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「文化・観光・まちづくり」の視点から読み解く夜の価値──「全国エリアマネジメントシンポジウム2022」開催レポートvol.1

ナイトタイムエコノミーを活性化させることで、人々のライフスタイルは多様化し、より文化的で創造的な都市が生まれずはずだ──。

2022年9月8日、ナイトタイムエコノミー推進協議会は全国エリアマネジメントネットワークの主催する全国エリアマネジメントシンポジウム 2022「都市にダイバーシティ&インクルージョンを 〜ナイトタイムエコノミーとエリアマネジメント〜」に登壇。ナイトタイムエコノミーの活性化によって都市にどのような価値が還元されるのか、エリアの多様性や包摂性を高めるナイトタイムエコノミーの可能性について語りました。

本記事では、JNEA代表理事の齋藤貴弘が担当したプレゼンテーションセッション「これからのナイトタイムエコノミー。夜から街をひらいていく」の様子をダイジェストでお届けします。

経済的/文化的な側面で都市を豊かにするナイトタイムエコノミー

さまざまな属性の人々を受容し、文化性にも富んだ都市やエリアをつくるにはどのようなアプローチが必要なのか。そんな問いの答えを探るべく開催された本イベント。

冒頭のプレゼンテーションセッションにて、JNEA代表理事の齋藤はナイトタイムエコノミー推進の議論は常に多様性や包摂性と深く関わりあってきたと述べた上で、自身が牽引した風営法改正での体験やこれまでのナイトタイムエコノミー推進の歴史を振り返りました。

齋藤はナイトタイムエコノミー推進の歴史は大きく3つのフェーズに分けられると述べます。「風営法改正による規制緩和のフェーズ」「ナイトタイムエコノミー推進フェーズ」「with/afterコロナのナイトタイム復興に向けたフェーズ」です。

まず、風営法改正による規制緩和のフェーズです。1948年に制定された風営法は、2016年に改正されるまでの68年間、ダンスを風俗営業として厳しい規制をかけるとともに、夜12時以降の飲食を伴うダンスや遊興の提供を禁止していました。

改正以前は夜に対してネガティブなイメージを持つ人々が多く「朝起きて会社に行き働く。風営法改正はそんな勤労の喜びを削いでしまうだろう」「クラブは不良がいくところ。違法薬物の温床」などの声も聞かれたといいます。

齋藤 そんな夜に対するネガティブなイメージに対して強く異を唱えたのが、レッツダンスという署名活動、そして署名を受け取り風営法改正を推し進めていたダンス文化推進議員連盟です。

「私たち国会議員には分からないかもしれないが、夜を活動の拠点にしている人たちがいる。そこで表現活動を行い、生活の糧を得ている人たちがいる。自分に理解できないから、あるいは好きではないからといって、そのような人たちの場を奪うことは絶対にしてはならない

これはダンス議連会長の小坂憲司議員の言葉です。風営法改正には、急増するインバウンド観光客も睨み、成長戦略として夜間市場を創出するという狙いもありましたが、小坂議員が強調していたのはライフスタイルの多様性という文脈です。このような話は、当時の日本だと理解されないことも多くありましたが、海外のナイトタイム先進都市では当然の議論でした。

なかでも、世界各国にて大きなインパクトを与えたのは、ロンドンが掲げる「24 Hour London Vision(ロンドン24 時間都市構想)」だったといいます。2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックを契機に、安全で開放的・多様性に満ちた都市を実現し、すべての人を歓迎するという計画を掲げます。サディク・カーン市長はこの流れを受け、夜間経済の振興を目指した「24 Hour London Vision(ロンドン24時間都市構想)」を発表し、公約でもあった「ナイトツァー(夜の市長)」の設置を実現しました。

齋藤 サディク・カーン市長は、熾烈な都市間競争下において、都市が魅力を高めていくために重要なこと。それはさまざまな人々がその人らしいライフスタイルで活躍することのできる安全で解放的、多様性にみちた都市であることとしています。シドニー、メルボルンなど、多くの国のナイトタイムエコノミー先進都市でも同様のスタンスです。シドニーのクローバー・ムーア市長は「豊かな文化的生活とナイトタイムエコノミーは繁栄するグローバルシティに欠かせないものであり、多様な選択肢がコミュニティの絆を深め、強度を高め、インクルーシブなナイトライフを生み出し、安全や犯罪の減少に寄与する。」と、メルボルンのロバート・ドイル市長 「誰にとっても心地よい生活がある24時間都市を実現する。」 と言っています。

このようなグローバルでの視点は、タイムアウト東京の伏谷博之さんが先んじて発信し、次のナイトタイムエコノミー政策の基本コンセプトにつながっていきました。

ナイトタイムエコノミーは
都市に関わる多様なステークホルダーの連携により推進される

次に規制緩和後のナイトタイムエコノミー推進のフェーズです。幅広い世論の盛り上がりやダンス議連の強力な後押しによって風営法改正は実を結び、規制から推進へと大きな方向展開が起こったこの時期には、ナイトタイムエコノミー議連が発足するなど、ナイトタイムエコノミーに関する政策論が活発に展開されるようになりました。

斎藤 日本におけるナイトタイムエコノミーの議論は、“多様性”の視点を中心に置きたかった。夜は経済的に儲かるから価値があるだけではありません。経済活動の場、多様な人と出会い交流を深める場、創造的で実験性に富む多様な文化的表現の場であるからこそ、夜は経済的/文化的/社会的な側面で都市を豊かにする力があると考えています。

さらに、このフェーズにおける日本のナイトタイムエコノミー推進における大きな展開は、ナイトメイヤー(夜の市長)サミットへの参加だったと齋藤は語ります。2016年4月アムステルダムで開催された本サミットは、ナイトタイム推進に向けたグローバルネットワークの構築を目的としており、ナイトタイムに取り組む多様な関係者が集い、各国の現状や課題感を共有する場だったといいます。

齋藤 日本ではやっとの思いで風営法改正を実現したのですが、そこでの到達点は個々の事業者の営業許可の話にすぎなかったわけです。しかし、ナイトメイヤーサミットでは、夜を活用していかに地域の魅力を高めていくかというレベルでの議論をしている。そんな視座に触れてカルチャーショックを受けたのを覚えています。

都市の魅力を高めていくための都市ブランディングの視点、地域コミュニティを強固なものにしていくコミュニティの視点、地域全体の安心・安全を守っていくという防犯の視点。まさに夜を軸としたエリアマネジメントに関する議論、そしてそれらを実現していくためのナイトメイヤーといった体制に関する議論が繰り広げられていました。

そして、参加した各都市は、夜が地域にもたらす価値を明確にし、極めて説得的に言語化していたと言います。

サンパウロは、アーバンデザイナーが文化大臣とともにナイト・マニフェストを策定し、「中心部以外の周辺部のコミュニティへの配慮を忘れず表面的で一元的な夜にしないこと」「越境的に人や文化が混じりあう夜を生みだすこと」「規制にあたっては夜のミステリアスさ損なわせないよう注意すること」等を掲げ、夜を活用してダイバーシティやコミュニティを重要視していました。
ベルリンは、ナイトカルチャーを、マスツーリズムに対するオルタナティブな体験を提供し、ファッションやアート、IT 、都市開発産業に対しても刺激的なアイデアやインスピレーション、そしてユニークなネットワークを提供する「impulse generator(推進力や行動の原因、勢いを与える誘発剤)」として位置付けていました。

ナイトタイムエコノミーが持つ価値の幅広さ

ナイトメイヤーサミットでの議論は、ナイトタイムエコノミーに関する政策論を行うナイトタイムエコノミー議員連盟のあり方にも大きな影響を与えました。

齋藤 ナイトタイムエコノミー政策は官民が密に連携しなければ絶対にうまくいきません。アムステルダムやロンドンが夜の市長を置いて官民をブリッジしているのもそのためです。そのためナイトタイムエコノミー議連では、民間のアドバイザリーボードを設置して官民の連携体制を構築しました。そして、アドバイザリーボードには、クラブやライブハウスといったミュージックベニューやアーティストの団体に加え、まちづくり、観光、交通、セキュリティ、メディアといった夜に関係する多様なステークホルダーに参画してもらいました。この座組みもナイトメイヤーサミットを参考にしたもので、マルチステークホルダーによるオープンプロセスな議論を目指しました。

このような体制でのナイトタイムエコノミー議連での議論の後、観光庁がインバウンド観光政策の一環としてナイトタイムエコノミー推進施策を実施することとなったといいます。

齋藤 当時、日本ではインバウンド観光客は急増するものの、観光消費額が伸び悩み、期待値に対して夜間コンテンツへの不満が多くあり、観光サイドからナイトタイムエコノミーが多く論じられていました。観光施策としてのナイトタイムエコノミーの支援に加え、海外から得た視座、ナイトタイムエコノミー議員連盟による議論を踏まえ、より幅広く多角的な視点でナイトタイムエコノミー施策を推進していくために設立したのがJNEAです

実施した施策は主に3つ。「ナイトタイムエコノミーにおける機会領域の提示」「ナイトタイムエコノミー促進のためのモデル事業の実施」「夜の持つ文化的/経済的価値の可視化」です。それぞれの施策の概要は下記のようになっています。

1.ナイトタイムエコノミーにおける機会領域の提示

観光庁が実施した日本で初めてのナイトタイムに関する基礎的調査で、現在も観光庁のWebサイトで公開されています。国内外のナイトタイムエコノミー関連施策を調査・分析した上で、日本におけるナイトタイムエコノミー推進の課題として「コンテンツの拡充」「場の整理」「交通アクセス」「安心安全の確保」「プロモーション」「推進体制」「労働」という7つの機会を提示しました。

https://www.mlit.go.jp/common/001279567.pdf

2.ナイトタイムエコノミー促進のためのモデル事業の実施

夜を活用した観光資源開発のモデル事業を実施。事業者へコンテンツ造成のための予算支援をするだけでなく、事業を継続させるために各種専門家がコーチとして伴走支援する。JNEAは、そのような新しい官民連携の政策実装の仕組みを作ることで、夜間を活用した事業の創出ナレッジ集積を目指しました。

3.夜の持つ文化的価値の可視化

観光庁とJNEAが連携し、夜間文化価値調査「Creative Footprint TOKYO(以下CFP)」を実施しました。ナイトタイムエコノミーを含む観光施策を文化振興やまちづくりと有機的につなげていくを目的にしており、有識者インタビューとミュージックベニューの調査、「ナイトキャンプ」と題したワークショップを行うことで、夜の持つ価値の指標化とナイトタイムエコノミー推進に向けた提言を行いました。

観光消費拡大の観点のみから注目されがちだったナイトタイムエコノミー施策に対して、より幅広く多角的な視点を提示する。そのような観点から、JNEAが特に重要視していたのは「3.夜の持つ文化的価値の可視化」だったと斎藤は語ります。

斎藤 観光庁が主導するナイトタイムエコノミー推進施策は、観光消費の増加を目指す経済施策であると同時に、文化推進施策であり、まちづくり施策でもありました。ナイトタイムエコノミーを推進することのメリットを多くの人に理解してもらうためには、まずは夜が持つ社会的価値・文化的価値・経済的価値を客観的な指標として提示することが重要だと考え、CFPを実施したんです。

ローカルベニューによって醸成される都市の豊かさ

さらに、斎藤はCFPにおけるもう1つの重要な提言は「経済規模が小さく価値が認められづらい傾向にある小規模な店舗の社会的/文化的価値を可視化し、守っていくこと」だったと語ります。

斎藤 社会学者のレイ・オールデンバーグが著書「The Great Good Place」で語ったように、古くからバーやハブ、喫茶店などのスペースは、人々が肩書きを超えた交流をする職場とも家庭とも異なる「サードプレイス」として重要な役割を果たしてきました。また、ロンドンのパンクロック、ニューヨーク(ブロンクス)のヒップホップ、ベルリンのテクノミュージックというように、時代の空気を真っ先に読み取り、実験的で創造性に満ちた文化を生み出すのも小さなベニューでした。経済規模は大きくなくとも、人々や都市にとって重要な活動拠点であるローカルベニューを守っていくためには、誰もがその重要性を理解できるようなかたちで指標に落とし込むことが重要でした。

ボトムアップなアプローチで考える
これからのナイトタイムエコノミー

しかし、このような取り組みをしていた真っ只中、2020年に全世界を襲ったパンデミックによってナイトタイムエコノミーは停止を余儀なくされました。しかし、夜が本来持つさまざまな価値は全く損なわれていないどころか、より強く求められていると感じるはずだ、と斎藤は述べます。そこで、2022年JENAはナイトタイムエコノミーの推進と復興に向けて、より一層に活動を強化していくと語ります。

斎藤 ナイトタイムエコノミー議連が目指したように、これからは文化、観光、まちづくりを横断するより多様なステークホルダーの方々が連帯し、ともに夜の価値をつくっていくことが重要だと考えています。そのためにJNEAでは「Voices of the Night」と題してワークショップやトークセッション、ネットワーキングイベントなどさまざまな場を展開していきます。ナイトタイムエコノミーを再度盛り上げるために重要なのは、多様性溢れる皆の声を大切にしたボトムアップのアプローチなはず──。ぜひ私たちの活動の輪にご参加ください。


齋藤が担当した「これからのナイトタイムエコノミー。夜から街をひらいていく」に続くプレゼンテーションセッションでは、JNEAのメンバーであり、森ビル株式会社にてタウンマネジメントを担当する伊藤佳菜が登壇しました。プレゼンテーションセッション「夜の可能性とまちづくり~エリアマネジメントの役割~」の内容は、次回記事でお届け予定です。夜を起点としたまちづくりの可能性について、ぜひチェックしてください。

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