「苦しかったら逃げてもいい」は最悪。現実は「苦しすぎて逃げられない」
「苦しかったら逃げてもいい」と言う人がいる。特に、「自殺をするな」と言う人たちが、追い込まれないための善意としての意見だと思う。
でも、その”善意”は根本的に間違っている。
逃げられたら誰も自殺なんかしていないんだよ。
いじめで自殺した子どもも、過労で自殺した大人も、逃げられなかったんだよ。「逃げてもいい」と言う人たちは、逃げられなくて自殺した人が悪いって思いますか?
現実は、苦しすぎて逃げられない。そもそも、死にたいほど追い込まれる人に、行動を求めること自体、間違っていると気付いてほしい。
目指すべきは「逃げてもいい社会」ではなく「逃げなくて済むし、逃げる心の余裕を持てる社会」だと思う。
同じように、苦しんでいる人に対して「苦しかったら相談を」とかも間違っている。
同時に思うのは、生きる事が苦しみのは人はどこに逃げればいい?ってこと。
どこに相談しても、生きさせようとするばかりで死なせてくれるわけではない。
数年前、京都でALS患者の女性が安楽死したが、主治医にも様々な相談をしていた。でも、安楽死を認めてくれることはなかった。だから、優生思想を持つ医者に130万円払い、安楽死することになった。身近な人は、彼女のSOSを聞くことはなかった。
苦しくて相談しても、死にたいほど苦しんでいる人の気持ちを尊重してくれない社会なわけです。
そんな社会が孤独をうむし、相談できない環境を作り出す。
自殺者の多さは、死にたい人を助けて来なかった社会のせいです。
安楽死があれば救われるのに・・・
『苦しくても相談できない』が日本社会の現実。
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