ただラーメンを食べることが、こんなにも骨が折れるなんて
男はただ今日もラーメンが食べたいだけだった。
男はコーヒーショップでアルバイトをしていた。
サンドイッチは殊更うまく作れ、そのショップには彼の作るサンドイッチのファンがいるほどだった。
伊藤洋平。
ただ、彼は元傭兵だった。
非番の日、彼はラーメンを食べることを日課としていた。コーヒーとサンドイッチはアルバイトのせいで食べ飽きている。非番の日こそ、彼は何も考えず、ひたすら自由になりたかった。
彼はその日、悪い夢を見て、飛び起きた。
時計の針は10時半。かなりの時間寝いったようだと感じた。
寝汗をシャワーで洗い流すと、モスグリーンのポロシャツにカーキ色のカーゴパンツに着替え、デザートブーツの紐をキッチリ締めた。
靴の紐が解けることは命取りになる。
いや、何を俺は…昔のことだ。
彼の所属する部隊は、任務とあればどこへでもいった。主に隠密行動を得意としていたが、橋の破壊から、要人の暗殺など、いろいろやった。彼は接近戦が得意だった。
彼はザイールの奥地で、5人のチームで、ある反政府組織の要人を暗殺する任務についていた。平原が続いている場所が多く、任務はスピードが求められた。
夜中に敵陣に入ると、彼らは手榴弾とサブマシンガンと、そして更にダガーナイフを太腿のベルトに刺していた。
要人5人が敵陣のテントで会議をしているところを一気に叩く予定だった。
しかし、作戦が漏れていた。彼のチームは手榴弾を投げて、それが爆発してからテントを確認したが、もぬけのからだった。
背後から大きなライトを照らされ、姿が露わになった。舌打ちと同時に大量の鉛玉の雨が降った。
彼らはあらかじめ用意していた鉄の板を立て、最初の鉛の嵐を防ぐとその方面に手榴弾を投げた。
ゆ
一瞬の沈黙の後、大きな爆発が起こった。
その隙に来た道と反対側に5人は駆け出した。
離脱用のヘリを隠してあった。
そこまで走ると、さらに二つの手榴弾を放り投げた。手榴弾はまもなく大きな音を立てて爆発した。
ヘリが見えてきたとき、彼はしこたま転んだ。
手からサブマシンガンが離れていった。
靴紐が解けていた。
それがサバンナの硬い小さな枝に引っかかっていた。
敵からマシンガンの応酬があった。すぐ足元を鉛の球が直線的に掠めていった。
チームメイトが彼の首を掴みたたせて、彼は再び走り出した。しばらくして立たせてくれたチームメイトが隣にいないと気づき振り返ると、彼は血を吐き出して崩れ落ちた。流れ弾が何発も彼の背中に当たったようだった。
彼は逡巡したが、ポケットにあった閃光弾を投げて、チームメイトをおいて走った。
閃光が派手に炸裂し、辺りは朝のように明るくなった。その間にチームメイト4人はヘリに乗り込み離脱した。
彼らのチームはその任務の後解散した。彼はチームメイトに命を救われた。しかし、それ以来、靴紐を見るたびに手が震えるのだった。
彼は家を出た。千代田線の赤坂駅で降りようとした時、背後に視線を感じた。彼は駅を確かめる風を装って、ドアが止まる直前に車両から抜け出た。
既に仕事を離れて数年経っている。今更…しかし油断は禁物だ。逆恨みされている可能性は否定できない。彼は駅をぐるりと確認する。特段怪しい影はない。彼は階段を一気に駆け上がり、逆側の階段をふたたびホームに駆け降りた。そして、乗ってきたのとは反対側に停まっていた列車に飛び乗った。すぐにドアが止まり、列車はホームから走り始めた。
アフロのアフリカ系と見られる男が彼をホームから見ている気がしたが、気のせいかもしれない。彼は靴の紐を確認した。少し緩んでいる。彼はしゃがみ込むと紐をしっかり結び直した。その手が震える。
いや、俺はただラーメンがたべたいだけなんだ。
赤坂駅には百舌鳥というラーメン屋がオープンしたばかり。そこの塩ラーメンがうまいとコーヒーショップの同僚が言っていた。
男は仕方なく次の駅で反対側のホームに電車を乗り換え、再び赤坂に戻ることにした。
今度は気配を感じない。大丈夫のようだ。しかし、念の為、列車のドアが閉まる直前に電車を降り、階段を駆け上がり改札を抜けた。
赤坂ビズタワーに入ると自動ドアに映るシルエットで、背後を確認してから、そこを素早く抜け右手に折れた。
目当ての店舗は左手にあった。先客は一名。
彼は塩ラーメンを押した。
暫くすると、塩ラーメンが運ばれてきた。しかし、そのお盆に銀色の光るものが目に入ったため、彼は腰に指しているダガーナイフにそっと手をかけた。
ただのスプーンだった。
彼は大きく息を吐いた。
お待たせしました。ごゆっくり。
考えずぎか。
彼は独りごちた。
それにしても見事なビジュアル。美しい透明なスープ。まるで最高品質のダガーナイフの刃先のよう光を放っている。
ズルズルッと麺を啜る。鼻腔にスープとオイルの香りが広がり、ツルツルとした麺が舌をすり抜ける。
作戦を遂行した甲斐があったというものだ。
キリリとしたスープに薄めのチャーシューが合う。
あっという間に食べ尽くした。
平和だ。
ヒリヒリした日常はないが、今の方がいい。
ガシャンッ!
突然背後でガラスが割れる音がした。
洋平は素早くしゃがみ込み、ダガーナイフに手を触れた。
しかし、隣のベトナム料理店の店員がグラスを落としただけだった。
ふぅ。
洋平は息を吐いた。焦らせるなよ。
洋平は再び席に座り、残りのスープを飲み干した。塩気のあるスープが胃に沁みた。
ご馳走さま。
洋平はつぶやくと席を立った。
赤坂ビズタワーの自動ドアを再びすり抜けた時、先程のアフロアフリカンが自分を一瞥した。
洋平はダガーナイフの柄を掴みながら小走りに駆け抜けた。
アフロはチラリと振り返ったが、そのまま右手に折れる。
ヒヤリとしたが、なんでもなかったようだ。
彼は再び赤坂駅の改札をくぐり抜けた。
紐がまた緩んでいた。
続く。
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RAMEN 百舌鳥 03-6277-8238 東京都港区赤坂5-3-1 赤坂Bizタワー B1F https://tabelog.com/tokyo/A1308/A130801/13268936/
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