半年

皆さんおはようございます。
本当は西野さんのゴミ人間読んで思ったこと、感じたこと、あと今の私そして高田酒造場が出来るまでを書いていたんだけど、予定変更です。そちらはまた明日か明後日かにあげたいと思います。

1月4日であの水害から半年が経ってしまいました。

半年経ったと言えど復旧復興てこんな感じなん?こんな進まんもん?という感じです。

去年2月にクルーズ船でクラスターみたいになった時に、『これで災害が起きたらやおいかんやろな。(大変なことになるな)』て思ったこたが、まさか地元で身近で起こるとは全くもって想像してませんでした。

案の定。復旧復興は思うように進んでいないように思います。
でも本当にあの発災当時多くの方々に人吉球磨、そして芦北八代、熊本県南部は助けられました。本当に感謝しています。

しかしながら、まだまだ復旧と言うにもほど遠くそして復興なんてまだまだ先のように感じます。

でも、年末には避難所にいらっしゃった方が全て仮設住宅やみなし仮設に入る事が出来たという事でせめて年越しが寒い体育館の避難所でなかった事だけが救いだったなと思います。

私の周りにもどうにか年末に家の修理やリフォームが終わって自宅に住めるようになったと言う友人が数人。自宅に帰れるようになっただけで本当に安心すると言ってました。
それでもまだまだ避難所やみなし仮設にはたくさんの方が住んでいます。
被災した当時のままの家や建物もいっぱいです。
やっと解体が始まっているところや、解体が終わって更地になったところも増えてきました。
高校時代に行ってたお店も解体が始まっていました。カヌー部だったので球磨川には思い出がいっぱい。そして艇庫の周りは川から側で古いお家も多かったので解体されるところが多いようです。
今は元の町の風景を思い出すのもやっとの様な感じです。創造的復興としてきっと復興出来ると信じていますが、まだまだ悲しい現状が続いています。

今私に出来ることは、出来る限りの人吉球磨の現状を配信すること。また、配信している人の情報をシェアする事。

そして、自分の仕事もしっかりと美味しい焼酎を作ること。つそれを多くの方に届けること。焼酎を通してたくさんの方に人吉球磨を知ってもらえたらいいなと思います。また私たちが納める酒税は国と県に行きます。これが少しでも復興の足しになればいいなと思っています。

被害のひどかった球磨村では、球磨村特派員が球磨村の被害を配信するFacebookページが出来てました。

球磨村広報特派員

地元を愛する高校生が特派員メンバーになっているそうです。ボランティアがなかなか入れない状況で活躍したのは高校生たちでした。中学生でも出来ることをと頑張っていました。そんな若い子たちが居てくれるのは私たち大人にとっても本当に希望です。

そんな子たちが地元に戻る事を諦めない様に、『あの人がおるけん人吉球磨は面白い、俺らも帰ろう!』『俺らも人吉球磨を盛り上げるように頑張ろう』そう思って貰える様に、頑張って、今の子の状況を踏ん張って前に前に進んでいきたいと思います。

今朝は雪が降ってます。夜中から降る予報は外れて朝方から降り出しましたが、この1時間で結構な振り方です。雪に慣れてない私たちは移動が恐怖。。。
全国的にも寒波の影響すごそうですね。
東北や日本海側は昨日までの時点で凄いことになってるようだから、これもまた被害が大きくならない事を願ってます。

皆さんも気を付けてお過ごしくださいね!

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