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どのような楽しみ方をしてもいいし、どう攻略してもいい。

毎日文章を書いている。

一応記事という形で公開するのをひとまずのゴールとしているのだが、そこに辿り着くまでにはいろんなルートがある。

思い切って「書くぞ!」っと奮起して一息でぱぱっと仕上げてしまう記事。
逆に、意気込んだのになかなかかけずに、ヤキモキしながら仕上げた記事。
いつもの家とは違うカフェの中で書いた記事。

どれも自分の記事だけれど、公開というゴールに辿り着くまでには別々の道を経ている。

不思議のダンジョンみたいだな。と思いました。

最近の密かな趣味でスキマ時間を見つけてはiPadでプレイしている。
現代は便利になったもので、アプリverもあるのでお手軽なんです。

不思議のダンジョンとは入るたびに地形が変わる迷宮にもぐり、ゴールを目指すゲームです。

ダンジョンにはあらかじめ階層が設定されており、ダンジョン内に落ちているアイテムを頼りに冒険を進める。

ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなど様々なコンセプトで発売されており、2022年の今でもプレイしている人はたくさんいます。

ちなみに一番最初の不思議のダンジョンはスパイク・チュンソフト社の「トルネコの大冒険 不思議のダンジョン」なのだそう。

流石に昔すぎて僕はプレイしていないけど。

あなたはやったことありますか?

不思議のダンジョンでは、ダンジョン内の一定の条件を満たせば、あとはどのように進めてもいいのが一番の魅力だと思っています。


ガチガチに縛られた条件で難しい洞窟にチャレンジしてみる猛者。


逆にアイテム全頼りで、あらゆる手段を尽くしてでもなんとかクリアすることだけを目指して突き進むプレイヤー。


ストーリー本編をクリアしてしまい、クリア後の99F超高難易度ダンジョンにチャレンジし続ける旅人。


どのような楽しみ方をしてもいいし、どう攻略してもいい。


というか、毎回ダンジョン自体が違うのだから固定の攻略ルートなんてあってないようなものです。


持っている武器も、防具も、杖も薬草も毎回違う。
僕たちにできるのは、とにかく今持っている手札を使って戦うこと。

唯一同じなのは、ダンジョン内の店主だけです。
いつもお世話になってます。


わかる人にはわかると思いますが、泥棒の爽快感だけは忘れられない。

流石にいくつかパターンはあるけれど、それでも実行する場所やタイミング、取るべき手段は毎回違う。

(何いっているかわからん人はほんとすみません、ここだけは譲れないんです。泥棒に命をかけているプレイヤーもいるんです。
「大切な商品が!みんな助けて!」という店主の悲痛な声が聞こえます。)


再現性なんて一切存在しない過酷な世界。
それが不思議なダンジョンです。


文章を紡いでいくのも同じだと思います。

再現性なんて一切存在しない。
なんとか自分が持っている手札を使って、一歩ずつ進んでいく。

とはいえ、そんなに簡単じゃなくて、時には文章が消えたり、絡まったりするややこしくて難しいんだけれど、それがいい。

様々な壁を乗り越えて、試行錯誤しながら知らない世界を探索するかのように記事を書いていると、最高なんです。

毎回敵が出てくるタイミングも、文章を吐き出していくテンポも全く違う。

時にはちょっとアイテムも使ったりして思考を助けたりなんかもあるかもね。今回の記事みたいに。

こんなふうに考えると、文章を書く上でも自然と個性を出せてオリジナルなあり方で進めるんじゃないか。普段書く記事ももっと楽しいものになるんじゃないか、そう思います。


自問自答を重ねながらあちこち自分の力で文章をまとめきって、ようやくゴール!と思ったらまた次のフロアへ。次のバトルに備えましょう。

とはいえ、本当はいつやめてもいいんです。

ひとまず休憩してもいいし、しばらくの間、離れてもいい。
誰にも責める権利はありません。自分の体と心は守らないといけません。

けれど、やめなければどこまでも続けることができる。
続けようと思っている限り、続けることができる。

何度もスタートとゴールを繰り返すことができるんですよね。

時々迷うこともあるけれど。進み続けることに意味がある。
ゴールした時に感じる爽快感を味わいたいからまた書く。旅に出る。


文章にもダンジョンにもは終わりがないって言われるのはこのゆえんがあるからかもしれません。

最初に書いたように、ゴールに辿り着くにはいろんな道があります。

ひとつの道筋しか今は見えていないかもしれないけど、少し横を見れば別の道もあります。そして、どの道を進むかは人によって違っていい。

ルールさえ破らなければ何をしてもいいんです。

曲がり角も見えるかもしれません。
時にはルールを破って我を通すことも必要かもしれません。

今足りていないのは、進むことではなく、立ち止まって松明の火を灯すことなのかもしれません。

僕にとって文章を書くということはひたすら旅を続けるということです。
毎日少しずつ、文章を書き進めているのは、僕にとって旅を止めないための手段なんです。

だからこそ、不思議のダンジョンも執筆も正直いくらでもプレイし続けることができるような気がしています。(笑

今日も僕は旅を続けます。ゲームの世界もリアルの世界も。
楽しまなきゃ損です。

さあ、出発!!




皆さんのお気持ちを、こっそり置いていっていただければ。小さな幸せ、これからも皆さんに与えます。