世界一幸せな料理

高瀬　甚太

　十二年も前のことになる。
　私はあの頃、二十四歳だった。大学を卒業したものの就職できず、一年ほどアルバイトをして、二年目の春に中小のスーパーに就職をした。
　就職したものの仕事に夢が持てず、ただ何となく働き、何となく生きている。そんな毎日を過ごしていた。
　学生時代から交際している女性がいた。しかし、就職浪人中にちょっとしたことで仲たがいをし、別れた後、女性との交際にわずらわしさを感じたこともあって、しばらく一人でいることにした。
　仕事を終えると、その頃、趣味にしていたボーリング場に通い、一人で練習に励んだ。ブームが過ぎた時代であったから、ボーリング場の混雑もそれほどではなく、予約も楽に取れた。
　ボーリングのアベレージは一八〇とまあまあだったが、どんなに頑張ってもそれ以上、アベレージがアップすることはなく、週に三回、四ゲームか五ゲームほど投げて、家路に着くのが常だった。毎回、決まったパターンの生活を繰り返していた私に変化が訪れたのは夏の真っ盛りのことだった。
　スナック『エリー』は、カウンターだけの店で十人も座ればいっぱいになる、小さな店だった。ボーリング場で知り合った同年代の葛城隆に誘われて行ったのが最初で、以来、ボーリングの帰り、必ずその店に立ち寄るようになっていた。
　カウンターの中に女性が一人いるだけで、他に働いている者は誰もいなかった。木戸綾子は、その店で働く唯一の従業員だった。背がスラリとして高く色が白い、黒い縁取りのメガネをかけている以外に特徴のない女性であったが、清楚で明るく、人懐っこい笑顔に魅力があった。
　「姉が戻って来るまでの間、手伝っています」
　綾子と初めて話した時、「本来の経営者である綾子の姉、田神信子が急性の腹膜炎で入院したため、自分が店を手伝うことになったのだ」と説明をし、
「でも、後一カ月ほどで姉が復帰するのですよ」と語った。
　客として店に出入りし、綾子と話すうちに、その人柄に強く惹かれるようになった私は、いつしか綾子に好意を持つようになった。
　学生時代に私が交際していた女性は、わがままなところが目立つ自己愛の強い女性で、そのため私は幾度となく彼女に翻弄され、多分に辟易していたところがあった。その彼女とは、何度か喧嘩を繰り返した後、自然消滅のような形で別れた。それが大学を卒業して半年後のことだった。
　綾子は、私が交際した女性とは比較にならないほどやさしい心根を持った女性であった。よく気が付き、思い遣りの深さがそばにいるだけで伝わって来た。
　しかし、私の思いを彼女に伝えることは至難の業であった。私は綾子にとって、客の一人でしかなかった。口説こうにもその距離は遠かった。気持ちの高まりとは裏腹に、何のアプローチもできないまま、悪戯に時が過ぎ、やがて綾子の姉が戻ってくる日が近づいていた。

　その日、私はボーリング場で五ゲームを投げて、アベレージ二四〇と驚異的な数字を挙げた。高揚した気持ちを抱えて『エリー』に入ると、綾子と綾子の姉の信子がカウンターの中にいた。客は四人ほどいて、私が入ると五人、いつになく多いような気がして戸惑いながらカウンターの前の止まり木に腰をかけた。
　「杉下さん、お世話になりました。私、この店、今日までなんですよ。姉が無事、復帰しましたので」
　カウンターにグラスを置きながら綾子が言った。
　「杉下さんですか。いつもありがとうございます。綾子が大変お世話になりました」
　綾子に似た顔立ちの信子が私の前に立ち、綾子と共に深々と礼をした。
　「いえいえ……、でもよかったですね。無事にご退院できて」
　綾子より五歳かもう少し年が上だと思われる信子は、結婚しているだけあって、その様子から落ち着きと貫録のようなものが垣間見られた。
　グラス一杯の水割りを口にして、私は、先ほどまでの高揚感がスーッと抜け出て行くような感覚を覚え、少し寂しい気持ちになった。
　明日からもう綾子と会えないのだ。その残念な気持ちが私の顔に現れていたのだろうか、近づいてきた綾子がそんな私の気持ちを見透かすようにして言った。
　「杉下さん、私もボーリングを始めようと思っているんです。教えていただけますか？」
　口に入ったアルコールを飲み込んで、激しく咳込むほど驚いた私は、思わず綾子の顔をみた。冗談を言っているような顔には見えなかった。

　三日後、綾子がボーリング場にやって来るまで、私は、本当に綾子がボーリング場へ来るとは考えてもいなかった。私を気遣って、喜ばせようとして言ったのだろう、そんなふうに思っていたからだ。だからボーリング場に彼女が姿を現した時は本当に驚いた。驚きながらも嬉しかった。
　初めてボーリングをしたというわりには、綾子の筋は決して悪くなく、元々、運動神経がよかったのだろう、少しコーチをすると、投げるたびに上達し、その日のうちにアベレージ百三〇に到達した。
　綾子は短大を出た後、栄養士の資格を取って、障害者施設の栄養士職員として働いていた。私とは年齢が二歳しか違わず、そのため、話はよく合った。
　特に気が合ったのは、プロ野球だった。私は幼い頃から阪神タイガースのファンだったが、彼女もまた熱狂的な阪神ファンだった。彼女がボーリングを初めて以来、私たちの仲は急接近し、ボーリング場だけでなく、一緒に酒を呑み、食事をするまでの仲になった。
　綾子と一緒にいると気分が楽だった。変な気を使わずに済んだし、何より、彼女はやさしかった。二か月、三か月と日が経つうちに、私は、彼女とずっと一緒にいたい、そんな気持ちになった。その頃にはもう、私は彼女以外、考えられなくなっていた。
　愛に目覚めると、今度は将来のことについて真剣に考えるようになった。
　就職したスーパーの仕事は、決して悪い仕事ではなかったし、給料も、また待遇も悪くはなかった。そのままここで働いてもよかったのだが、綾子と出会って、綾子のことを真剣に考えるようになってからというもの、気持ちが変わり、一念発起して料理の勉強を始めた。
　料理の勉強と言っても、飲食店の経営の勉強が主だった。金を儲けたいと思う気持ちよりも、栄養士の綾子と一緒に店をやりたい。その気持の方が勝っていた。
　半年して、私は、綾子に結婚を申し込んだ。その頃にはもう黙っていてもお互いに意志が通じるようになっていた。彼女は、私の言葉に素直に頷き、返事の代わりにたくさんのキスをくれた。
　私は、私の夢を彼女に話した。小さいけれど、地に足を付けた真剣な夢だった。綾子は反対をしなかった。一緒に夢を追いかけたい。そう言って涙を流した。
　一年後、私たちは結婚式を挙げた。街にある神社で、少人数だったけれど、幸せな結婚式を挙げた。
　新婚旅行は、二泊三日の九州への旅に出た。本当は海外や北海道、沖縄、どちらかに行きたかったのだが、彼女の提案でお金を始末して近隣への旅に出ることにした。
　その年の五月に私はスーパーを退職した。丸五年務めたことになる。退職してすぐにレストランに料理見習いとして就職した。
　公団住宅に住み、綾子もずっと障害者施設で働き続けていた。幸せだった。毎日が淡々と過ぎ、夢の実現へ一歩ずつ確実に近づいていた。
　一年後、子供を授かった。産もうか産むまいか、悩んだ末に産むことを決断した。決断には綾子の姉の信子の助言が大きく働いた。信子は、自身が仕事を持っていたため、出産を断念し、子供を堕胎した。それが災いして、以後、子供ができなくなったという。だから、決して堕胎してはいけない。そう言って私たちを諭した。
綾子は障害者施設を妊娠六か月目に退職し、出産に備えた。私も彼女に無理をさせないよう努めて気を付けた。
予定日のその日、朝から雲一つない、いい天気だった。出産に備えてすでに入院していた綾子は、夕方になって陣痛が起こり、分娩室に入った。日付の変わる時間帯になって、子供が誕生した。二千七百グラムと小さな女の赤ん坊だったが、元気な泣き声を上げて、私たちを大いに喜ばせた。
夜泣きが激しかったが、それ以外は順調に、沙織と名付けた子供はすくすくと育っていった。綾子も半年ほどは体調を戻すのに時間を要したが、半年過ぎた辺りから正常になった。子供が生まれると、部屋の中が数ワット明るくなる。そんな話を聞いたことがあったが、数ワットどころか私には、沙織の存在が、部屋の中に太陽がある、そんな感じに思えた。
一年過ぎた頃から、綾子は働きたいと言い出したが、私は、もう少し子育てをしたほうがいいと言って彼女を諭した。贅沢ではなかったが、何とか普通の生活ができるほどに私はレストランの仕事でお金を稼ぎだすようになっていた。
子供が三歳になった年、いい物件が見つかった。駅から少し遠かったが、近くに高層マンションが立ち並び、決して悪い場所と思わなかった私は、綾子と共に下見をしに出かけた。飲食店は場所次第だというが、その通りだと私は思っていた。至便な場所に越したことはないが、周りの環境も重要になってくる。
綾子は場所とテナントを見て、一目で気に入った。それを綾子は女の直感だと言ったが、静かで、しかも落ち着いた建物は、自分たちが所望するレストランのイメージにピッタリのように思えた。
私たちの計画するレストランは、会社員や働く人を目当てにしたものではなかった。むしろ、主婦層を狙っていた。私たちは、従来のレストランの感覚を少し逸脱した、カロリー重視、栄養を考慮したヘルシーなレストランを模索していた。
本格的に店を開店したのは、場所を決定してから半年後のことだった。店舗を改装し、若い主婦たちが好んで立ち寄るイメージを意識した。細かなことにも注意を払い、若い主婦層が口コミで集まってくるような店を作り上げた。
『さおり』と娘の名を取って付けた店は、開店当初こそ苦心したが、一カ月、二カ月と経つうちに、予想通り、主婦層が昼、夜、関係なく群れを成して集まるようになった。
私たちが抱いていた夢が実現し、綾子と私の二人三脚で営業する店は、日を追うに従って繁盛を極めた。
店が潤い、安定した稼ぎができるようになると、私の中に少し余裕が出てきた。それが、夜遊びになり、綾子以外の女への執着に変わった。
夢を実現するまで、私はひたすら仕事に精進していた。その間、すべての遊びを断っていた。あれほど好きだったボーリングさえ一度も行っていなかった。
その箍が外れたのは、店が順調に行き始めた三年目のことだった。レストラン時代の仲間だった先輩に誘われて入ったスナックで、そこでアルバイトとして働いていたアキという女に出会い、その女性の妖しい魔力に惹かれ、夢中になった。
アキは、小悪魔のような容姿と、奔放なセックスで私を翻弄し、私は瞬く間に彼女の虜になってしまった。
綾子に気付かれるのは時間の問題だった。アキの存在を知ると、すぐに離婚話に発展した。綾子は浮気や不倫を許せない女だった。
私は、その時になって大いに慌てた。誰よりも大切な女性、私にとってかけがえのない人は綾子しかいない。そのことにようやく気付かされたからだ。
しかし、だからといってアキとの仲も切れずにいた。アキには、綾子にはない肉感的な魅力があった。思い悩んでいるうちに綾子は沙織と共に家を出て帰って来なくなった。
綾子の名前を記入した離婚届が送られてきたのはそれから一週間後のことだった。
置き去りにされた私は、仕事もろくにできなくなった。そうなるとアキへの関心も薄くなり、綾子と沙織のいない現実に悩むようになった。私は取り返しのつかないことをしてしまったと、深く思い悩み、夜もろくに眠れなくなった。
思い余って綾子の姉、信子の元を訪ねた。しかし、けんもほろろに扱われ、別れてやってくれ、とまで言われる始末で、途方に暮れた。
アキと別れるのにも一悶着あった。しかし、結局は金であったことがわかり、向こうの言い分通りの金を支払うと、アキは何の未練も残さず去って行った。
　そんな時だった。綾子から電話がかかって来たのは――。
　「離婚届に署名して、早急に送ってください」
　とだけ伝えて、有無を言わせない形で綾子は電話を切った。その中で唯一の救いは、送り先の住所がわかり、綾子の現在の居場所がわかったことだった。
　『さおり』は休業して二週間目を数えていた。このままでは潰れてしまう。そのことを自覚しながらも開店させることができなかった。『さおり』は、綾子の力が必要な店だった。
　離婚届を手に、私は、送り先の住所に向かった。そこは、綾子の実家で、綾子は沙織と共に両親の元にいた。
　綾子が家を出た後、何度か私は綾子の実家に電話をした。だが、いずれの場合も『来ていません』の一言で無碍もなく断られていた。
　私が綾子の両親の元を訪れた時も、綾子の母に玄関で危うく追い払われそうになった。私の声を聞いた沙織が飛び出て来なければ、私はそのまま立ち去るしか術がなかっただろう。
　綾子の両親の家に上がった私は、綾子の前に立つと、頭を畳みにこすりつけるようにして詫び、帰って来てほしい、と心から懇願した。
　綾子は黙ったまま、何の返答もしなかった。私は何度も何度も、綾子に謝り、自分にとって綾子がいかに大切な存在かを伝えた。
　その時、突然、私の背中に小さなものがぶつかった。
　「パパ、おんぶして」
　沙織だった。
　畳に頭をこすりつけ、涙を流し、謝る私の背中に飛び乗るようにして沙織が言った。
　「パパ、抱っこして」
　「パパ、キスして」
　沙織が矢継ぎ早に言って、私に絡みついてきた。仕方なく私は体を起こし、沙織を抱き上げ、抱っこをした。久しぶりに抱く我が子は愛しかった。私は沙織の柔らかな頬にキスをした。すると、沙織が何度も何度もキスを返してきた。
　私が綾子にプロポーズをした時、返事の代わりに何度も何度も綾子がキスをしてくれたことをその時、ふと思い出した。
　
　「夢はまだ途中なんでしょ！」
　綾子の言葉に思わず我に返り、私は沙織を抱いたまま綾子を凝視した。
　「店を出すことが夢の終着駅じゃないんでしょ」
　綾子は、涙を溜めた目で私を見つめて言った。
　その夜、綾子と沙織は家に戻った。綾子の怒りが完全に解けたわけではなかったが、沙織が私に抱きついて離れなかったことで綾子も折れたようだった。
　その夜、綾子は沙織と共に眠り、私は別の部屋で眠った。綾子と沙織が帰ったことで、私は少し安堵し、横になった。眠りに誘われながら、綾子の言葉を思い出した。
　――そうだ、夢はまだ途中なのだ。
　店を作ることだけが夢ではなかった。店を開店し、客が順調に入ってくれたことでいつの間にか私は満足し、慢心していた。だが、私の夢は、いや、私が綾子と共に見た夢は、さらにたくさんの人に私と綾子の料理を食べていただくことであり、私たちの作った料理で幸せを感じてもらうことだった。
　確かに店は繁盛していたが、それはまだ果たしていなかった。繁盛するのと幸せを感じてもらうのとは違う。
　その証拠に二週間、店を閉めただけで、客は遠のいた。
　二週間ぶりに店を開店したが、客はまばらで以前の賑わいは戻って来なかった。客は移り気だ。休んでいる間に、新しくできた店に流れて行った。私の店はまだ本物ではなかったのだ。
　綾子との仲はまだ修復していなかった。そのことを気にしながらも、私は、自分の作る料理に何が足りなかったか、懸命に考えた。
　栄養バランスを取った料理、主婦を対象に、主婦を意識した店舗を作り――、それは一見、成功したかのように見えた。だが、私たちが実践したそれは、単なるアイデアを実現しただけのものに過ぎなかった。本物ではなかったのだ。本物ならたやすく客は離れない。
　閑古鳥の鳴く店内を眺め渡しながら、私は深く落ち込んでいた。そんな私に綾子が言った。
　「私たちは、客が本当においしいと思う料理を作っていなかったのよ」
　「おいしい……？」
　「料理は舌だけで味わうものじゃないでしょ。目で見て、心で感じ、舌で味わい、体全体で味わうものでしょ。客が去ったのは、店を休んだからかも知れないけれど、それは一つの要因で、本当においしい、客の望む料理を作っていなかったから客が離れたのじゃないかしら……」
　綾子の言葉が私を痛く直撃した。私は猛省し、原点に立ち返ることを考えた。
改めてもう一度、自分の料理を再点検し、メニューを一から考えなおすことにした。それまでの私は、経営の方に頭が偏っていて、綾子の考えるヘルシーな面を強調すれば客は喜ぶものだとばかり考えるようになっていた。見かけにこだわった料理作りを実践し、主婦層を意識したレイアウト、店舗づくりを実践すれ必ず客は集まると単純に考えて、儲けを優先させてきた。その中で欠けていたのは、本当においしい料理を作るという、レストランとして、ごく当たり前のことだった。
市場や地方に足を運び、素材を吟味するところから始めた。野菜一つとってみても、産地によって味が違う。旬によっても大きく違ってくる。客が旬のものを食べたいと望むのは、旬のものには季節の味わいがあるからだ。そんなことさえ考えずに、今までは素材を選ぶことよりも綾子の考える栄養面、ヘルシー面に重きを置いてきた。
料理の味付けもそうだ。栄養面、カロリー、ヘルシーを考えるのはもちろんだが、味付けには工夫がいる。素材を生かし、何度でも食べたくなる飽きのこない料理を作るには、料理人としての覚悟もいる。その覚悟が足りなかったことに私は改めて気づかされた。
二週間、店を休業して、私は新しいメニュー作り、味へのこだわりを追及し続けた。綾子が私を補足し、私が作ったものを味わって注文を付けた。
そうやって夢中になって取り組んでいるうちに私と綾子の仲が少しずつ元に戻った。私たちは以前にもまして仲の良い夫婦となった。
人が一人では生きられないように、夫婦もまたお互いに助け合い、お互いを必要としてこその夫婦である。私たちは、真の夢の実現に邁進した。
二週間休業した後、ひっそりと店を開店した。多分、訪れる人の数は極端に少ないだろうと踏んで、仕入れは少なめにしていた。
昼は秋の新鮮な季節野菜をふんだんに盛り込んだランチを作り、それを目玉にした。店の表に掲げた、秋の新鮮野菜のコピーと料理を映した写真が功を奏したのか、店の前を通る人が足を止め、それをじっと眺める光景が目に見えて増えてきた。
やがて、そのうちの何人かが、店の中へ入って来た。一人二人と入って来て、私と綾子は丁寧な応対を心掛けながら食べ終わった客の反応に注目した。味には自信があった。しかし、それは綾子の評価であって、客の評価ではない。私たちはドキドキしながら客の動向を見守った。
食べ終わり、レジに立った主婦の一人が、料金を受け取る綾子に笑顔で言った。
「よかったわ。また来るわね」と。
他の客も一応に満足な笑みを浮かべ席を立った。私たちは、それを見て、秘かに確信を持った。さらに努力すれば、客は戻って来ると。そして、今度こそ幸せを感じてもらえる料理を作れると――。
小さな店だが、地域と共にゆっくり成長して行こう。そして、料理を食べた人に満足感と幸福感の両方を味わっていただくのだ。
私は綾子と共に新たな誓いを立てた。
――夢に終わりはない。到達すれば新たな夢がまた一つ増える。世界一幸せな料理を作る、そこに到達するまでにはまだずいぶん時間を要しそうだが、綾子とともに、愛を育みながら日々、努力して歩んでいきたい。夢を追いかけて――。
<了>