレポートを参加者どうしでの評価・アドバイスなど、最新のeラーニング体験に感心しまくりだったのだが、もっとも印象的だったのはフリーランス、会社員、公務員、士業、学生、主婦・・・文字通り世界中の、さまざまなプロフィールの方々が、けっして安いとは言えない受講費を支払って熱心に学んでいたことだ。

参加者の自己紹介文を見ると「デザイン思考は仕事と人生に創造性をもたらし、キャリアアップに役立つ」という共通認識があるのがわかった。日本にこの認識を持っている人はほとんどいないと思う。へええ、という気持ちが湧き上がるのと同時に、「もしかすると日本がいつまでも生産性の低い国であり続ける理由の一端はここにあるのかも?」とゾッとした。

デザイン思考について「世界で認められているフレームワーク」「イノベーションを生み出すのに効果があるらしい」という認識くらいはあるかもしれない。しかしそのメカニズム、なぜそうした効用がもたらされるのか、どう仕事に使えるのか、自分の言葉でズバリと語ることはできない。
「けれどまあ、とりあえずコミットしないでいい気がする。よくわからないし! ぱっと流行ってぱっと流れてくブームのひとつなんじゃね?」
・・・というのがおおよその人々にとっての「デザイン思考」ではないか。わたしはまさにそのひとりだった。しかし海外からの参加者の熱意を目の当たりにするうち、本当に一時のブームで片つけていいのだろうかと考えるようになった。


2. 日本企業での「デザイン思考」の実態

そのものズバリ「日本企業でデザイン思考はブームになったが浸透していない」という記事がある。日経X TRENDの昨年2018年末の記事だ。

草の根的に有志社員が取り組んだ例も増えた。しかし、うまく定着しないケースが後を絶たない。なぜか。それは「デザイン」という言葉に課題があるからだろう。「デザインは私には関係ない」「なぜデザインが必要なのか」といった社内の声が聞こえるようでは、頓挫してしまいかねない。デザイン思考は優秀なデザイナーやクリエイターの思考法を学び、新たな発想につなげることができるとして、多くのビジネスパーソンから賛同を得たはずだった。しかし、いざ社内に導入するとなると大きな抵抗にあってしまう。
 (中略)
 「デザイン経営」「デザイン思考」を導入している企業は全体で15%未満にとどまる一方、中小企業を中心とした導入企業の70%以上は「売り上げ・利益率の増加」に効果があったと実感しているという。
経営に「デザイン思考」を導入する際の課題については、認知や理解が足りないとの回答が多く、特に大手企業は導入後の「経営効果が分かりづらい」点を課題とする回答が多かった。逆に中小企業は規模が小さいために、社内に浸透しやすいと見られる。
(2018/12/25 日経X TREND 「デザイン思考の次 第1回/全10回」

確信した。日本では「デザイン思考」をモヤモヤした状態のまま導入してきたのだと。そもそもこの記事自体が「デザイン思考」と政府が推進する「デザイン経営」を混同していて、読めば読むほどにモヤモヤが増すではないか(おい!)。

イノベーションを生み出すフレームワーク、という前説はもういいのだ。なぜそれを可能にしているのかのメカニズム、期待される導入効果がきちんと説明できなければ「新しいものが苦手」な日本企業では永遠に敬遠され続けるだろう。


3. グループ・ジーニアス

IDEOUのオンラインスクールを受講し、実際にデザイン思考のセッションを体験し、また様々な資料を漁るなかで、わたしがたどり着いた「デザイン思考」がイノベーションを生み出すメカニズムの核心は「グループ・ジーニアス」だ。

凡人の集団は、ときに天才に匹敵する能力を発揮すると言われている。誰かとアイデア出し合って1+1が2以上になる経験を持つ人もいるだろう。
デザイン思考のフレームワークには、集団による能力を最大化し、天才レベルに引き上げる仕掛けやプロセスが備わっている。つまり「凡人の集団」の仕事を「集団による天才」の仕事に変えるのだ。

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個人がバラバラで活動するよりもグループでのほうが創造性が高まることを本能的に知っている。だからチームで仕事をするし、会社を作る。「三人寄れば文殊の知恵」のことわざの通りである。

しかし会社のみんなで集まって討論したりアイデア出しをしたりした時の実感値はどうだろうか? 個々人の考えを持ち寄るよりはよかった、というレベル程度までは到達できるが「やばい! われらは天才か?」というまでのレベルまで突き抜けることはそうそう滅多にない。

ところがデザイン思考の手順に沿って正しく問題解決にチャレンジすると「おいおいおいおい、もしかして・・・わたしたちは天才か? チームで知恵を出し合うと、こんな高みまで登れてしまうのか?」という状態に高確率で辿り着く。

同時に「多様性が大事っていうのは、こういうことなんだなあ」と新鮮な感動も覚える。特定の人の思考が幅をきかせるのではなく(ブレーンストーミング形式の課題解決ではそうなりがち)、全員の思考・価値観の触発によって生まれた智恵が組み合わさって当初想像を超える高みに辿り着いた、と実感するのだ。

記事を書くにあたって、あらためてグループ・ジーニアスについての書籍「凡才の集団は孤高の天才に勝る―「グループ・ジーニアス」が生み出すものすごいアイデア」(キース・ソーヤー著 ダイヤモンド社 2009年刊)をDigしてきた。

本書には「デザイン思考」という言葉は登場しないものの、IDEOのアイデア出しの手順が事例が頻繁に登場する。そして紹介されているグループ・ジーニアス(書籍内では「グループ・フロー」とも書かれている)発生の条件はデザイン思考のフレームワークともぴったりと符合する。

デザイン思考はグループ・ジーニアスを生み出すフレームワークだと確信できた。


すでにデザイン思考を使いこなしている方にも一読をオススメしたい。なお残念ながら絶版になっていて中古書籍しか入手できない。

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4. 創造性を高めるふたつの要素

デザイン思考のフレームワークには創造性を活性化させる手順・問いかけ・提案がいろいろと組み込まれているが、アプローチを腑分すると2つに大別できる。

ひとつは参加メンバーが持つ創造性の翼を伸ばし、高く飛翔させるアプローチだ。どんな問題に対しても、自由に、即興的に発想し、アイデアを重ねてブレイクスルーの糸口を見つけるというポジティブさを求める。一見、派手でわかりやすい差別化要因になっているため、ここに創造性を高める秘密があるように見える。

しかし、「グループ・ジーニアス」を意識してレビューすると、地味なワークショップの進行手順にこそ、真のツボがあるとわかる。アイデア出しを発話ではなくポストイットで張り出すこと、案の決定を合議でなくシール投票することなどの手順・ルールにきちんと理由がある。一見単なる演出に見えるこうした手順が討議の空回りを防ぎ、参加者間の人間関係による忖度や遠慮などによる思考停止をクリアしているのだ。

逆に言えば、ふだんの会社の会議がまったく生産的でないのは、上下関係に起因する気遣い、声の大きい人・経験豊富な人のアイデアや意見への迎合や忖度などが参加メンバーの持つ潜在的な天才性の発動を抑止しているからだ。
──ああ、まさに、と膝を叩く人は多いだろう。
デザイン思考はそうしたマイナスの影響を巧妙な手順やルールで排除している。創造性の翼を持ちながら、翼にまとわりつくカセを外すシカケがあるという点が他と一線を画している。

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「創造性を高めるシカケ」と「無意識のカセを取り除くシカケ」の合算で「グループ・ジーニアス」が発動される。凡才の集団は、集団による天才となってイノベーションが生まれる。

参考記事:
 IDEO、スタンフォード大学d-schoolでにわかに注目される デザイン思考でマーケティングは変わるか DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文(宮澤正憲 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2014年8月号)

「大きな思想としてのデザイン思考よりも、具体的なプロセスやフレームワーク論が先行している感じは否めない。詳細なプロセスやあるべき論を追求しすぎると、本来デザイン思考が抜け出そうとしていた、元の固定化した概念に戻ってしまう懸念がある。そもそもが、よりクリエイティブになるための手段だったことは常に忘れてはならない」

この記事の中でデザイン思考がグループ・ジーニアスを発生させるフレームワークだと記述されている。知らなかったよ、パトラッシュ・・・。


5. 日本企業にこそデザイン思考が必要

「デザイン思考はイノベーションを生み出すフレームワークである」というわかったようなわからないような言葉で紹介するのをやめ、「デザイン思考は凡才の集団を、集団による天才に変える、潜在能力発揮のフレームワーク」と変えてはどうだろうか

「今いるチームのメンバーを入れ替えなくても知識生産性が上がる」「上司の押し付け、忖度を排除するディスカッションの手法らしい」と紹介したら無視したり放置したりする人は格段に減るのではないか。 

日本の時間あたり労働生産性はOECD加盟国36カ国中20位という調査結果(2018年)について、もう長いことビジネスマンの自虐ネタになっているが東アジア独特の集団主義や儒教的な年長者崇拝・役職者への忖度がその背景にあるのをみんな感じている。「この文化を変えなくてはいけない」と正面切って立ち向かうと殲滅されることも、みんなよく理解している。

だからこそ「デザイン思考」が必要なのだ。デザイン思考そのものには生臭い政治的意図はみじんもない。世界的に導入され、成果を出している手順である。ただただ正しく活用できれば、生産性が劇的に変わる、それだけである。

事実、こうしている間にも海外のビジネスマンたちはその手順を導入し、知的生産性を高めているはずだ。嘘ではない。IDEOUのコースを受講してZoomの向こうの人たちと話せば、あなたもたちまちゾッとすることだろう。

あなたの会社が「チームの生産性・創造性を飛躍的に高める秘策があって、うまく回ってる」という状態でないのなら、試さないのはもったいない。

6. デザイン思考とCX

ようやく記事タイトルの回収になるのだが、デザイン思考を導入するとして、どんなプロジェクトに利用すればよいか、について提案したい。
「CX=顧客体験向上」のお題目にデザイン思考を使うのである。

デザイン思考とCXが好相性の理由
1)小さい規模で始められる
2)あらかじめ導入効果を数字で予測できる
3)成果を顧客の反応で確かめられる
4)CXはマーケティングでの最重要課題となっている

CX向上はすべての産業セクターで利用可能で、顧客の評価を高めて売上・利益につなげるという取り組みである。その目的に対して反対を喰らう要素は少く、しかも本格的に導入している企業の数は日本でまだ多くないと来ている。

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顧客リレーションシップ調査(NPS調査)を実施すれば「○%の顧客層のロイヤルティ向上ができれば年間XX億円の売上増が見込める」という具体的な数字はすぐ出せる。日経 X TRENDの記事でも「効果がわからない」問題が挙げられていたが、テーマをCXにすれば最初から売上利益の数字とセットで進められるのだ。しかもデザイン思考+CXはCXのプロたちが原則と謳う王道中の王道の利用法だ。

「顧客との関係性の向上を通じて売上利益を向上させる」活動と「メンバーの潜在能力を引き出しイノベーションを生み出す」活動の同時推進──2020年代の成長企業はこうした戦略を採用するのがスタンダードになっているのではないか?  

いろんなパートナーと一緒に、こうしたデザイン思考ベースのCXやEX向上をサポートしてゆきたい。

中谷健一
トリムタブジャパン 代表


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