ほんまグリ

餃子のおんがえし

むかしむかし、あるラーメン屋におじいさんと私がおったそうな。

おじいさんは激怒していた。ぷりぷり怒っていた。「普通ラーメンと餃子を頼んだら、それは餃子が前菜で、ラーメンがメインということだろう!普通それくらいわからないか!ラーメンが先なんて普通じゃない!」と大声を出していた。

おじいさんには道理はわからぬ。けれども餃子の立ち位置については、人一倍に敏感であった。「普通」「普通は」を連呼し、自分が絶対正しい、正しい自分は間違った店員を叱りつける権利があると勘違いをし、怒号はさらにエスカレートした。もう餃子はいらない!ラーメンもいらない!金は払わん!帰る!

...で、ラーメンは食べ終えていたにも関わらず、おじいさんは店を出て行ってしまった。

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おじいさんの言うことは、わからんでもない。だがそれは彼がビールを飲んでいた場合に限る。ラーメンと餃子という注文にビールが加われば、提供される順番に特定の期待が生まれる。まずビール。何は無くともまずビール。一刻も早くビール、である。ビールの登場は早すぎて困ることはない。

そしてビールが来たのなら、次は餃子だ。ラーメンでビールを飲めないわけではないが、水分が多くアルコール度数が低い飲み物であるビールは、辛いもの、しょっぱいもの、ドライなものが合う傾向にある。ラーメン上の焼き豚やメンマをつまみにできないことはないが、それでは麺が伸びてしまう。なので「即ビール、そのうち餃子、それらを食べ終わった頃合いのラーメン」が理想的と言える。

ただそれはあくまで「理想」だ。「普通」ではない。まして「普通=当然のこと」として、他人に強いるものではない。客単価5万円の店ならともかく、ここは街のラーメン屋である。「自分の理想を向こうが察して、もてなして」を押しつけるのは、ちょっとはしたない。ビールを飲もうと、飲むまいと、理想の順番があるのなら、最初に「餃子を先に出して」とひとこと言えばよかったのだ。

ともかくかわいそうなのは店員さんと、同じく怒号に耐えた餃子である。店員さんにも餃子にも罪はない。突然わあわあと怒鳴られ、あっという間に食い逃げされ、ぽつねんとしている餃子のやるせなさ。身の置き所がない、かわいそうな餃子。私はたまらなくなって、つい声をかけてしまった。

「その餃子、私にください。ちょうど注文しようと思っていたんです」

うそ、だ。

でもいい。この店ではまだ餃子を食べたことがなかったんだもの。幸いまだ熱々だったし、意外なことにとても、とても、美味しかった。ラーメンもチャーハンも「まあまあ」の店だったが、餃子は頭ひとつ抜けていた。それからその店は私にとって「餃子の店」となった。何度となく餃子を食べに来店し、何度となく餃子をテイクアウトした。

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もうずいぶん若いときのことだ。その店もとうにない。しかし餃子はその後、何度となく私の人生に現れ「あのとき助けていただいた餃子です」とばかりに、私を助けてくれるようになった。

例えば最初の結婚は、餃子が決めてくれたようなものだ。リクエストにおこたえして餃子をふるまった夜、彼は早すぎるプロポーズをした。「今までオレは姉ちゃんの餃子が世界一だと思っていたけど、いずみの餃子はそれ以上だ」と言われ、私は何と戦っているのかよくわからなかったけど、ともかくOKした。新婚当時は本当にたくさん餃子を作った。うちの冷凍庫は10個ずつ小分けされた手作り餃子のパックでいっぱいだったものだ。

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またある日、私は会社の命令で「インストラクタ養成講座」のようなものに通わされていた。自社製品をアピールするため、人前でしゃべる訓練をしてこいというわけだ。マジメと思われるかもしれないが、目も耳も悪く、集中が続かない私は、こういった座学の場合は最前列の真ん中に座るようにしている。そうしないと頭に入っていかないからだ。

講座の初日は、いきなり「今からみなさんにスピーチをしていただきます」というバトルロワイアル形式で始まった。もちろん参加者全員が阿鼻叫喚である。そして講師は「考えるスキは与えないぜ」とばかりに「じゃあ前の人から順番に。あなた、前に出てきてください」と私を呼んだ。

「これは最終日のスピーチをよりよくするための叩き台であり、スピーチに慣れるための最初の練習です。なのでテーマはなんでもアリです、とにかく何かしゃべってください」と言われ「本当に?本当にテーマはなんでもいいんですね?」と念を押し、1秒で私は考えた。「餃子についてしゃべろう」と。

それは大成功だったと言っていいだろう。慣れてない人間は、いきなりスピーチしろと言われても3分間ももたないのが普通だからだ。まず話すネタがとっさには見つからない。ネタを決めても話が続かない。オチなどもちろんない。3分は意外と長いのだ。

だが餃子についてなら、私は言いたいことがたくさんあった。3分はむしろ短いくらいだった。おまけに「最初の人が餃子ネタできたから、すごく気が楽になった〜」と、他の参加者にすごく感謝されもした。いきなり指名され極度に緊張した私がなぜ、餃子ネタを思いつけたのか。やはり「あのとき助けた餃子」が恩返ししてくれたからだろう。情けは餃子のためならずとはよく言ったものだ。

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さて先日、私は生まれて初めての「ワークショップ」を開催した。私の料理を、みんなで実際に作って、食べてもらいたくなったのだ。これから何度でもやっていきたいワークショップの、最初に選んだ料理はもちろん「餃子」である。

これまた大成功と言っていいだろう。万端なつもりの準備が突然のハプニングで飛んだり、あるはずのものがなかったり、最後のアクシデントで全員にフル回転を強いたりと、反省点は多すぎるくらいだったが、とにかくやってよかった。とにかく楽しかった。次はもっとうまくやる。それもこれも「あのときの餃子」が助けてくれたおかげなのだ。私はそう信じている。

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【追記】
この「餃子のおんがえし」をタイトルにした初のエッセイ本が、2月3日に発売されます。noteの記事を加筆修正していくつか、その他たくさんの書き下ろしと、「私を作った、食べ物」という長いエッセイが3編も。我ながらめちゃくちゃ面白いです。読んでください。

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めちゃくちゃくだらないことに使いたいと思います。よろしくお願いします。