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映画『ハンナ・アーレント』を観て - 本当の罪は「考えない」ことだ

◆映画『ハンナ・アーレント』について
ドイツに生まれ、ナチス政権による迫害を逃れてアメリカへ亡命したユダヤ人の女性哲学者ハンナ・アーレントを描いた歴史ドラマ。1960年代初頭、ハンナ・アーレントは元ナチス高官アドルフ・アイヒマンの裁判の傍聴記事を執筆・発表するが、記事は大論争を巻き起こし、アーレントも激しいバッシングを受けてしまう。その顛末を通して絶対悪とは何か、考える力とは何かを問うとともに、アーレントの強い信念を描きだしていく。

出典:映画.com

アドルフ・アイヒマンの裁判とは

アドルフ・アイヒマンは、第二次世界大戦中、ユダヤ人移送局長官として、アウシュヴィッツ強制収容所にユダヤ人を大量に送り込んだ人物である。彼は戦後アルゼンチンで逃亡生活を送っていたが、およそ15年経ってから、エルサレムにて戦犯として処刑されることとなった。

このアイヒマンの歴史的な裁判に立ち会った、1人のドイツ人哲学者がいた。彼女こそ、本映画のタイトルにもなっている、ハンナ・アーレントである。

彼女が伝えたかった、「凡庸的な悪」とは

「アイヒマンが罪を犯したのは、根源的、悪魔的悪からではない。本当の罪の所在は、考えることをやめてしまったことにある。」

私がこの映画を観たのは、2年以上も前になるのだが、私は未だにこの映画を忘れることができない。それは、彼女(ハンナ・アーレント)が伝えたメッセージが、私の心に強く響いたからだ。

二度と戦争や悲惨な事件を起こさないためにーー

終戦から16年経った1961年、アイヒマンの裁判は始まった。ドイツ国民だけでなく、世界中の人々が「彼を許すまい。彼はどんな極悪人なのだろう」と考えて、この裁判を見守っていた。

しかし、この裁判に立ち会ったハンナは、執筆した裁判レポートの中でこう言い切ったのである。「彼が犯したのは、誰もが起こし得る、凡庸的な悪である」と。つまり、彼は「皆が想像するような、悪魔的な極悪人ではない」のだと。

しかし、この発言により彼女は「人殺しである彼の肩を持つようだ」と猛烈に非難を浴びることとなる。このような客観性のある彼女の洞察は、賛同されなかったのである。世界中の人々は、アイヒマンは極悪人であると、と思い込んでいたのだ。いや、もしかすると、分かっていながらも、思い込もうとしていたのかもしれない。

ユダヤ人は「被害者」であり、そのユダヤ人を死に送り込んだアイヒマンは「極悪人」であるという構造から、ドイツ国民は離れようとはしない。ドイツ国民にとって、それが「正義」だったのだ。一方で、哲学的かつ客観的なハンナの見解など、そんなものは、彼らにとって「悪」だったのだ。

一人一人が「考える」ことが、平和を実現する

彼女は映画の中でこう言った。

「私は一つの民族を愛したことはない」

私はこの言葉を聞いた時に、少し寂しい気がした。しかし、この言葉こそ、彼女の大切な信念を一言で表している。「感情」を捨て、「思考する」ことを選択する、哲学者としての覚悟を感じる言葉であるように思うからだ。「考える人間的人間」であろうとする彼女の姿勢がうかがえる。

実際に彼女は、第二次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出しアメリカに亡命した経験を持つ、ドイツ系ユダヤ人だった。ならば、ドイツの優生思想を憎み、ドイツ人をも恨んでいてもおかしくはない。だが、彼女はそういう感情は持つことはないのだ。

自国民でさえも愛してはいけない。

彼女は「一つの民族を愛する」ことは、「他の民族に対して排他的になる」ことに繋がると考えた。前者こそが「感情」を生んでしまう根本的な要因となり、結果的に後者に発展する危険性がある、ということだ。

まさに、トランプ元大統領の「アメリカ第一主義」である。イギリスのEU脱退(ブレクジット)もそんなところだ。欧米列強が自国第一主義に転じると、転がり落ちるように、世界中の国々がそちらの方に歩み出してしまうのだ。

あの歴史的な裁判の最中、彼女の心にあったのは、少なくとも「アイヒマンが処刑されて欲しい」といった望みではないだろう。彼女の心にあったのは、恐らく「二度とこのような悲惨な事件が起こらない未来を作らなければいけない」という哲学者としての使命感であったと思う。

だから、彼女は「考えることの大切さ」を説き続けた。彼女は、世界中から非難を浴び、長年の友人を失った。しかしなおも彼女は考えを変えることはなく、それを訴え続けたのだ。

「思考を放棄すれば、私たちは例外なく罪を犯し得る。あなたも次の"アイヒマン"になり得るのだ。」

この姿勢こそが、人間としての「正義」ではないのか。アイヒマンのような凡庸的な悪が、もうこれ以上蔓延らないように、ハンナは行動で示してくれている。

私には、彼女の鳴らした警鐘がはっきりと聞こえた。


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