見出し画像

四季を感じること〜歳の市

12月17日から19日までの3日間、東京のさまざまな寺社で「歳の市」が開かれる。

歳の市とは江戸初期から続く年内最後に開かれる市のこと。暮れから新年に必要な飾り物や雑貨、また海産物や乾物などさまざまなものを売る出店が軒を連ねる。

江戸の市(いち)

江戸に発祥する月例の市は、その時節にちなんだもの、また必要なものを売り出すことから始まった。植木市、べったら市、草市、千成市、酉の市、歳の市と、今なお続く行事も数多い。

斎藤月岑刊『江戸名所図会』十二月十八日 年の市 観音堂の西面より念仏堂のかたを望む図


上に挙げたのは天保年間(1831〜1845)に刊行された『江戸名所図会』の、歳の市について描かれた鳥瞰図である。同書は江戸の名所やそこで行われる年中行事について、その由来を語る文章と上に挙げたような挿絵によってまとめ、紹介しようとするもの。

こうした市で販売されるのは、現代の一般的な家庭で過ごす正月ではほとんど用いないだろうものばかりである。


歳の市で売られる物

※歌川広重「浅草金竜山年ノ市」

例えば『江戸名所図会』の右下に積み上げて描かれている。桶は井戸水を汲んで運ぶためには当時のどの家庭でも用いられた日用品であるが、歳の市を訪れる町人たちは正月を迎えるに際し、使い込んだものを新調する。

というのも、正月はじめに汲む水は「若水」という呼称で特別視され、多くの場合、若水は書き初めのために用いられた。「書き初め」「初夢」「初詣」というように、新年初めての事物に特別な意識を向けるのは現代でも同様で、「若水」もまた、そうした特別な意識を向けられた事物の一つである。

その他に正月で用いる器物には、例えば屠蘇酒をいただくための銚子や土器(かわらけ)、鮑や昆布などの海産物を飾る三方(さんぽう)などが挙げられる。ともかく、歳の市ではこうした正月を迎える上で必要な、あるいは新調すべき物産品を商い、町人はその賑やかな市に押し寄せていたということ。

歳の市は、元来は11月の酉の日に行われる酉の市から派生したものとも言われているが、酉の市が熊手を売るのに対し、特に浅草の歳の市と同時に催される羽子板市では、羽子板が売られることで有名だ。


江戸文化と歌舞伎

様々な図柄の羽子板が軒先に連なられているわけだが、特に江戸の化政期より今日に至るまで、歌舞伎役者の姿を施した羽子板が最もポピュラーである。

江戸の庶民にとっての娯楽は、相撲、人形浄瑠璃、寄席、富くじ、いかのぼり(凧)などさまざまなものが知られているが、中でも歌舞伎は最大の娯楽と言って過言ではない。

芝居を愛好する庶民たちは、それぞれの芝居小屋から上演中・上演予定の演目を宣伝するために配られた絵入りの「辻番付」というチラシ、人気の役者が一枚の絵に描かれた「役者絵」などを手にし、次に観に行く芝居を心待ちにした。子どもたちも例外でなく、例えば憧れの役者の家紋や似顔を描いた「泥面子」(今のメンコに同じ)を用いてメンコ遊びを楽しみ、より多くの泥面子を集めようと躍起になった。

※泥面子

現代のアイドルファンの女性たちがアイドルの写真やグッズを愛好して集めるように、江戸のアイドル的存在であった役者を贔屓する女性たちもまた、役者絵をこぞって買い求めた。

歌舞伎役者の姿が施された羽子板は、そうした点に目をつけた商いに聡い者によって考案されたのだろう。役者の羽子板は瞬く間に羽子板市を代表する商品となった。

歳の市や羽子板市は、そうした江戸の匂いを残す数少ない年中行事であり、本来の市の目的とするものを必要としない今なお活気に満ちているというのは大変な驚きである。


忘れゆく風物詩

先週は、東京にみぞれやあられが降った。あらかじめスマホの天気予報のアプリで見知ってはいたが、その日は実際にみぞれが降ったことに驚いた。何より、みぞれに驚いたことに最も驚いた。

生まれ育った地元にいた頃は、季節の移り目やその時分の天候を、身の回りの自然や行事で感じ、時に予知することができていたと思う。

雪を踏むとジャリジャリ音を鳴らして足取りが重たくなれば春を予感し、夕方の鰯雲を見て翌朝の雨を察知し、毎年さる方からいただいて飾る芳香用のラベンダーが枯れて匂いがしなくなるのは大体秋の始まり。

冬の初めには雪虫という、歩く人間の衣服に当たっただけで死んでしまうほどか弱い体に雪を纏った虫が飛ぶ。家に帰って上着に雪虫がくっついたまま死んでいるのを見た時、みぞれや雪が降ることを初めて知るのは北国の悲しい風物詩でもある。

アプリの天気予報を見るまで季節の変わり目に対して何の気づきもなかったことと、みぞれが降るのを見てようやくそれを実感したこと。それらによって自分の歳時意識が鈍感になっていることに気付かされた。

古典文学は、その時々の時節や風俗と切り離せない関係にあると思う。

その感覚を磨くためにも、せっかく季節ごとに開かれる年中行事に繰り出さない手はない。

結論  歳の市に行こう!!!