世界一やさしい仁王さま

高瀬 甚太

 斎藤みどりは、二人姉妹の長女として育ち、女子高、女子大と進み、男性との関わりなどほとんどないまま大手企業Mのオペレーターになった。そこもまた女性ばかり十数人の職場で、男性といえば口煩い中年の係長が一人いるだけだった。
 三百数名の社員がいる会社だったが、社内交流はほとんどなく、同僚との交流も少なかった。みどりは、自宅と会社を往復するだけの日々を二年ばかり過ごした。そんなある日のことだ。みどりが二十五歳になったばかりの五月、社内合コンが行われることになり、みどりの所属するオペレーションの部と、営業部の男性社員、計二〇名が会社近くの居酒屋に集合した。
 社内合コンはこれまで数回あったようなのだが、みどりが参加するのはこの時が初めてだった。
一〇人の男性、それぞれが女性と対面する席に着き、合コンがスタートした。
 下は二二歳から上は四二歳までの営業部の独身男性が集まっていたが、女子のお目当てはみどりより一年上の岩崎直哉で、営業成績もよく、ルックス、スタイル抜群の彼は女子たちの垂涎の的だった。
 女子の多くは岩崎の近くに席を取りたがったが、新参者のみどりは、そんな女子たちとは距離を置き、端の方の席に座った。
 女子の中心は、宮城愛子という、みどりより一年後輩の女性で、その可愛いルックスで男性たちの関心を一身に集めていた。元々、合コンに興味がなく、部の先輩女性に誘われて仕方なく参加していたみどりは、居心地の悪さを感じながらも端の方の席で、そんな男女たちの狂騒をただ眺めているだけだった。
 多くの男女は、社会に出ると、途端に出逢いのきっかけが少なくなると言われている。みどりの働く会社でも、そういった事情からか、圧倒的に社内結婚が多く、同じ職場か、合コンを利用しての出逢い、それを結婚に結び付ける男女が多かった。
 幼い頃から異性と遭遇する機会の少なかったみどりは、この会社へ入社する前、ある期待を抱いていた。男性が全体の三分の二を占める会社だ。もしかしたら自分にも素晴らしい出会いがあるのでは、そう思っていた。だが、入社してすぐに夢が破れた。職場にいるのは中年の口煩いだけの主任と課長、食堂や廊下、社内で出会う男性たちの多くは疲れていて覇気に乏しく、みどりの理想とする男性像とは大きくかけ離れていた。
 みどりは、常に夢を持ち、夢に邁進するエネルギッシュな男性を理想としていた。みどりの父は平均的なサラリーマンで、可もなく不可もない平凡な生き方をしてきた人だ。やさしくて思いやりがあって、父親としては好ましい存在だったが、男性としては物足りなさを感じさせる人だった。母親は、父親のように安心できる人の方が幸せになれるよ、と口癖のように言ったが、みどりは、父親を尊敬しながらも、結婚するなら、波瀾万丈でもいい、みどりに夢を与えてくれる人と結婚したい。そう思っていた。
 「いいですか? 少しお話させていただいて」
 合コンのざわめきから一歩外にいたみどりに声をかけてきた男性がいた。
営業部の水戸公平だった。彼は、手帳のようなものを片手にみどりの前に座ると、
 「斉藤あゆみさんでしたよね」
 とみどりの名前を確認すると、
 「一度、お話ししてみたかったんですよ」
 とまん丸い顔をはじけさせるようにして言った。
 水戸公平は、今日の合コンで最年長の四三歳、ずんぐりと丸い体型の彼は、小さな口と二重あごに特徴のある相撲取り体型の男性で、人の良さそうな顔で次々とみどりに質問してきた。
 「斉藤さんのご家庭はご両親と妹さんの四人家族でしたね。お父さんのご出身地はどちらでしたか?」
 水戸がみどりの家族構成を知っていることに驚きを隠せなかった。その上、父親の出身地を聞いてくる。そんなことを聞いて何の意味があるのだろうかとみどりは思った。
 「私の父は和歌山県の出身ですが、それが何か?」
 「和歌山ですか。お母さんはどちらですか? それと斉藤さんの好きな食べ物を教えていただければ――」
 水戸は、まるで身上調査をしているかのように、矢継ぎ早にみどりに質問してくる。それを逐一メモに取っているのだ。
 「そんな質問をなさるより、せっかくの合コンですから、他の女性の方たちと楽しくお話しした方がいいんじゃありませんか」
 水戸は、それでもへこたれなかった。
 「ご両親は入り婿を望まれておりますか? 娘二人ですから、外に出してしまうと――」
 後で知ったことだが、水戸は、機会を見つけては女子社員に質問し、データを収集して、それをもとに自分に合う女性を見つけようとしていたのだ。
みどりが答えずに黙っていると、水戸は手帳を勢いよく畳んで、別の女性の席に向かった。水戸が四二歳の今も独身でいるわけがみどりにはわかったような気がした。人を好きになる、人を愛するということは、自分の好みにピッタリ合うこととは別のものではないか。恋や愛は、冷静に分析して相手を見極めることではなく、もっと衝動的な本能的なものではないだろうか、恋をしたことのないみどりだったが、水戸を見て、漠然とそんなことを思った。
 その後、みどりの前に二、三人の男性がやって来たが、話の内容が、愚痴や不満の類が多くて、興味を抱かせる男性は一人もいなかった。
 合コン合コンの終盤になって、何組かのカップルが誕生したようで、人気を集めていた岩崎と宮城がカップルとなってみんなに祝福された他、二組のカップルが誕生して、盛り上がりを見せ、会が終焉した。
 岩崎と宮城、もう二組のカップルは、散会になった後、それぞれ街の中へ消えて行き、それを見送りながら、みどりは帰る方向が一緒だった吉川昭代と共に駅に向かった。
 「つまらない合コンだったわ。もう二度と参加しない」
 吉川は、酒の酔いも手伝って、電車の中で吐き捨てるように言った。吉川もまた、岩崎を狙っていた中の一人だった。
 「どうせ、あの二人、長続きしないだろうけどさ」
 確信ありげに言った後、吉川はひとしきり宮城の悪口を口にした。宮城には高校時代から続いている一つ上の彼がいる、その彼から岩崎に乗り換えようとしていると話し、宮城がいかにつまらない女か、岩崎は付き合って初めて思い知るだろう、そんなことを次々口にして、ため息と共に、吉川は結婚という言葉を口にした。
 「結婚したいわ。働くのはもう嫌、でも、いい男ってなかなかいないものね」
 吉川が、経理部の川本正一という既婚男性と不倫をしていたのは、女子の間では有名な話だ。川本は経理の主任で三二歳、どんなプロセスを経て交際するようになったのか、詳しい話は知らなかったが、不倫関係が一年ほど続いた後、川本の奥さんに関係がばれて、別れたのだと以前、吉川から聞いたことがある。
 吉川はみどりの下車駅より三駅早い駅で降りた。別れる間際、吉川はみどりの顔を見て、「斉藤も早くいい男性、見つけなよ」
と酔いの醒めた顔で言った。
 社内の女性との付き合いは、一緒に酒を呑みに行くといった形でこれまでも何度かあった。時には、一人暮らしの女子社員の元へ数人で押し掛けたことがあり、そんな時、決まって話題の中心は男性のことだった。酔いに任せて男性とのセックス体験の話が語られる。ほとんどの女性がセックスを経験していたので、みどりは、男を知らないことを悟られまいと、適当に話を合わせるのだが、好きな人との秘密の行為を赤裸々に話す心理が理解できず、そう言った付き合いから自然に足を遠のかせるようになった。
 両親は、みどりが男性との付き合いがないことをあまり話題にしなかった。それでも結婚は二十代のうちにするようにと言い、好きな人が出来たら必ず家に連れてくるようと言った。好きな人――。心をときめかす人などその時はまだいなかったから、好きな人が出来たら紹介するね、と言うのが精一杯だった。

 会社の昼休み、いつものように食堂で同じ部の女子たち数人と食事をしていると、一人の男性がツカツカとみどりの元へ歩み寄ってきた。
 「すみません。斉藤さん、ちょっとお時間よろしいですか?」
 男性は、総務部で働く三十代の男性だった。顔は知っていたが名前までは知らなかった。突然のことで、みどりがキョトンとした顔で男性を見つめていると、
 「お食事中、申し訳ありません。私、庶務課の園部と申します。十一月に行われる、わが社の五〇周年記念イベントの担当責任者を任されているものですが、そのイベントスタッフにスタッフとして参加してもらえないかと思い、お願いに上がりました」
 「イベントスタッフの一員に私がですか?」
 みどりは驚いて聞き直した。
 「そうです。ぜひとも協力していただきたいのです」
 園部は、大柄な体格の仁王のような顔をした男性だった。断ることなど絶対に許さないといった強い口調でみどりに迫ってきた。
 「でも、なぜ、私なのですか? 他に立派な人がたくさんいらっしゃるのに」
 みどりは自分が選ばれた理由を知りたくて聞いた。
 「あなたに手伝っていただきたいのです。そう思ってお願いに上がりました。よろしくお願いします」
 否も応もない強引な態度に、みどりは断る口実を見出せず、素直に、
 「はい、わかりました」
 と返事をした。
 会社が来年春に、創立五〇周年記念を迎えることは知っていたが、そのイベントスタッフに選ばれることなど考えてもいなかった。各部署から数人が選ばれるのだろうと思っていたが、そうでもなく、みどりの部署ではみどり一人で、全体でも七名ほどの少数だった。実行責任者が園部大吉で、園部の上にイベント統括責任者の梶谷次長がいた。みどりを除く六名を梶谷次長が選び、みどりだけが園部の推薦であったと、後で聞かされた。
 なぜ自分が選ばれたのか、みどりは不思議で仕方がなかった。それでも、受けてしまった以上、尻込みするわけは行かない。週に一回か二回、就業時間を終えた後、イベントスタッフが集まって園部を中心に開く会議に、みどりは積極的に参加することにした。
 声も大きく、態度もでかい園部はここでも規格外だった。七人のスタッフのやる気を鼓舞しながら、大胆に企画を進めて行く。ボサボサの髪の毛、無精ひげを残した顔、目だけがギラギラして、異様な存在感を見せる園部がなぜ庶務課にいるのか不思議で、みどりは同期の庶務の女子に聞いたことがある。庶務の女子は、園部に好感を持っているようで、笑みを湛えてみどりにこう語った。
 「園部さんは、会社始まって以来の問題児というか、規格にはまらない人で、元々は営業部に所属していたんだけれど、行動力があってやる気もあるので営業成績は悪くなかったんだけれど、得意先と衝突することが多くて――、上が太っ腹なら、園部さんを掌握できたんだろうけれど、うちの会社の上司って、みんな小心で自己保身に走る人ばかりだから、結局、営業をクビになって、いろんな部署をたらいまわしにされた挙句、庶務課に来たというわけ。今回のイベントの責任者にしても、庶務課の担当でやることになって、園部にでもやらせとけと言うことになって決まったようなもので、庶務の他の人間はみんな敬遠していたわ」
 園部の評判は、会社の中でも最悪だった。猪突猛進型の融通の利かない人間として男性社員に低評価されているようで、みどりも初めて話した時の印象もそうだったが、強引で有無を言わさぬ態度は強固な意志を感じさせた。誰もが少し退いてしまう、そんな暑苦しさが園部にはあった。平均的な人間が揃った自分たちの会社で敬遠されるのは当然のことだろうとみどりは思った。
 五〇周年記念イベントに何をするか、スタッフ会議で検討する際も、集められたスタッフは何も意見を持っていなかった。みどりもそれは同様だった。
 「楽しいイベントにしたい。俺はそう思っている。五〇周年を俺は、会社をさらに発展させるステップにできればと考えている。そのためには、記憶に残る楽しいものにしたい。
 儀礼に則った堅苦しいものなんか、管理職の自己満足で、社員は退屈なだけだ。五〇周年イベントを、俺は社員のためのものにしたいと思っている。弾けたイベントにしようや」
 しかし、園部のイベントに対する熱い思いはスタッフにはあまり通じていなかったようで、園部の話に感銘して手を叩いたのはみどり一人だけだった。
 五〇周年記念イベントを楽しいものにする、そのコンセプトに立って、園部は、強引とも思える方法でスタッフを引っ張って行った。みどりを含めた七人のスタッフは、男性四人、女性三人で構成されていて、その中には園部と同期の経理課の男性もいた。吉川と不倫交際をしていた川本という男だ。川本は、園部の考えに反旗を翻し、上層部に喜んでもらえる五〇周年らしい儀式を中心としたものにするべきだと意見を述べた。しかし、あまりにも卑屈な上司にひれ伏すようなその企画にはスタッフの誰もが賛成しなかった。
「わが社のバネになるようなイベントにしよう。社員たちが喜ぶイベントとは何か、それを考えよう」
 園部の考えや思いは、最初のうちこそ受け入れにくいものがあったが、その真摯に取り組む姿勢や、一貫した態度に、いつしか、川本を除く六名のスタッフは、心から賛同するようになった。
 川本は、吉川と関係を持ちながら、吉川に対して一切の責任を持たず、甘言を弄し、吉川を凌辱しつくし、奥さんに不倫がばれると、すぐさま吉川を切った男だ。上司に不倫を詰問された時も、彼は吉川を擁護せず、吉川にたぶらかされたと言いつくろったようだ。そんな川本だったから、上司が嫌がるかも知れない企画に賛同できなかったのは当然のことであっただろう。これ以上、イベントに関わりになると出世に影響が出ると考えたのか、彼は家庭の事情と称して、イベントスタッフから身を引いた。
 結局、川本が退いた後も、人を補給せず、六人のまま企画は進行した。会議を終えた後、何度か園部に先導されて一緒に呑みに行ったことがあった。
イベントを成功させるという目的を持った集まりは、同じ呑み会でも、先日の合コンとはまったく違う楽しい会になった。酒を呑みながら、さまざまな企画をディスカッションし、それに対して園部が意見を述べる。驚いたのは、自分の考えを強引に推し進めるタイプだとばかり思っていた園部が、みんなの意見を真摯に受け止め、その上で意見を述べる、スタッフの意見を決してないがしろにしないその態度を見て、みどりは秘かに園部を見直した。
 「斉藤さん、ご苦労さんだね。いつもありがとう」
 園部から直接その言葉をもらったのは、みどりがイベントスタッフになって三か月目のことだ。園部は、しわくちゃのカッターシャツによれよれのネクタイを締めて、真っ赤な顔をしてみどりに言った。この頃になると、みどりもすっかりスタッフたちみんなに慣れ、堂々と自分の意見を述べられるようになっていた。
 「申し訳ないが、今日、少し時間をもらえないだろうか?」
 就業時間を終えた後、会議が行われ、その会議が終わった後のことだ。自分の役割について、個別に指導でもあるのかと思い、みどりは快く応じた。
会社の外に出た園部は、すっかり人通りの少なくなった歩道を歩きながら、みどりに言った。
 「斉藤さん、前からあなたに言わなきゃいけないと思って来たことがあります」
 みどりはドキッとした。園部は自分に何を注意しようとしているのか、みんなの前では言えないから、二人きりになって意見をしようとしているに違いない、そう思ってみどりは身構えた。
 「申し訳ありません。私、至らないことが多くて――」
 先にに謝っておこう、そう思ってみどりが園部に謝ると、園部はポカンとした顔をしてみどりを見て、突然、大きな声で笑い始めた。
「い や、そうじゃないんだ。きみに注意をするために呼んだわけではなくて、これはまったく違うことなんだ。どうか気を悪くしないで聞いてほしい」
 と断って、園部は足を止め、みどりに面と向かって対すると、大きな声で言った。
 「斉藤さん、俺はあんたが好きだ! 社内であんたのことを見た時から、あんたのことが気になるようになって、何とか話すきっかけを掴みたいと思っていた。そんな時に、イベントの実行委員長を頼まれ、ことに乗じて俺はあんたをスタッフに誘った。スタッフとして一緒に行動をするようになって、俺はますますあんたのことが好きになった。返事はいつでもいい。俺のことをほんの少しでもいい、考えてくれないか。――断ってもいい。断られるのを承知の上で言っているのだから」
 一気に喋った園部は、話し終えた後、
 「突然、こんなことを言って申し訳ない。でも、俺の正直な気持ちだ」
と言って、みどりに頭を下げ、
 「今日はこれで失礼する」
 と言って、みどりの元から去ろうとした。
 「園部さん、ちょっと待ってください」
 みどりが声をかけた。みどりも園部に聞きたいことがあったのだ。
振り返った園部が一瞬、不安な表情を浮かべた。断られるとでも思ったのだろう。
 みどりが言った。
 「私を一生大切にしてくれますか?」
 足を止めて振り返った園部は、しばらくの間、仁王のような顔で、口をポカンと開けていたが、やがて、気を取り直し、腹の底からあふれ出るほどの大きな声で叫んだ。
 「俺は、あなたにとって、世界一やさしい男になる。約束する!」
 「じゃあ、私も園部さんのことを世界一幸せな旦那さんにします」
 園部の雄叫びが月夜に轟き、みどりは園部の胸の中に飛び込んだ。

 ――五〇周年イベントは、予想もしない反響を呼んだ。社員のための社員によるイベントと称して、ハロウィンパーティを思わせる仮装を義務付けて開始されたイベントは、社長は言うに及ばず重役たちも思い思いの仮装をして式に挑むことで、従来ありがちな堅苦しさが抜け、笑いの絶えない愉快なイベントになった。
 社長は、式辞を述べる中で、
 「最初は怒った。そんなふざけた五〇周年があるかと、だが、そのうち考えが変わった。経営者と社員が気持ちを通じ合わせるためだと実行委員長の園部が言ったからだ。気持ちが通じあわなければ訓示をしても意味がない。ただ、形だけ祝うようなものであれば、それもまた面白くない。うちの会社は全体に覇気に欠けている。型にはまった人間ばかりが集まって、この先、発展などするはずがない。従来の会社のありようを破壊し、新しい息吹を挙げましょう。園部は言った。社長に説教するなど一〇年早い、そう言ってやりたかったが、やめた。園部の言う通りだと思ったからだ。みんな、今日は楽しもう!」
 スーパーマンの仮装をした社長はそう言って全員に訓示をした。ドラえもんの紛争をした常務が隣に立ち、専務は「あしたのジョー」の丹下団平に扮している。いつも口煩いみどりの部署の係長はバレリーナの紛争をしていた。みんな大笑いした。ちなみに吉川は男装の麗人、水戸はバットマンのスタイルだったが、太ったバットマンは見ていて息苦しく、すぐに目をそむけた。
 園部は鉄腕アトム、みどりはウランちゃん。宮城さんはシンデレラ姫、でも岩崎くんは休んでいた。吉川が予想した通り、二人の交際は半年も続かず、岩崎が宮城に振られたともっぱらの噂だったが、真相は誰にもわからない。お似合いのカップルだと思ったのに、交際して半年で破局など、芸能人顔負けのスピード破綻だ。
 みどりと園部は、イベント終了を待って籍を入れることにした。両方の親にはすでに了解済みで、来月結婚式を挙げ、新婚旅行はハワイに行くことになっている。
 イベントの成功が功を奏して、園部はその後、企画課の課長に抜擢され、逆に、川本は、経理から庶務課に移り、主任だった役職をはく奪された。
 みどりは専業主婦になり、会社を退職した。園部のボサボサの髪の毛をきれいに散髪し、皺だらけだったカッターシャツにアイロンをかけ、よれよれのネクタイをきれいなネクタイに買い替えるなど、やることがたくさんありすぎて、毎日が忙しくて仕方がなかった。後三カ月もすれば子供が誕生する。園部は子供が生まれる前から親馬鹿ぶりを発揮して、おもちゃを買い集めていた――。

<了>


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