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授業探検隊[学習者中心の教育を具現化したらどうなる?全学年混合で起業を企画する探究ラボ]

学校紹介

校舎の中央部に象徴的に存在する大階段と休憩中に談笑しながら移動する生徒

晩秋に映える。ああ、こんなにも秋に映える校舎が他にあるだろうか。『 秋深き 隣は何を する人ぞ 』(秋も深まってきたが隣は何をしている人だろう)。そんな芭蕉の一句が敷地内の樹木と校舎を見ていると思い出される。筆者と取材同行者1名は、冬休み開始まで数週間となった晩秋に甲州街道を東京西部に向かって車を走らせ、とある私学の正門前守衛室にたどり着いた。この学校には普段の通学で着用指示される制服がない(※標準服は用意されており、式典関係では着用が義務されている)。髪型についての細かい校則がない。さらには定期テストもない。自由を絵に描いたような学校だ。その自由を外界から守るために存在する正門と守衛室(取材時において守衛室が存在しそこで守衛の方が入校許可申請を確認することはまれである)は異世界への入口のようにも思えた。それほどこの学校の授業を見る前と見た後では授業に関する概念が変わってしまいそうである。この学び舎の中核をなすのは二つの建物だ。ゲートをくぐる前から周囲に対して存在感をあらわにしているほぼ全面スケルトンガラスの本棟と、その向かい側に2022年9月に竣工したSTEAM CENTERだ。校舎の様子は事前にYoutubeで楽しむこともできる。ドローンが浮遊するかの如く校舎内をめぐる様子に、私は取材前からスマホの前でときめいていた。



ほぼ全面スケルトンガラスの本棟


本棟向かいの2022年9月に竣工したSTEAM CENTER

『 秋深き この中は何を 学ぶ人ぞ 』校舎内ではどんな学びが待っているのだろうか。校舎に入る前から胸の鼓動が否が応でも高まってくる。

今回取材したのは、中学1年生から高校1年生まで全学年が混合で学ぶ探究ゼミの時間だ。この探究ゼミの時間は選択授業だ。読者の皆さんで経験のある方は、高校生の時代よりも大学時代の一般教養授業を選択して受講していた時の事をイメージしていただきたい。この選択授業は学年ごとに設定されるものではなく、どの学年でも自由に同じ授業を選択することができるのだ。今回の取材対象は、その選択授業にラインナップされている"起業ゼミ"の授業だ。この授業はパンフレットにも掲載されている。つまりこの学校の特色を具現化している代名詞ともいえる授業であり、4月~7月で一つの期、11月~2月で一つの期という構成になっている。今期は男女10名弱が、中1から高1まで混在した状態で授業を実施している。ちなみにこの学校の最高学年は現在高校1年生だ(取材時)。そう、この学校は創立して4年目なのだ。

[この授業に関する教員や環境]

授業を担当するスタッフは5名。中心となって授業をハンドリングしているのは今回アテンドしてくれた木之下さんだ。都内の別の私学で、探究を中心としたカリキュラムを開発した経験を持ち、この学校の創設とともに赴任された。授業前には校舎案内を兼ねて、学校の先進的な取り組みをご説明いただいた。そこでは先々の構想も語ってくれた。あくまでもこの学校で行っていることは最先端の授業やカリキュラムの展示場としての意味もあり、その先に全国の学校へ探究的授業を展開していくことを見据えているという。潤沢な学校環境と選ばれた優秀な生徒たちだからこそ、探究的な授業の取り組みができるのだろうという声も寄せられる中、”カリキュラムの展示場”として実践値を積み重ねたものを全国の他の学校でも実施できるようにと、不要な部分をそぎ落として他校へ展開していくことを考えているそうだ。実際に他県の公立学校に出張して授業を開催した時のエピソードも語ってくださったのが印象的だった。これまでの取材経験で、自身の学校以外の授業の事まで熱く語られたことは筆者の記憶にない。授業前の木之下さんとのやりとりのみで記事が書けるほどに、彼は興味深いエピソードと経験をお持ちだった。ちなみに木之下”先生”と記載するのは学校の校風から鑑みて違和感を感じるので"さん"と表記させていただくことにする。ちなみに校舎内では"きのぴー"と呼ばれているのを耳にした(余談だがこれも授業内に話題に上がったフラットな関係性に繋がる話だ)。


生徒へ語り掛ける木之下さん

授業を担当するスタッフが5名もいるのはなぜだろう。その構成と経緯も述べておこう。木之下さんを含めた学校教員が2名、他の3名はこの起業ゼミを協業して企画運営する立場にあるG社のスタートアップ事業部のお三方だ。この協業の経緯は、学校教員と企業人材を含めての異業種交流会がきっかけだった。その後、木之下さんとG社のスタートアップ事業部との協力が始まり、現状では学校と企業の”起業ゼミを企画運営する”というところまで発展したという。現代において、学校の先生の仕事は、外に出て人脈開拓をすることも大切な仕事のひとつなのだ。

次に環境面を見ていこう。ROOM315と呼ばれる本棟の中央3Fに配置されたスペースで授業は始まった。本棟の正面全景の画像を掲載したが、3階部分で出っ張るように存在している部屋がそれだ。校内は基本的に靴を履いたまま動く空間だ。そのルールの中で、ROOM315は靴を脱いで入室するスタイルだ。グリーンのカーペットの上に無作為に弾力性の高そうなカラフルなクッションが置かれている。壁は全面ホワイトボードになっている。目的も意図も日々の使われ方も、入室して一瞬で理解できる。理解というか体感ができた。外資系大企業のクリエイティブミーティングルームとして経済番組で目にしたことがあるような風景が目の前に広がったところで、授業はチェックインから始まった。


リラックスした環境で授業前に談笑する生徒と教員と協業スタッフの方

授業における当日の時間細分表を計測することを探検隊の常としてきたが、今回は授業の流れを図示化したものを作成した。なぜならば生徒と教員が途中で2部屋に分かれる構成であったことと、教員と生徒との関係はフルフラットに近く、常に対話形式で授業が進んだからである。


チェックインからチェックアウトにいたる授業の流れ

[チェックイン]

先述したROOM315内にてグリーンの芝生のようなカーペットの上で、各自が思い思いの体制をとっている中で授業は始まった。チェックインとは筆者が銘打ったわけではなく、ファシリテーターの木之下さんが実際の授業の冒頭で使っていたものである。前回の振り返りを生徒自身が発言する時間だ。生徒の発言から前回の内容は"一致団結を表す写真を撮る"というものであったと推測される。今期の起業ゼミのテーマが"団結"であるらしい。2月までの数か月にわたるプロジェクト活動の序盤である時期である11月に、チームとしての団結を醸造する内容を行っていたことが伺える。全学年の生徒と大人が合同で授業を進めていく仲間であるということ、データ共有のためのツール、お互いの呼び方に至るまで、さまざまな工夫を自分たちで創出していこうということが、チェックインの10分間でひしひしと伝わってくる。たとえば画像データについて、ある生徒がslack(スラック)に添付したものを他の全員がリアルタイムでパソコンにて閲覧していた。お互いの呼び方については "~さん" "~先輩" といった敬称を使わずに、呼ばれたい名前を共有しようという話題が出た。団結を構成する一つの要素として"仲間に頼ることが大切"という意見が出ていた。


ROOM315は外から見ても非常に目立つ位置に存在している

[フェーズごとの時間・起業フェーズ編]

チェックインが終わると、スタッフと生徒たちは2つのグループに分かれた。前回までの起業プラン構築の進捗状況から「起業フェーズ」と「アイデアフェーズ」に分かれて活動をする。わたしたち探検隊も二手に分かれてこの授業の探検を続けることにした。探検した洞窟が途中で分岐していたわけである。各校の授業探検をしていて、これは初めての風景であった。


起業フェーズチーム

起業フェーズチームはROOM315を選択。外部協業で招待されたG社のスタッフがファシリテーター役になる。教員は生徒たちとファシリテーターとのパイプラインの役割だ。ここでもslack(スラック)というツールがデータ共有として活用されている。瞬時に全員で共有できるホワイトボードのような機能を果たしているわけだ。学校全体ではMicrosoft社のTeamsというアプリを使っているが、本授業では外部協業のスタッフとの議論やデータ共有のためにslack(スラック)を採用している。本日一つ目の調査ワークは「起業の定義」を調べてスラックに書き込むことだ。ファシリテーターが時間を告げてアウトプットの時間に移る。生徒たちが調査したことのポイントを発表する時間に移る。生徒の発表をヒアリングした後、ファシリテーターから更に5つの調査項目を提示される。次の調査時間では5人の生徒たちが、それぞれ1つの項目を分担して調べることになる。
①「個人事業主とは」②「株式会社とは?登記するには?」③「合同会社とは?登記するには?」④「非営利法人とは?」⑤「資金調達の方法は?」これらが5人に分担して課せられた調査項目である。
5分間という時間制限もあり、皆集中している。5分後に調査した結果分かったことを1人ずつ発表していく。「定款…出資者…債権…代表社員…」と筆者が中高生の時には口にもしたことのないワードを中高生たちが話している。発表内容に関して、更に質問がないかを他生徒たちはファシリテーターから問いかけられる。質問が滞った時は、教員からもそれぞれの調査項目を深堀させるような質問が出る。ここで出た質問内容が生徒たちの新たな調査項目となるのだ。休憩を挟んで質問事項を各々が調べ、スラックへ書き込んでいく。複数の質問も出ていたため、先ほどより長めの時間をとっていた。そして授業はあっという間に3回目のアウトプットの時間を迎えた。ここでも調査結果を一人ずつ発表するのだが、内容は事前に書き込まれているため、生徒も含めて全員がスラック画面を見ている。画像を添付したり説明の補足をしたりとビジネスの世界での会議そのものだ。生徒たちは発表することで、調べたことが深い理解へと繋がっているようだった。発言しながら自分の理解があやふやな箇所に気付くことも多々あり、そのことも発表することの産物のようである。調べたことは自分の言葉も入れてアウトプットするとよいと、発展途上にある生徒に木之下さんがアドバイスをする。


  
  
   
   

  

数年前に流行った漫才ではないのだがここでいったん、時を戻そう。

[フェーズごとの時間・アイデアフェーズ編]


2階に移動したアイデアフェーズチーム

チェックインが終わった時間まで時計を戻す。スタッフと生徒たちはこれまでの進捗状況から「起業フェーズ」と「アイデアフェーズ」に分かれて活動をする。アイデアフェーズチームは2階のROOMへ移動した。こちらでも外部協業で招待されたG社のスタッフがファシリテーターだ。そこに学校の教員が一人帯同する。初めはインプットの時間だ。この授業は連続性があるものなので、今回は3カ月後に最終ピッチをすることがゴール設定にされている。


プログラムの流れが提示された

アイデアフェーズのクラスの中心は問いかけと思考にあった。世の中のビジネスがどのようなビジネスモデルであるかを"解説講義"するのではない。問いが提示されて大人も生徒も一緒に考えるということだ。授業探検時によく見る光景ともいえるが、社外協業のファシリテーターの講師の方が中心となっても”問い”が中心に授業設計されている。スタディサプリ(勉強アプリ)、BASE(ECサイト)、b-monster(暗闇エクササイズ)といった最近話題となったビジネスについて説明されつつ、問いが投げかけられる。「この商品サービスは誰の、どんな声から生まれた?」。

ファシリテーターが生徒に語りかける内容は、すべてが中学生に十分わかる内容だ。専門知識や専門用語の提示はほとんどない。重きを置かれていたのは知識の習得ではなく、考え方を共有することだ。その思考のフォーマットを土台にアイデアを出す時間になる。帯同していた教員も一緒になって、大人も子供も先生も一緒に考える。もちろん経験値は大人の方があるだろう。しかし中学生ならではのアイデアの視点が光る。そんな形でこのクラスの後半戦は、各自のビジネスの種を見つける段階へと移っていく。その際も提示されることは、世の中に必要なビジネスモデルを考えよう、という答えを急がせるものではない。「自分や身近な人のことを考えよう」「世の中の"不"に焦点を当てよう」という視点が与えられる。全員で自分や身近な人が抱えている"不"について洗い出す。不安、不満、不備、不信、不良、不快、、、。


思考をさらに深めるヒント

ブレストは一人で行うと、大概数分でアイデアが出尽くしてしまうものだ。今回もさにあらず、一人での発散には限界がある。だからこそその後どう展開していくかが見ものである。ファシリテーターから画像のように"制限"をかけることが思考を助けることが提示される。アイドリング状態のエンジンがまた回転数を上げるように、生徒が再び発言をしていく。


全員で自分や身近な人が抱えている"不"について洗い出す

何回かの会話のキャッチボールを経て、ブレストが出尽くすと、次に出たアイデアを選定していく。ファシリテーターは意見に対して良い悪いを言わない。思考を促すアプローチを終始心掛けているようだ。私は前夜に調査したこの学校の教育テーマを思い出した。それは「学習者中心の教育」。書いてあることと実行されていることが目の前で結びついた瞬間だ。

[チェックアウト]

2つに分かれていたチームは最後にチェックインをしたROOM315に合流した。生徒たちとスタッフ全員が最初のリラックスした状態に戻る。生徒が1人ずつ30秒ほどで本日学んだことを述べていく。新たに知ったこと、または困ったことをアウトプットすることで、頭の中が整理される時間にもなっている。「次回は本日調査した方式においてどの方法で起業するのがいいのかを具体的に考えてみよう」という予告がファシリテーターからされる。最後に木之下さんから「起業は目的・ゴールではない。それよりも大切なことは、、、(略)」という生徒の視座を高めるコメントが渡される。そう、起業ゼミはお金儲けを目的に行っているのではない。授業の目的を参加者全員で共有し続けることの大切さを、チェックアウトをすることで感じることができる。これまでの授業では体験したことのない2時間は、奇しくも同日早朝に行われたカタールサッカーワールドカップで日本が体験したことのない奇跡を起こしたことを彷彿とさせた。

[授業終了・まとめ]

終了後、本日アテンドしてくださり、授業のハンドリングを担う木之下さんにさらに話を伺った。


授業と同様に壁打ちを大切にするという木之下さん

この起業ゼミでは、生徒1名に対して教員1名と協業企業のG社の講師1名の計2名がメンターとなっているという。生徒とメンターは授業外でもスラックでやりとりをする。そこで寄せられる相談に対して木之下さんは一週間の中で30分ほどのやりとりを担当の生徒たちとしているという。「オンラインでも繋がれますから」と木之下さんは言う。そのやりとりを「壁打ち」と呼んでいた。生徒が持ち寄ったアイデアに対して、そのアイデアを具体化させるべく「問いかけ」をして、生徒が考え、答え、またメンターは問いかける。この繰り返しは、まさに壁打ちだ。生徒から、「学校外の社会人を紹介してほしい」という依頼も来るそうだ。また、街に出て自身の起業アイデアの対象になるであろう人たちにインタビューする生徒もいるとのこと。これらの行動がアイデアのブラッシュアップに繋がっていくのだろう。
今回の起業ゼミ受講生には、寺院と学生たちをつなぐというビジネスプランで「かながわアントレプレナーシップチャレンジ 〜かながわ学生・アカデミア ビジネスアイデアコンテスト〜の神奈川県知事賞を受賞した中1生もいた。知事賞とは最も高い評価を受けた者ということである(リンク)。以前には生徒のビジネスプランが、実際に200万円の融資を獲得したこともあったという。そしてその生徒は現在海外留学している。この起業ゼミは、社会の課題を自分事としてとらえる最高の機会となっているように感じた。そして、その社会課題をどうやって解決するか思考や行動を繰り返すという真の学びが実践されていた。



起業ゼミは学校の顔であるパンフレットでも特集される授業となっている

今回取材した学校についてより詳しく知りたい場合はこちらをクリック


夕景にも映える放課後の校舎


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