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手を動かさなくなって老害化するデザイナーたち

ゲームクリエイターと言う職種は、かつて目新しいものだった。業種として新しく、業界全体の平均年齢が若かった。

しかし現在、ゲーム会社にも定年退職の波が押し寄せてきている。私が入社した時、ゲーム業界の平均年齢は32歳という「ほんまかいな」と思うような試算があったが、確実に今はもっと上だろう。最近のカンファレンスなどで登壇している顔ぶれを見ると判りやすい。業界全体が成熟して、高齢化してきているのだ。

伴い、昔は見かけなかった「手を動かさずに口を動かす人たち」が増えてきた。巷でときどき話題になる「働かないオジサン」とほぼ同義と言っていいと思う。作ったモノや背中で語るのではなく、クチで語ってしまう人たちのことだ。

先輩たちが後輩たちに語るのは、ハタから見れば良いことのように思える。ゲームクリエイターとは何たるか、プロとしての心構えを後続に伝えて、受け継いでいく。

しかし現場にいる人たちの意見は、だいたい一致する。「クチ出しは要らんから手を動かしてくれ」。

3Dデザイナーの寿命

プログラマーとプランナーは言ってみれば「論理」で戦う職種だが、デザイナーは「絵」で殴り合う職種だ。上手いやつが正しい。そういう厳しい世界で戦い続けてる。

そういう世界でプロとして15年やってきたデザイナーが、後輩に何かを教えるとき、クチで語るべきか?手を動かしながら教えるべきか?答えは誰が考えても明らかだろう。

中には例外も居る。絵も上手いしプログラム的な思考もできる超人みたいなやつだ。参考書を次々読みながらMayaとHoudiniでプロシージャルモデリングしちゃうような奴らのことだ。こういう奴らならクチで教えることも可能だろう。しかし私が出会った該当者は「加齢に関係なく言われなくたって手を動かす」奴らだった。根っからのクリエイターなのだ。彼らは本題である老害化から外れいる。

だが誰もが超人な訳じゃない。デザイナーが100人いたら、超人は1~2人だ。3Dデザイナーの寿命に定説があるわけではないが、個人的な体感では40代前半ぐらいだと思う。そこらへんで手よりもクチを動かし始める人が多く感じる。

彼らは話すのをやめず、テコでも手を動かそうとしなくなる。データのコンバートの仕方も知らず、ゲームのスキームも良く分かっていないし、そもそもちゃんとプレイしていない。意味のない会議を続け、余計な口出しだけして、ケツを拭かない。そして意味なく夜まで会社にいる。そして、それが自分の仕事だと思い込んでいる。

彼らも元々ピッキピキのプロだったはずなのに。なぜそんなことになるのだろう。

賞味期限2年説

「ゲームクリエイターは手を動かさなくなって2年でダメになる」という持論を持っている。ゲーム業界は技術の進化が早くワークフローもあわせてコロコロ変わっていくため、第一線にいた人間でも2年退けば浦島太郎になる、という意味だ。この説を覆して第一線に戻ってこれた人間を、私は見たことが無い。

先の持論を逆に言えば「ゲームクリエイターは手を動かさなくなっても2年間は上手くいく」となる。これが罠なのだ。

例えば、デザイナー(アーティスト)からプランナーにコンバートしたとする。彼はデザイナーとして培った知識を武器に、仕様を出すときもモデルやアニメについてデザイナーと対等に話すことができる。仮モデルを出すのも上手いだろう。同じ釜のメシを食っていたデザイナーからの信頼も厚い。そうやってしばらくは上手くいくし、本人も「俺は両刀使いでやっていける」という自信を持ってしまう。

しかし2年もすれば彼の知識や技術は古くなり、「昔のやりかた」になる。しかし本人はそれになかなか気づかず、成功体験だけが残ったまま、やり方を変えずに仕事を続ける。デザイナーの後輩たちに「俺の頃は」なんて老害染みた精神論を言い始めて煙たがられ、「昔の人」扱いになる。彼がプランナーとして一本立ちしようとしない限り、中途半端な二刀流になってしまうことの方が多いし、実際多くの人がそうなるのを見てきた。

これは色々なところで見られる現象だ。バリバリ手を動かしてたデザイナーがマネージャー職になり、後続の育成をする任を受けた結果、単なるお話オジサンになって終わるのもそのせいだ。2年間はデザイナーのことが良く分かるマネージャーとして機能するが、それ以降はマネジメントのできないデザイナー崩れが残るだけだ。

我が社にはそういうデザイナーが増えてきて、問題が顕著になってきている。今まではどこ吹く風だった大企業病に、ゲーム業界も直面しているという訳である。

仕事ができるやつがマネージャーになっていくジレンマ

こういう現象を加速させている要因の一つが、「マネージャー職=偉い人」という構図だ。プログラマーならプログラミング能力が高いやつが、デザイナーなら絵が上手いやつが、端から何故かマネージャー職になる。会社としては昇進させたいからそうなる訳だが、彼らは制作スキルが高いだけでマネージャーに向いているわけではない。だが、そういうキャリアパスを歩ませるゲーム会社は非常に多い。

これは「バリバリ手を動かすクリエイターを即座に老害化する」スキームであり、デキるスタッフから老害に変えられていくのでタチが悪い。元デザイナーのオジサンたちが解像度の低い会議を続けて何も生み出さなくなる原因の一つだと感じる。

なぜかは分からないが、ダメになるプログラマーよりデザイナーの方が多く感じる。プログラマあがりは、マネジメントや庶務も意外とこなす(これはこれで寂しい絵面ではあるのだが)。社内ネットワークの構築や機材管理などの雑務等、エンジニアの基礎的知識がある人間は、社内である程度のリサイクルが効く。

だがデザイナーはそうもいかない。彼らは無線LANの設定すら怪しい。彼らの取柄は「絵が上手い」という点なのだが、手を動かさなくなったデザイナーのリサイクルはかなり難しい。手を全く動かさなくなっても「デザイナー」という肩書きに拘る人が多く雑務を避ける傾向があり、そしてマネジメントがそれほど上手くない。もっと言えば下手だ。

だから結局、別でマネジメントをする役職が必要になる。ゲーム業界でデザイナーの進捗管理だったりTAだったりの話が活発なのは、「ああ、どこも一緒なんだな」と実感させられる。

本人たちも悩んではいる

私はかつて共に戦った先輩が、手を動かさず口を動かす「おしゃべりオジサン」になってしまうのを何度も見た。「○年前はこうやって作ってた」とか「他のチームではやってた」というタブーワードでグラフィックプログラマーを困らせ、プロシージャルモデリングなんか絶対習得せず、若手に精神論を説くオジサンたち。

私は数度、彼らを問い詰めた。「今の貴方と働きたいと全く思わない。昔の貴方はカッコ良かった」と正直に告げる。彼らは少し悲しそうな顔をしながら、少し笑って「俺もそう思う」と言う。(中には激昂する人もいたが)

彼らの言い分は色々だが、まとめると「もう若さに任せた働き方はできない。絵の上手いやつはどんどん入ってくる。自分はマネジメントに回らなければならず手が回らない」となるだろう。問題はそのマネジメントが下手クソな点なのだが、さすがにそれは口に出せない。

先にも書いたがデザイナーはデザインができるからデザイナーなのだ。入社してからずっとデザイナーだったんだから、マネージャーとしてはほぼ素人だ。当然ヘタクソなのだ。そんなの当たり前なのだ。それなのに、なぜ手を置いて下手くそマネジメントをしようとするのか理解に苦しむ。

しかし彼らはもう消耗してしまったのだ。それだけが事実だ。

私は「プログラマーはアスリートだな」と思っていた。コードと一日中睨めっこするなんぞ若さが無いと無理だと思ってる。今でもそう思っているが、「デザイナーはそれ以上のアスリートなのかも」と思うようになった。モデルを作り、テクスチャを書き込み、リダクションし、リグの動きを微調整する。来る日も来る日も、だ。それは私が思っている以上に精神を削る作業なのかもしれない、と。

でもやっぱり口だけ出すヤツは邪魔

同情はすれど、それでも邪魔なヤツは邪魔。第一線が無理だと悟ったなら、「マネジメント」なんてカッコつけたポジションじゃなく「サポート」に徹してほしい。

年長者の役割はいつだってサポートであって、規制ではない。ココを勘違いされると下は苦しい。

「これはよくない」とか「こういう表現に変えよう」と変えなくてもいい変更を突っ込んでくるオッサン。そういう風に言うと若手はその通りに作って「言われた通りに作りました。次はどうしたらいいですか?」と聞いてくる。若手は言われた通りに作るだけだから成長しない。オッサンは指示が回らずパンクするが、パンクすることで「ああ、俺めっちゃ働いてる」「俺がいないと回らない」と勘違いする。まさに負の循環だ。

私の周りでやっている解決法は、以下の2つだ。

1)優秀なデザイナーは現場に残るよう徹底的に根回しする
マネジメントに行きたいな~、という匂いがしたら行動開始。徹底的に引き留める。次々モデルを出す業務を積む。デザイナー統括部署にも根回しして「マネジメントに回したらコロス」と言う。手を動かしながら後輩が育成できる環境を作る。2年理論を達成しないように手を動かさせ続ける。

2)邪魔なオッサンは現場から離す
2年理論を過ぎて老害化してしまったオッサンは時すでに遅し。「ウチは見なくていいんで」とチームから徹底的に排斥する。名ばかりマネージャー職にしてしまえば本人の自尊心も救われるので意外と上手くいくが、ポストが増えていくばかりになるので健全とは言えないし、どこかで立ちいかなくなる可能性は高い。

いずれにせよ健全とは言い難い。ゲーム作りの現場も老成して、体制の転換期を迎えている。

老いたクリエイターはどうすべきなのか

半ば他人事のように書いたが、私が彼らのようになるのは時間の問題だ。程度の差こそあれ、我々は誰もが老いるし、死ぬまでクリエイターでいられる可能性は残念ながらかなり低い。巨匠と呼ばれた人ですら、一部の例外を除いてモノを作らなくなる。モノを作るには馬力が要るのだ。

でもモノを作らなくなったら終わりな気がする。ずっと作る現場にはいたい。でも手を動かす馬力は無い。だから諦めがつかないように現場の付近をウロウロするオジサンが増える。まるで去勢された犬のように。

定年間際のオジサンたちでチームを作ればいいんじゃないか、という話はたびたび出る。55歳以上で構成してモノづくりをする。「退職までにもう一本」をスローガンに。結果が出る可能性は高くはないとは思うが、若手が頑張る現場に要らんクチを出されるよりはナンボもいいし、老いてもなおモノづくりを必死こいてやるオッサンの方が若手にも刺激になるだろう。

何度か頭の中でシミュレーションしてみるが、PCの手配とか環境のセットアップとかをオッサンたちではできず、結局若手の手を煩わせる世界線が見えんでもない。

老いてもなお、というのは、なかなか難しい。

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