見出し画像

初の京都ひとり呑み 雪辱戦 ②|下戸の酔いどれ放浪記

さて今日はどこで呑もうか。昨日河原町の隣客のおばさんに教えてもらった角打ちのお店に行くべきだろうか。運良ければ彼女とも再会できるだろう。それとも別のところにするべきだろうか。

朝方、ネットで古い昭和の趣を残している飲み屋街はないかと検索すると、
心を良さぶるほどに郷愁を駆り立てる写真に出くわした。そこに行きたい、そこに行かなくてはと思った。その呑み屋街は西院という場所にある。

京都はまったく不慣れなものの、若いころ毎月のように出張で訪れていたのは実は西院であった。あんなところにこんな昭和の風景があっただろうかと不思議だった。当時はサラリーマンではなく、友人と会社をやっていたから経営者側だった。だから出張の合間に遊びに行こうという考えはなかなか沸かなかった。営業の結果はそのまま会社の浮き沈みに直結する訳だから。だからわたしの知っている西院とは、阪急線の西院駅と得意先への道すがらの光景と、
「きっと関西のお店は東京と違い美味いはず」と何の根拠もない理由からたまに立ち寄る、駅近くの「王将」だけであった。

実際に出張に来ていたのは20年前、スマホを見ながら目的地を探すものの、記憶はほとんど失っており全く土地勘を失っていた。

分からないままにスマホのマップの案内通りに進んでいくと、今朝、ネットの写真でわたしの心を鷲掴みにした、小さな建物が眼前に見えてきた。朽ち落ちつつあるかのように悲哀に満ちた小さな建物。わたしは、まるで憧れのエッフェル塔やノートルダム寺院を旅先で初めて目にするかのように感慨に耽るのだった。

しばし建物の外観を見回していたが、小さな道を挟んだ反対側に視界を向けてみると、そこには、なんと「王将」があった。20年前、この王将に何度も来ていたわたしは、呑み屋が詰まったこの小さくラブリーな建物にまったく気づくことがなかったということなのだろうか。

建物のなかをコの字上に通路が通っている。その通路の左右にお店があるという構造だ。飛び込みでお店にはいるには、小心ものだから勇気がいる。馴染み客ばかりの空間には入りづらいし、店員が強面の店も入りづらい。また複数のお客さんで盛り上がっているお店も、ひとり客のこちらはその勢いに圧倒されるであろうから適切な店選びとは行けない。店選びには、なかなか神経を使うのだ。どこが頃合いが良いかなと、心細くぐるぐると小さなビル内を何度も徘徊することになる。

ある店の小さな窓から中を伺うと、若い女性たちに囲まれながら、今どきのカッコをしたひとりの男が得意げに話しをしていた。それに合わせて女性たちの嬌声きょうせいがこだましている。この店を選べば、この男の独断場を終始横目に、ひとり者のわたしは小さく縮こまり肩身狭く飲まなければならない。この店だけは絶対なしだなと思った。その先の隣の店は空いてそうであった。よしと、隣の店に決めて中にはいると、驚くことに先程のお店とは中でつながっていた。呆気にとられている私の視線の先には、さきほどの男が若い女性に囲まれながら得意げに話をしているのである。

彼らのいるほうは椅子があるようだが、わたしのいるほうは立呑みゾーンとなっていた。とりあえず適当な場所に陣取り、メニューをみるとこの店も昨日と同じように洋食中心のメニューであった。本当は焼酎や日本酒がよかったのだが、たまには趣向を変えてワインを頼んだ。

呑み始めると、引き戸が開き、背広姿の男が入ってきた。馴染みの客のようである。年齢は50代後半から60歳ぐらいだろうか。
わたしの真横に陣取ったこの男は、左右に体を揺らし、あちこちを眺めている。
その素っ頓狂な素振りに圧倒される。喋り方もエキセントリック。顔つきは強面。絶対目を合わせては行けないと思った。絡まれてはいけないと思った。

男はことあるごとに、身体をクネクネさせながら、奥にいる女性たちをはべらかせ得意げに語る男のほうを覗いていた。わたしは絡まれないかとドキドキしながら、視線が合わないように横目に彼の不思議な踊りを眺めるのであった。

あまりに何度も私の横で身体をくねらせているので、その舞いは、俺にかまってくれという合図のようにも思えてくる。いい加減こちらから話しかけてみようかと思うのであったが、どうも東京人としての負い目と、強面な顔つきが不気味で、下手をしたくないという気持ちから結局声をかけるのをやめることにした。

店の主人は、夫婦のようだった。40代中盤くらいであろうか。2人とも年相応の中年太り。ビールジョッキーを手にする姿が様になっていた。二人の間に特に会話はなく、黙々と仕事をこなしている。お互いにロックが好きなのだろうか、ライブのお知らせのリーフなどがお店のあちこちに掲げられていた。お店では忙しくしている二人も、店が終われば、共通の趣味の話に花を咲かせたりするのだろうか。

結局一時間ばかりすると、クニャクニャと身体を揺らしていたおじさんは帰っていった。向こうから声をかけてくることもなかったので、とくに私に興味があってということでもなかったのだろう。もしくは意外に小心者で、自分から声をかけられない性格だったかもしれない。ボディランゲージが大袈裟な人は小心者が多いと聞いたことがある。

そんなことに思いを巡らせながら、そろそろ帰らねばと思った。まだ20時ではあるものの、実はもうひとつ行きたい飲み屋街があったのだ。宿泊するホテルの近く、京都駅の近くに奇跡のような昭和の呑み屋街を見つけたので、一度ホテルに帰ってから向かうつもりでいた。

店の女性に、おあいそをお願いする。ちょっと怖い感じのする女性だったのだが、意外に愛想が良かった。ちょっと話かけてみることにした。

「京都は初めてなんですが、こんなお店があるとは知りませんでした」
「あらお客さん、てっきり、こちらの方かと思ってましたよ」と驚かれ、調子抜けする。

東京の小心者、お店も忙しそうだからお店の人にも話かけられず、さきほどの変わったおじさんにも話す勇気がなく、しかも心のどこかで東京人とバレてはいけないと心を狭くして呑んでいたのであった。こんな話やすい人なら最初から話かければよかったと小さく後悔する。

面白い飲み屋ですね、東京ではこういうお店は若者たちにスゴい人気で行列が出来たりしますと伝えると、いささか驚いていた。京都はそんなブームはないようだ。この建物も、昔は沢山のお店が入っていたようなのだが、いまは借り手が少なく、ふたつの店を借りてつなげて利用しているお店も多いとか。この店が中でつながっているというのはそういうことだったのかと合点する。

女性は少し興奮気味に、「そういえば●●さんがいたの見ましたか?」と聞いてきた。
●●さんという名前は耳にしたことはあるものの、芸能ネタに弱いので、それが誰だか、どんな顔をした芸能人だかがさっぱり分からなかった。お店の女性に促されてスマホで画像検索して調べると、テレビで馴染みの顔が表示された。

「あそこに座っていた方ですか?」
「そうよ。あそこで女性たちと話をしていたでしょ」

なるほど店の奥で女性たちとはしゃいでいた男は、茶の間でも馴染みの有名な俳優だったようである。俳優も女性たちもいつの間にか店をあとにしていた。

なんでこんなところに芸能人がいるのだろうかと訝しげに聞いてみたら、どうやらこのあたりに芸能事務所がよく借りるホテルがあるらしいということであった。

「わたしも最初●●さんとは分からなかったわよ。まさかあんな有名な俳優さんがね。
でも、お客さんのほうが、ずっと俳優ぽいじゃないの」

なんとも嬉しいことを言ってくれるじゃないか。我が意を得たりと、女性にビールをご馳走し、自分も一杯追加で呑みたかった。しかし時間が押していた。後ろ髪をひかれるように、挨拶をそこそこに、とりあえず次の呑み屋街へと向かうのであった。

画像4

画像1

画像2

画像3



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?