見出し画像

「夜の価値」を私たちの日常に取り戻すために──「Night Camp TOKYO Vol.1」開催レポート

多様なプレイヤーが集い、「夜が持つ価値」についての対話を深め、立場を超えたネットワークを築くことで夜を復興させていく──。そんな目標を掲げ、ナイトタイムエコノミー推進協議会は「Night Camp」を開催しました。その第一回で語られたのは、「夜の時間」に対するそれぞれの情熱的な想いと、夜の時間を豊かにしていくためのアイデアでした。

photo : Aya Tarumi

「夜のもつ価値」を私たちの日常に取り戻す

2020年に全世界を襲ったコロナ禍は、ナイトタイムエコノミーを完全に停止させました。しかしながら、夜が本来持つさまざまな価値は全く損なわれていないどころか、むしろより強く求められていると感じます。

経済活動の場としての夜、多様な人と出会い交流を深める場としての夜、創造的で実験性に富む文化的表現の場としての夜。夜が持つ価値を多角的に捉え、それらを日常に取り戻していく。それは誰かが主導するのではなく、私たち一人ひとりが実践していくべきことだと考えます。

アムステルダムのナイト・メイヤーを務めたミリク・ミランさんは、「夜」がもつ3つの価値として「文化的価値」「社会的価値」「経済的価値」を挙げています。

そんな思いから、私たちナイトタイムエコノミー推進協議会(Japan Night-time Economy Association。以下、JNEA)は、「Night Camp」という場を設けました。「Night Camp」は、2019年にアムステルダムやベルリンのリサーチチームとともに東京で実施したリサーチプロジェクト「Creative Footprint TOKYO」において実施したワークショップで、さまざまな関係者が集い、夜が持つ価値について対話を深め、立場を超えたネットワークを築くことによって夜を復興させていくための実践の場です。

関連記事:夜間文化価値調査「Creative Footprint TOKYO」を公表

そんな「Night Camp TOKYO Vol.1」は2022年5月20日に開催。JNEA代表理事の齋藤貴弘と、DJ/プロデューサーのNaz Chrisさんによるプレゼンテーションを経て、会場に集ったメンバーによるワークショップが行われました。

・この2年間、夜をどう過ごしていたか。どんなことを感じ、考えたか。
・あなたにとって夜の価値とは。

この2つの問いを中心に、各グループで活発な議論が行われました。テーブルを囲んだのは、アーティストやクリエイター、ミュージックベニュー事業者、イベントプロモーター、メディア、まちづくり、行政などさまざまな立場の方々。

合計48名の「これからの夜を作っていく当事者」たちは、それぞれ立場も異なり、また夜に対して抱いているイメージはバラバラです。だからこそ、そこでの対話には新しい発見があり、ワークショップを通じて関係性が生まれていくことが重要だと考えていました。

多様なプレイヤーが考える、夜の価値

「夜という時間の楽しさ」が伝わってくるように、対話は終始リラックスした雰囲気で大いに盛り上がりました。そしてワークショップの後は、一般のお客さんも交じりDJ246による音楽とともにネットワーキングが行われました。

本記事では各グループで出てきた議論を要約し、そこで提示された視点とともに紹介させてもらいます。

「普段、家と会社の往復だけになると、家での役割と会社での役割が決まってしまって、その役割に縛られて本当の自分が誰だかわからなくなってしまう。そのなかで、自分のことを知らない人と出会い、本当の自分を出すことができる場所が夜にはたくさんあると感じます。また昼間に比べて圧倒的に人と人が繋がるスピードが早いのも夜ならではの面白さ。そんな場所を作り、そこで働いている人はとても大切な役割を担っています。夜の仕事が、人に言いにくいアンダーグラウンドなものとしてではなく、法律的にも社会的にもしっかりその価値を認識されることがとても重要だと思います」(Red班を代表して、ローレン・ローズ・コーカー / 梅澤高明が発表)

「夜が多様な人たちを受け入れられるのは、皆が自由に時間の過ごし方を決められるからではないでしょうか。夜は、昼間のような決められた時間の締切りがなく、各々が時間の使い方を決め、自分で決めた時間の過ごし方に没頭できます。自由な時間の使い方がたくさんあることで、夜の街が新しい文化や遊びを生み出し、街全体を面白くしていくんだと思います。そのような東京の夜ならではの面白さや価値をどう具体化していくのか。それは個々人だけでできることではなく、東京都やデベロッパーなどと一緒に考え、実践していけたらと思います」(Black班を代表して、watusiが発表)

「夜の時間には独自のコミュニティ・社交の場があります。昼の顔(仕事や家庭での役割)を忘れてオープンになれる夜は、昼のルールを持ち込まず、安心して自分自身でいられる場所である必要があります。私たちのチームでは夜の価値を高める要件を話し合い、それらを三つにまとめました。1.まちづくりの視点。監視・規制を極力緩めることで、自然発生的にベニューができていくまちの余白をつくること。2.個人の視点。旅先で地元の店に一人で飛び込むように、親密な夜のコミュニティに関わりにいく勇気をもてること。3.コミュニティの視点。誰にでもオープンなのではなく、適切に親密さを共有できるような、対象への情熱で測る心地よい排他性があること。こうした視点を円滑に繋いでいく媒介となるような人が新しい価値を生んでいくのではないかと思います」(Green班を代表して酒井一途が発表)

「私たちのチームは、まず全員で乾杯をしてから意見交換を始めました。この2年間、新しい人と会って乾杯しながら会話をすることがほぼありませんでした。今日は新鮮な楽しさを実感しながら、まさに夜が持つ価値ってそこにあるんだと改めて感じています。ただビールを飲むだけならコンビニでいくらでも安く買えるけれど、バーやクラブではそれを何倍かの値段で売っている。そこで提供している価値って何だっけ、ということをしっかり考えないと夜の街に人は戻ってこないかもしれないし、まちづくりも上澄みだけになってしまいかねません。ときに乾杯しながら関係をつくり、職種や立場を超えてそんな話をしていける場としての夜の重要性が増していると強く感じます」(Orange班を代表してトム・ヨーコが発表)

マイノリティと呼ばれる方々や多様な価値観を持つ人たちが集い、独自の活動ができるのが夜の価値だと思います。夜は、そのような活動に昼間とは違う光をあて、立場や世代を超えてクロスオーバーさせ、新しい価値に昇華させていく。それはお金や数字だけの価値観ではなく、クリエイティビティを通じて世界に出ていくきっかけとなったり、まさか!ということを現実にするパワーがあります。それは街を舞台としたブロックパーティとしてコミュニティを強化し、新しい文化を生み出し仕事も作っていきます。夜がなければ人生がない。まさにNo Night、No Lifeだと思います」(Pink班を代表してNaz Chrisが発表)

「ベルリン、NY、東京の3都市で実施した『Creative Footprint』というナイトカルチャーリサーチでは、東京は他の2都市に比べて文化コンテンツは高評価でしたが、文化コンテンツを担う事業者と行政との間に距離があることが弱点とされました。その距離はコロナ禍でさらに広がってしまったのかもしれませんが、夜が持つ価値を守り、育てていくためには両者のブリッジとなる場がとても重要です。また夜は様々な世代に開かれるべきものだと思います。子どもと一緒に家族で楽しめる夜、大人たちが格好よく楽しめる夜がもっと増えることで、夜が持つ価値はもっと広がっていくのではないでしょうか」(Yellow班を代表して伊藤佳菜が発表)

「夜間の活動を否定されたコロナ禍で、ナイトタイムエコノミーに関わる人たちは自分たちの活動自体の価値が否定されたように感じたかもしれません。特に東京では、これから夜を盛り上げていこうというタイミングだったので、なお一層経済的にも精神的にも辛い時期だったと思います。コロナによって街のシステムが根底から変わってしまいました。これからの夜のあり方も新しく作っていくことが必要で、そのときに大切なのは様々なプレイヤーがネットワークをつくりアイデアを出し合うことだと思います。私は、場の価値はそこに集う人が作るものだと思っています。素敵な人が集まることで場は魅力的になります。世界中の素敵な人が東京を目指してやってくるような夜を作っていきたいです」(Purple班を代表して臼杵杏希子が発表)

「文化はコロナ禍で大きな制約を強いられましたが、私たちの文化を生み出し、触れることへの欲求は途切れることはありませんでした。表現が制約される分、制作にエネルギーを費やしたアーティストやクリエイターは多かったと思いますし、またオンラインでの表現を大きく前進させ、音楽と映像の融合など新しい領域へのチャレンジも多く生まれました。リアルでの人との出会い方も変わったと思います。人が多く集まるイベントに行くというよりも、少人数だけれど安心できる人と貴重な時間を分かち合うようになりました。そんな変化はむしろ強いコミュニティを生み出していったのではないでしょうか」(Blue班を代表して齋藤貴弘が発表)

コロナ禍も徐々に落ち着き、夜の街に人が戻り始めました。ここで何よりも重要なのが、夜をもう一度盛り上げていくための議論とアクションを多くの関係者でしていくことだと考えています。

ナイトタイムエコノミーをコロナ前に戻すのではなく、より魅力的なものとしていく。そのためには、これから夜が盛り上がっていく今このタイミングで議論が必要だと考え、急遽開催したのが今回の“Night Camp”でした。

もっとも開催前は不安しかありませんでした。関係者は皆、コロナ禍によって想像を絶するダメージを今受けていますし、規制を求めてきた行政との関係も悪化してしまったかもしれません。そのようななかで、官民が立場を超えて、これからの夜の魅力や価値を考えるなんてことが可能なのだろうか。未来が見えないネガティブな議論になってしまうのではないか。

しかし、皆が会場に集まり議論がはじまるとそんな不安は一瞬で消し飛びました。会場中に溢れる白熱した議論、真剣な表情や楽しそうな笑い声。そんな皆の夜への熱量を感じながら、夜を盛り上げていくための火がついた感触を持つことができました。この火を消さずに広げていくために、今後、さまざまな形で夜を盛り上げるイベントを開催予定ですので、さまざまな地域で多くの人とご一緒できるのを楽しみにしています。