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【AI文字起こし】自分が瞬間に感じたこと、思ったことを言葉にするという習慣

こんにちは。生き方エンジニアのタツミです。

この記事は、Stand.fmで収録した音声をSummary.FMというStand.FM公式の文字起こしツールを用いて、文字起こし・及びテキストの調整をしてもらい、それをもとに手動で一部文言などを調整して出来上がった記事です。

AIでどれくらいの精度の記事が出来上がるのか、どれくらい使えそうなのかお試し的に使ってみました!

いい感じにできたら今後も使っていこうと思いますので、よろしくお願いします〜!

実際のラジオ音声はこちら!!

自分の感じたことを言葉にする


今日は自分がその瞬間に思ったこと、感じたことをそのまま言葉にするっていうテーマで話していこうと思います。


僕は今自分の部屋の外にいまして、ベランダからこうやって音声を収録してお届けしているんですけども、今は夜で星空を見上げながら撮影をしているんですよね。

今日の夜はちょっと曇り空なので、星は見えないんですけど、それでも落ち着いた雰囲気が広がっていて、静寂に包まれている感じがします。


個人的に、こういう夜の落ち着いた雰囲気とか静寂が好きで、静寂の中の自分の声を自分でも聞きながら楽しむっていうことが好きなんですよね。

なので、実験的に今回のラジオを外で撮ってみることにしました。


これがそのままのまま今回のラジオのテーマにつながるんですけど、


自分がある瞬間に感じたことをその瞬間に自分の言葉で、取り繕わずに言葉にするっていう機会が、会社と自分の家の往復とか、自分の家でテレワークだったとしても仕事をする毎日とか、 そういう繰り返しの日常を送っていると、なかなかないと思うんですよね。

僕はこうやって毎日発信をしたり、YouTubeとかStand.fmとか、Twitterが一番多いですかね。

発信をしたり、自分の思いに向き合うっていうことを続けていく中で、どうしても伝えたいことが頭の中から出てこないなとか、自分が発信に対してモチベーションが下がってるなっていうことを感じるのがすごい多いんです。


僕が発信っていうものに対して慣れていないっていう側面もあると思うんですけど、一番の原因は日常の中の自分を丁寧に感じられていないのかなっていうことだと思っていて。


ただ、同じように発信に対して自分がネガティブな気持ちを抱いているとか、うまくいかないなって思っている人の中にも同じようなケースがあるんじゃないかなと思うんです。

どういうことかというと、僕たちは日々時間が過ぎるのに合わせて行動したり、あるいは休んだり、何気なくYouTubeを見たり、いろんなことをしているわけなんですけど。


その瞬間に、自分が何を感じてこの行動をとっているのか。
考えたことはありますかね?


例えばYouTubeを見るっていうんだったら、なんで自分はYouTubeの中でもこの動画を選んだのか?

おすすめの中にいっぱい動画出てくるじゃないですか。
動画にもいろんな種類ありますよね。


自分が好んだ動画もあるでしょうし、別に興味ないなっていう動画も出てくるはずなんですよ。

その中で、じゃあなんで自分はこの動画を選んで見始めたのか?
何をそこから学びたいと思ったのか?
実際その動画を見て自分はどう感じたのか?
何か学べたのか?
あるいは学べなかったのか?
学べたとしたら何で学べたのか?

みたいな、瞬間瞬間の自分の思考って、振り返って考えることはあるかもしれないんですけど、その瞬間に言葉にして何か考えて、言葉として出していくっていうことはなかなかないと思うんです。


僕も100%そういうことをやってるっていうわけではないですし、自分が自分の瞬間に瞬間にアクセスできないことってあります。


だからこそこうやって発信で悩むこともあるんですけど、発信の源というかアウトプットって、新鮮度100%その瞬間の自分っていうものをどれだけ味わったかによってやりやすさが変わってくるんじゃないかなって思うんですよね。

瞬間の自分の感じたことを味わうことの重要性


「新鮮度」っていう言葉を使いましたけど、自分がその瞬間に感じていることって、次の瞬間にはほとんど忘れされていたり、自分の記憶の奥底に封じ込められてしまったり。


なんらかの形でどんどん消えていってしまうんです。瞬間で感じたことって、人は短期記憶っていう脳の中の領域があって、その中に記憶を一瞬だけ取り込んで、まっすぐにどっか行っちゃうんですよね。


その同じ記憶が例えば何回も繰り返されるとか、自分の中で重要な記憶と結びつくとか、そういう何かしらの刺激があった時に、長期記憶だったり、長期記憶の一歩手前だったり、そういうところに送り込まれたりするんですけど。


その瞬間瞬間に感じたことって、鮮度100%の状態で感じたことって、その瞬間の言葉にしないと、なかなか自分の本心として、言葉として意識することができないんですよね。

勇気を出して自己を言葉にするということ


僕はその瞬間に言ってきた言葉が、その人の本質に近いものを出すと思っていて、なんでかっていうと、深い思考を通さないからです。


深い思考って、自分の中の考えを深めるとか言語化力を高めるっていう意味で、すごく大事な行為ではあるし、僕はその深い思考を自動的にというか、半分意識しないでやってるっていうところがあるので、そういうものを大事にしたいっていう気持ちはもちろん強いんですけど。


やっぱり深い思考だけじゃダメだなっていうか、深い思考を通さないで自分の言葉、自己を言葉にするっていう勇気もある程度必要なんじゃないかっていう風に感じることがあったんです。


っていうのも、僕、一記事作るのとか一動画作るのとか、何か発信をするっていうのも結構時間がかかってしまうタイプなんですよね。


それこそ台本を作ったりとか、何か型を作ったりテーマを作ったり、そういうことをしてから、「じゃあどういうことを発信しようか」っていう風に考えて。


ある程度概要を作ってから書き始めるっていう形を、基本的にはとっているんです。それだと安定して、内容がある程度しっかりした記事を書けるし、自分なりには満足度が高いし、それなりに反応がもらえるっていう、そういう発信になりやすいんですけど。


ただ、それって「自分の本心じゃないかもしれない」とか、「自分の素直に出てきた言葉じゃないかもしれない」っていう側面も一部あって。


どこか作った言葉とか、何か自分を取り繕っているんじゃないかなっていうところが垣間見えてるとか。


後々そうやって見直してみると、かすかな違和感みたいなものを感じることがあったんです。何でかっていうのがあんまりわかっていなかったんですけど、それが最近ようやく少しずつわかってきて。


自分の瞬間で感じたことを、その時に感じたことを言葉にするっていう意識が足りないのかなっていう風に思ったんです。


その時に出てきた自分の言葉は質が違う


先ほど述べたように、その瞬間で感じたことを、100%言葉にできるかって言われると、それは現実的に不可能かもしれないんですけど。


じゃあ自分が何か、

「これは大事そうだな」とか、
「これは自分にとって価値が大きいものになりそうだな」とか、
「他の人に共有できそうだな」


って思った瞬間、感覚的にでもいいんですけど、そういう感覚的、直感的にものごとを捉えた時に、じゃあこれちょっとボイスメモに残そうかなとか、ちょっとアプリのメモで一筆書いてみようかなとか。


そういう瞬間的な自分の思考をとにかく感覚的につかみ取って記録するっていうことがあるかないかで、全然アウトプットのハードルが違うと思うんです。


ハードルも違うし、おそらくできてくる発信の内容、アウトプットの内容も変わってくると思います。


実際僕はこうやってStand.fmとかで「衝動ラジオ」っていう形で台本なしで話すことがたびたびあるんですけど。


その時に出てきた自分の言葉と、ある程度台本を作ってね、自分が話したいことを決めて話す言葉だと、どっちも全然質が違うんですよね。


質が良いとか悪いとかそういう意味の質ではなくて。
あ、これって自分の気に入り出して出てきた言葉なんだなとか、
その瞬間に感じた言葉なんだろうなっていう、そういう発信を通しての自分の気づき、密度、エピソードとの結びつきみたいなものが全然違うんです。


これは結構感覚的なので言葉にするのが難しいんですけど、発信を通してじゃあ今度はこういうふうに表現したら良さそうだなとか、こういう例えを使うことができたんじゃないかなっていうこと、そういう学びが多いっていうのもそうですし。


自分の中での、「あ、これ話して楽しかったなー」とか、「この発信して良かったなー」っていう満足度みたいなところですかね。


そこが全然違う感じがするんです。


今もこれ台本なしで話してるんですけど、何て言うんだろうな。
もともとは僕うまく話そうとか完璧に話そうとか、自分が考えていることをしっかり言葉にしようっていうところに重きを置いてたんですけど。


そういう気張りがいらないんですよね、台本なしで話してると。


もうちょっと正確に言うと、そういう気張りを持っている暇がないというか、そんな感じです。


当然なんですけど、時間って進んでいくわけじゃないですか。
こうやって今喋ってる間も収録の時間っていうのはどんどん進んでいってるわけで。


ってなると、言葉をいちいち考えている暇がないですと。
自分の思考を吟味して、「これ言って大丈夫かな」「これあれどうしようかな」みたいなことを考えている暇もなく言葉を出していく必要がある。


だから、必然的に自分の言葉になるというか、自分の中でその瞬間で感じた、ひねり出した言葉になるというか、そういう構造が勝手にできてくるんですよね。

時間の脅迫による自己表現の苦手さと恐怖感


ラジオ始めたばっかりの頃とかは、この時間に追いかけられて、追い詰められるっていう感覚がめちゃめちゃ苦手だったんです。


っていうのも、僕は高校時代とか大学時代とか、スポーツ系の部活に入っていて、年功序列の関係の中で。


例えば先輩にめちゃぶりをされるとか、一発ギャグで面白いこと言えって要求されるとか、そういう理不尽なことがすごく多くて、それに自分は違和感を感じていましたし、そういう価値観に対してめちゃめちゃ嫌悪感を感じていたんです。


それもあって、即興とか自分の中で考えずに言葉を出すっていうことに対して、恐怖感が大きかったんですよね。


だから、そういう追い詰められるのが苦手で、ラジオでもそうですし、YouTubeでもそうですし、話すっていうこと自体がめちゃめちゃ苦手だったんです。


今でこそ、それなりに詰まることなく話しているので、多少この恐怖感は薄れてきたのかなと。


ただそれでも、自分がその瞬間に感じたことを言葉にするという習慣をおろとかにしていると、話したいことも話せないし、そもそも話したいことってなんだろうみたいな感覚に陥りやすくて。


そうなってくると僕の発信は止まりやすいんですよね。
っていうのを最近気づきました。

やっぱり瞬間の気持ちを大切に認識すること


だからもしこれを聞いている人の中で同じような考えを持って、同じようなことに悩んでいる人がいるんだとしたら、そういう人にお伝えしたいのは

日々自分の気持ちを記録すること。


記録でもいいし、言葉に出すでも全然違うと思います。


とにかく瞬間の自分の気持ちを自分で認識すること。
これが大事なんじゃないかなって思います。


口に出すのが一番いいんですけど、周りに人がいるとか電車の中とか、そういう周りからの目があってどうにも自分の声を出すことができない状況ではメモをするとかね、そういう形でもいいと思います。


とにかく何らかの形で、外に出して自分でそれを認識すること。
これが自分の言葉に素直になるスタートになると思いますし、そうすれば例えば発信をするってなっても、自分が言いたいこと、自分が伝えたいこと、そんなに出てきやすいんじゃないかなと思います。


僕自身も多分またこれからも同じようなことで悩みがあると思うんですけど、その度に

「自分って今ね、自分の気持ちを大切にできてるかな」
「変に自分の殻に閉じこもってないかな」


みたいなことを振り返ってまた、一歩ずつ発信に対して向き合っていこうと思います。


ということでここまでね、発信に対しての向き合い方というか、発信をする以前の自分に対しての向き合い方ですかね、それについて話してきたんですけどいかがだったでしょうか。


この番組では自分が日常の中で感じたことに対してありのままの気づきだったりね、学びになるようなことを共有しつつ、自分らしく人生を送っていけるような、そういうきっかけを学べるようなテーマを掲げて話しています。


時にはね、フリートークをしたりとか、自分の衝動のままに話すっていうこともあるんですけど、そんな感じで気軽に来てもらったら嬉しいです。

ということで今日はこれで終わりにしたいと思います。
また次の放送でお会いしましょう。バイバイ。

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皆さんのお気持ちを、こっそり置いていっていただければ。小さな幸せ、これからも皆さんに与えます。