兄が犯した詐欺犯罪

高瀬甚太
 
 山本和重のその後の様子について、
 「どこにいるか、知りませんか?」
 と、尋ねてきたものがいたが、私は、
 「知らない」
 と答え、相手にしなかった。だが、その者は、それでもなお私の事務所にやって来てしつこく山本の様子を尋ねた。そうした問答を二、三度、繰り返したあげく、私は彼に聞いた。
 「きみは山本といったいどんな間柄なのか」と。
 男は姿勢を正し、
 「自分は山本の弟の山本隆弘です」
 と答えた。
 山本に弟がいるとは思わなかった私は、驚いて男を見た。そう言われてみたら似ているようなところがあった。
 「弟さんなのに彼の行方を知らないのか?」
 山本和重の弟の隆弘は、悪びれずに「はい」と答えた。
 
 ――半年前のことだ。私は山本和重という男に初めて対面した。山本は、小太りの人の見るからによさそうな顔をしていた。年齢にして四十代後半だろうか。新調したスーツを着て、決してお金に困っている風には見えなかった。
 「いい企画があるのですが聞いていただけますか?」
 出版企画を専門にしているという山本は、私に企画を提案してき。山本のように企画を売り込みに来て、利鞘を稼ぐ商売をしている連中がたまにいる。出版社は企画と聞けば一応、聞いてみようか、という気持ちになる。その時の私もそうだった。
 「芦屋に高齢者たちが作ったサークルがありましてね。元大会社の経営者や、富豪たちが寄り集まって、若い人たちを応援しようというサークルです」
 と言って、山本は私に、そのサークルの人名名簿を見せた。
 名簿を見ると、関西の一流の人たちの名前が列記されている。およそ一〇〇名ばかりいただろうか。名の知れた人ばかりで、よくこれだけ集まったな、と感心するほどのものだった。
 「このグループで本を作ろうという話が持ち上がりました。提案者は××建設の初代オーナー、菱川洋一郎さんで、自身を含めて、喜寿の祝いを迎えるメンバーが三十数人いたことから、記念に本を発刊しようということになりました。ついては関西の出版社にお願いをした方がいいだろうということになって、私に相談がありました。条件は、完成した本をそれぞれ300冊買い受ける、つまり1冊三〇〇〇円を想定していますので、一人当たり九〇万円、消費税を入れておよそ百万円ほどが入ることになります。現在のところ三十人の名前が挙がっていますので、二七〇〇万円の売り上げになります。印刷代を含む製作費は、悪く見積もっても一千万円以内で収まると思いますので、一七〇〇万円が利益になると思います。制作期間は五カ月、先方は暮れまでに完成させてくれればと言っております。時間は充分にあると思います。この企画、こちらの出版社でお引き受け願えませんか?」
 山本が算段する金額を聞いて驚いた。一七〇〇万円もの収益を1冊の本で上げるなど、夢みたいな話であったからだ。もし、本当の話なら、当社にとっても千載一遇のチャンスといえる。願ってもない話だった。
 「当社でいいのですか? また、なぜ、当社を選ばれたのでしょう」
逸る心を抑えながら確認した。本当はすぐにでも承諾したかった。だが、もしもということもある。出版企画による詐欺被害は少なくなかったからだ。
「編集長のお人柄、お噂をお聞きして、この人ならと、そう思ったのです」
山本の言葉が私を舞い上がらせた。金銭的に欠乏していた状況もあったし、なりふり構っている状況でもないという現実もあった。
 「わかりました。では、具体的にどのように進めればいいのですか?」
 山本は、
 「お引き受けくださいまして、本当にありがとうございます」
 と、私に深々と礼をした後、具体的なスケジュールを話して聞かせた。
 「この後、私はすぐに菱川様のところに行き、出版社が決定した旨、ご報告します。続いて、賛同者三十人の方々の連絡先、資料をいただけるようお願いをしたいと思っています。取材のアポを取っていただくのは編集長の方でお願いすることになりますが、その前に私の方で事前調査をいたします。菱川様にお願いをしてもよろしいのですが、メンバーの方、それぞれお偉い方ばかりですので、支障がないよう万全を期さないといけません。私が事前にそれぞれの方にお会いして、今回の企画の趣旨、どのようなことをお聞きするかなど、詳細にお話しておきます。その後に編集長からアポを取っていただく手はずを整えますので、取材はそれから後にしていただきたいと考えています」
 「いやあ、ご丁寧な対応、恐れ入ります。そこまでしていただけると本当にありがたいです」
 私は山本の心遣いに心から感謝した。
 「いえいえ、当然のことです。一応、今から二週間ほどでそれを行いますので、編集長のアポ取り、取材はそれから後になると思ってください」
 「わかりました。そのように私の方のスケジュールを組んでおきます」
 「一応、制作を開始する前に半金をいただくことを先方にお願いしようと思っています。よろしいでしょうか?」
 「半金、ですか?」
 二千七百万円の半金といえば、一三五〇万円……。思わず、天に向かって叫びそうになった。金欠で毎月の支払に窮している身には夢のような話だった。
 「それを極楽出版の口座にお振込みしていただきます。振り込み口座の番号を後で教えてください」
 「わかりました。今すぐご用意します」
 「ありがとうございます。なお、今回の企画における私の手数料は全体の金額の7パーセントになります」
 「7パーセントですね。了解しました」
 7パーセント、いくらになるのだろうか。すぐには計算ができなかった。
 「7パーセントで一八九万円になりますが、そのうち、前金として半金の  九四万五千円を私の方に頂かなければなりませんがよろしいですか?」
私は首を振って、了解したと答えた。
 「本来なら先方からいただいた後に半金をいただくのですが、何分、相手先が相手先ですので、それなりに手土産など経費がかかります。そこでまことに申し訳ありませんが、半金を早急にお振込みいただきたいのです。そうしないと動きが取れないものですから」
 なるほどもっともなことだと思った私は、その申し出を了解した。どうせすぐに金が入って来る。それまでの辛抱だ、と思っていたからだ。
 山本から振込先を聞いた私は、翌日にはお振込みすると気安く伝えた。山本は、
 「頑張って成功させましょう!」
 私の手を固く握って事務所から出て行った。
 山本に振り込むべく、銀行で残高確認をしたが、残高は私の予想をはるかに超えて少なかった。六〇数万円不足している。どうせすぐにお金が入る、そう思った私は、その不足分のお金を友人や知人に借りて回り、ようやく用意をして、翌日、午後に振り込み、山本に連絡をした。
 電話に出た山本は、
 「ありがとうございます。昨日、菱川様にお会いして再度のご了解を得ましたので、早速、私は今日からメンバーの方々の家にお邪魔して、企画の説明、ご協力などをお願いしに行ってきます」
 と丁寧な対応をした。
 「よろしくお願いします」
 私は何の疑いもなく電話を切った。
 ――山本からの連絡を心待ちにしていた私は、何度、山本に電話をして状況を確認しようと思ったか知れない。だが、山本から、二週間前後に必ず連絡をいたしますので、それまでは私への連絡を控えてください、と言われていたこともあって、連絡を控えた。
 だが、二週間の期限の日が過ぎると、さすがの私も我慢できなくなり、山本に電話をした。
 だが、聞こえてくるのは
 「お客様の都合により現在、この番号は使用されておりません」
とアナウンスが空しく耳に響いてくるだけだった。
 それでも私は山本を信じていた。二十日ほど過ぎて、何の連絡も来なかったので、私は山本から預かった名簿を見て、菱川洋一郎の自宅に電話を入れた。
 菱川洋一郎は、出版社からの連絡と聞いて、家人が取り次いだ後、すぐに電話に出た。
 「出版社の緑川と申します。このたびはありがとうございました」
と最初に礼を述べた。
 「……? 出版社、何のことかね」
「山本と申す者が、菱川様とお話をして、サークルのメンバーたちと本を発行することになって、当社を選んでいただいたとお聞きしました。そろそろメンバーの方々にアポを取って取材にかかりたいと思い、ご連絡させていただきました」
 「……」
 菱川の反応がなかったことに不安を感じた私は、菱川に確認をした。
 「出版企画の山本和重をご存じですよね」
 「初めて聞く名前だが……」
 私は愕然として、山本が菱川と共に立てた企画のこと、代金のこと、前金を山本に支払ったことなどを菱川に話して聞かせた。
 菱川は何も知らなかった。山本のことも企画のことも――。サークルの存在すら最初からなかったのだ。私は巧妙に仕組まれた山本の罠に引っかかってしまったことをその時になって初めて知った。
 その後、私は山本の行方を探すために奔走した。騙された金を何とか回収したかったのだ。だが、彼は天性の詐欺師だ。捕まるはずがない。思わぬ借金を抱えた私はその後、怒涛の苦しみを味わうことになる。だから、半年後、弟の隆弘が私を訪ねて来た時、相手にしなかった――。
 
 「兄の行方を捜しています。もし、ご存じならと思ってお邪魔しました」
 「なぜ、私がお兄さんの行方を知っていると思ったのかね」
 「兄の部屋に残された手帳の中に、編集長のお名前と連絡先がありました。それでもしかしたら兄と懇意にしている方ではないかと思いお訪ねしました」
 私は怒りを押し殺して、弟の隆弘に、兄に騙されたことの一部始終を話した。弟は神妙に聞いていたが、別段、驚くそぶりはみせなかった。
 「そうですか……。実は、兄は詐欺の常習犯で、これまでそうした問題を数多く起こし、警察の厄介になったこともございます。人間的には決して悪い男ではないのですが、何分、人の倍ほど口が立ち、おまけに頭も回るものですから、いろんな方にご迷惑をおかけしているようで、本当に申し訳ございません」
 兄と違い、弟の方は実直な人間のように見えた。弟の隆弘は、申し訳なさそうに言った後、自分がなぜ、兄の行方を追っているか、そのことについて話し始めた。
 
 ――私と兄は五歳違いですが、二人兄弟ということもあって、幼い頃から兄によく面倒をみてもらいました。やさしくて面倒見のいい兄が私は子供の頃から大好きでした。ただ、兄は、少し見栄っ張りなところがあって、その分、金使いも荒くて、高校を出て大学に入った頃から、度々、家の者に迷惑をかけるようになりました。
 家の金を持っていくだけならまだよかったのですが、人を騙して金を取るに至っては、放っておけません。父母は、兄を厳しく指導し、何とか更生させようと努力しましたが、うまく行きませんでした。
 私の家は、格段に裕福というわけではありませんでしたが、貧しいというわけではありません。父は大手の工場で工場長をやっていますし、母も中学校の教師をしています。子供の頃から小遣いもきちんともらっており、普通に考えれば、家にあるお金を探し出して持って出たり、人を騙してまでお金が必要なことはなかったはずです。一時期、私は、何か原因があるはずだと思い、徹底的に調べたことがあります。でも、わかりませんでした。見栄っ張りなところが災いしているのだろうと、その時は考えました。
 大学を途中で自主退学した兄は、家を出てそれきり行方不明になりました。以後、一度も連絡がないまま、時が過ぎ、私が三十歳になった頃、警察が家にやって来ました。
 兄が詐欺を働き、拘留されていると警察の担当者から聞きました。驚いた私は両親と共に拘置所へ会いに行きました。兄はずいぶん様子が変わっていました。髪の毛を短く切り、見た目は暴力団員風にみえましたので、警察に確認しますと、準構成員だということでした。
 兄は、暴力団のフロント企業で働き、その企業が詐欺集団であったため、逮捕されたようでした。ただ、その時、兄は初犯であったため、執行猶予が付き、実刑を受けずに済みました。拘置所から出た兄は、それっきり再び行方不明になり、再会はかないませんでした。
 父と母が高齢のこともあって、しきりに兄に会いたいと言い出したこと、私が結婚式を控えていることもあって、兄の行方を改めて追いかけるようになりました。ようやく居所を掴んで住んでいると聞き、急いでアパートに駆け付けましたが、すでに兄はそこを引き払った後でした。
 兄を追いかければ追いかけるほど、いい噂は聞きませんでした。あなたがおっしゃったように、兄は行く先々で詐欺犯罪を犯しています。私は、これ以上、兄を追いかけるべきか、それともあきらめるべきか、悩んでいます――。
 
 「お兄さんを追いかければ追いかけるほど、あなたはガッカリすると思いますよ。被害者の私が見た感じでも、お兄さんは天才的な詐欺犯罪者といった印象を受けました。このまま追いかけると、あなたまでとばっちりを受けることになります。私はあきらめた方がいいと思いますが――」
 話し終えた山本の弟、隆弘に私は言った。今までそうした人を数人みたことがあるが、いずれも改心するにはほど遠く、同じような犯罪を繰り返し行っていた。その例に、山本もまた準ずると思った。
隆弘は、しばらく考えた後、私に言った。
 「編集長は、趣味で探偵のようなこともなさっているとお聞きしました。兄が迷惑をおかけした金額を早急に振り込みますので、また、それにプラス、別途お振込みいたします。兄を探していただけませんでしょうか? お願いします」
 誤解があると思った私は、山本の弟に断った。
 「隆弘さん、申し訳ないが私は一介の編集長で探偵でもなんでもありません。また、その能力も持ち合わせていません。ですから――」
 山本の弟は、私の言葉に動じなかった。
 「編集長はこれまでさまざまな難事件を解決された御仁とお聴きしています。兄を探すなど、編集長の好奇心を呼び起こすようなものではないと思いますが、なにとぞよろしくお願いします。父母に兄を会わせたいというのもございますが、私の結婚式をぜひとも兄にみてもらいたいのです。私にとって兄はたった一人の血を分けた兄弟です。何とかもう一度、兄に会って、兄を改心させたい。そう思っています」
 山本の件で騙されたとはいうものの、多額の借金を友人知人からしていた。その支払いを私はまだ、三分の一しかしていない。それもあって少し悩んだ。私が迷っている姿を見て、隆弘が畳みかけるように言った。
 「編集長に兄が損失をおかけした分にプラス五〇万円、明日、朝一番にお振込みします。ぜひともお願いします」
 ――反対する理由はもうなかった。情けない話だが、損失金プラス五〇万円に負けた。翌日、金を受け取った私は、出版の仕事を放り出し、山本和重の捜査にかかることにした。
 山本からもらった名刺には、『出版企画ファースト』とあった。住所と電話番号はすでに試していたが、そこには存在しないということがわかっている。私は、府警の原野警部に連絡を取り、事情を話して山本和重の犯罪履歴を調べてくれるよう依頼した。過去の犯罪履歴をみれば、詐欺の傾向がわかるかもしれない。そう思ったからだ。
 ファックスか電話で原野警部から連絡が来るかと思ったが、その日の夜、原野警部は直接、私の事務所に現れた。
 「この山本和重だが、しばらく身を潜めていたようやが、ここ最近、いろんなところで頻繁に詐欺を働いている。ここ三カ月ほどで五件の届け出があった。そのいずれもが山本和重であることがわかった。以前、捕まってからずっと詐欺を働いていなかったのに、何でやろ。不思議でなあ。編集長が騙された時、山本の様子を見て感じることはなかったか」
 山本がやって来た時のこと、私を騙した時の一部始終を思い出し、改めて腹が立ち、騙されたことを情けなく思ったが、特別、その時の山本におかしな様子は見られなかったことを原野警部に告げた。
 「そうか。それにしても詐欺犯罪者を探し出すのは難しいぞ。わしら警察でも手を焼いているほどや。あいつら、次々とアジトを変えよるし、なかなか尻尾を出しよらへん」
それでも探し出すと決意を述べると、原野警部は、捕まえたら表彰状をあげたいくらいや、と言って私を激励した。原野警部は、私が無償で捜査をすると思っているのだ。山本の弟にお金をもらう話は原野警部にはあえてしていない。下手にそれをするとたかられてしまう。
 原野警部が持って来た山本和重の資料には、山本和重がこれまで行ってきた詐欺事件と、和重が犯人だと思われる最近の詐欺事件の一部始終がそこにあった。
 それによると、圧倒的に多かったのが、出版にからむものだった。被害にあった中には、私の見知った出版社の名前もあった。
何度か顔を合わせたことのあるその出版社の編集長に連絡をすると、開口一番、
 「きみんとこもか? うちは二〇〇万円やられた」
 と言って被害額をアピールした。山本は相手によって巧妙に金額を変えていたようだ。内容を聞くと、出版企画は企画であったが、私の場合とは違い、関西の社長三〇〇人を対象にした、さらに大がかりなものであった。
 しかし、話の展開は私の場合と同様で、言葉巧みに前金支払いをさせるという点でも同様だった。
 その他の被害は出版社ではなかったが、広告宣伝会社三社がその被害に遭っていた。いずれの場合も、大企業のサービス冊子制作といったもので、部数30万、50万部という壮大なものだったが、広告会社の担当者や担当責任者を不審に思わせるような企画ではなく、その内容、説明には説得力があったと担当者たちは異口同音に語った。このことから推理して、山本和重は、まだ関西に潜伏していて、秘かに次の犯罪を狙っているように私には思えた。なぜなら、私の場合もそうだったが、山本が持ちこむすべての企画は、関西の政財界の状況をよく知らないと立てられないものであったし、さまざまなメディアの特性をよく理解しているように思われた。
 この分で行くと、次のターゲットはどこになるのか、推理した。
 出版関係、広告関係とくれば、次は、どこになるか、私はテレビ局にターゲットを絞ることにした。
 新聞、雑誌、テレビ、ラジオなどのメディアは軒並み広告の落ち込みに悩んでいた。山本の企画力と口があれば、テレビ局用のスポンサー広告企画を立てることなど造作もないことだろう。山本はきっとテレビ局に現れる。そう推理して、関西のテレビ局に連絡をして聞いた。
 「私の友人が近々そちらへスポンサー企画を持ち込むかも知れませんので、もし来られたら私にご一報いただけませんか。その時、同席して説明しなければならないことがありますので――」
 そう伝えて、担当者に私の携帯電話の番号を教えた。テレビ局は出版社であること、編集長であることを告げると難なく応じてくれた。ただ、その際、「友人を驚かせたいので、私が同席することは伝えないようにしてください」と言葉を付け加えることを忘れなかった。
 果たして、私の推理があたるかどうか、一抹の不安があったが、二、三日してその不安は見事に解消された。テレビ局の担当者に山本から連絡があったのだ。
 山本がテレビ局に現れる日、私は予め連絡をしておいた原野警部と捜査官五名と共にテレビ局のロビーで待ち伏せをした。同時にこの時、私は和重の弟、隆弘にも連絡を取っていた。隆弘は、私たちと少し離れた場所に隠れて待機していた。
 何も知らない和重は、時間通りテレビ局に現れると、受付で担当者を呼び出した。
 私はそっと和重に近づき、そばに寄ったところで、
 「山本さん、あの話、その後、どうなりましたか?」
 と尋ねた。和重は何気に私を見て、驚愕の表情を浮かべると、咄嗟に手にした資料を放り出し、逃げようとした。だが、和重の向かう先に原野警部他五名が待ち構えており、あわてて次の出口を探そうとした。そこへ、突然、大きな声が飛んだ。
 「兄ちゃん!」
 隆弘の声だった。
 和重はそこにいる隆弘をみて、そのまま座り込んでしまい、動かなくなった。
 
 山本和重は逮捕された。さすがの和重も、警察では嘘をつかなかった。正直にありのままを白状したようだ。
 
 ――高校生の時、魔がさして本屋で万引きをしたんです。そこを暴力団のチンピラに見つかって脅されました。彼らは私が万引きをする瞬間を写真に撮っていて、学校に連絡をする、親に連絡をする、ネットで流すと言って私を脅かしました。
 彼らの狙いはお金でした。私は、私の持っていた貯金のすべてを彼らに渡し、写真を破棄してくれるよう頼みました。彼らはその時、快く了解してくれました。でも、しばらくして連絡があり、また、金を都合してくれと言うのです。私は、家の中を家探しして金を探し、それを持っていくと、「実は写真はまだ、破棄していない」と言うのです。約束したじゃないかと言うと、彼らはその写真を私に見せ、「お前は一生、俺たちの金づるだ」と言って私を脅しました。警察へ届け出よう、何度そう思ったか知れません。でも、できませんでした。学校は退学しても構わなかったのですが、両親や弟をガッカリさせたくなかった――。男たちは、毎月のように私に金をせびり、少ないと暴力をふるうようになりました。私は、今度は友人や知人たちを騙して金を借り、寸借詐欺のような真似をして、それを彼らに持っていくようになりました。
 大学に入っても、彼らの要求は止まず、今度は私が犯した寸借詐欺犯罪を脅しのネタにしてさらにエスカレートするありさまです。この頃になると私はもう惰性で、どうにでもなれといった心境になっていました。それでも大学に入学して、しばらくすると、このままではいけない、そう思うようになり、家を出て、彼らの前から姿を消すことを決意しました。
 私は、彼らの目の届かない場所に住み、そこで働いて平和に過ごしていました。恋人もでき、同棲して一緒に暮らすようになり、本当に幸せな毎日を過ごしていました。いずれ近いうちに家に戻り、両親に報告し、結婚するつもりでいたのです。でも、それもつかの間のことでした。彼女が交通事故に遭い、重傷を負って入院した先で、私は不運にも、私を脅し続けてきたチンピラたち三人に見つかってしまいました。チンピラたちは、暴力団の抗争で、怪我をし、偶然、病院に駆け込んでいたようで、私を見つけると、以前のように脅しをかけ、たかってきました。チンピラたちに、彼女の存在だけは知られたくなかった私は、病院に彼女の入院費全額を支払い、貯金の全額と、書置きを残して彼女と暮らしたアパートを出ました。
 その後私は、チンピラたちの所属する暴力団に引き入れられ、そこで詐欺の仕事を手伝うようになりました。警察に捕まった時、私はこれまでの一部始終を警察に話しました。しかし、警察は私が言い訳をしているのだと思ったようで、聞いてくれませんでした。
 チンピラたちは他にも罪があって、長期の実刑判決を受けました。私は執行猶予付きで、放免となり、心機一転、懸命に働こうとしましたが、一度でも前科が付くと、世間の目は厳しく、働ける場所は限られてきます。私は、彼女が今でも私の帰りを待っていてくれるようであれば、迎えに行って、すべてを正直に話して一緒になるつもりでいました。でも、アパートへ行くと、彼女はもう引っ越していて、行き先がわからない状態でした。すっかり気落ちした私は働く気力も失せ、その後、半ば死人のような暮らしをしてきました。ところが、数カ月前のことです。偶然、私は弟が結婚をするという情報を耳にしました。市内の結婚式場に注文された花を届けたり、さまざまな品を運送する仕事をしていて、その届けた先で、これからの予定をチェックしている途中、そこでたまたま見た式場予約の名簿の中に弟の名前を見つけたのです。
 弟のために何かしてやりたい。そう思った私は、詐欺の仕事を思いつきました。手っ取り早く稼ぐにはこれしかない。そう思ったのです。出版関係と広告関係、それにテレビ局、テレビ局の仕事を終えたら、この仕事から足を洗い、弟に稼いだすべてのお金をお祝いとして渡すつもりでいました――。
 
 弟の隆弘は、面会に現れた席で、兄を叱った。「お祝いなど欲しくない、兄に結婚式を祝って欲しかったのだ」と。
 これまでのすべての事情を聞かされた年老いた両親は、罪を償ったら、家に帰るように和重に命じ、二人してそのまま泣き崩れた。
 隆弘の結婚式は三カ月先の十一月だったが、和重は裁判の結果次第では、その頃までには拘置所を出ることができるかもしれないということだった。幸い、和重が詐欺で稼いだ金は、そっくりそのまま、残っていたため、被害者にそれを返金し、被害者が告訴を取り消せば裁判は良い方向に向かうはずだった。
 私も告訴取り消しに同意し、返金を受け取った。隆弘より振込のあった金額は、礼金の五〇万円と共に、隆弘に返却を申し入れた。隆弘は、お金は受け取れないと強硬に言い張ったが、これを兄からの祝いとしてほしいと伝えると、躊躇した後、隆弘は「ありがとうございます」と言って受け取った。
和重の事件が公になり、新聞記事になり、週刊誌のネタにもなったことで意外な反響が生じた。和重と以前、交際していた彼女が現れたのだ。
 
 隆弘の結婚式の日、私も招待されて参加した。快晴の秋日和、結婚式にふさわしい天候の日の午後1時、盛大に披露宴が行われた。
 父母と同じテーブルに和重の姿があった。その隣に若い女性が一人、それが誰であるかを知らなかった私は、隣りに座った隆弘の友人に、あの女性は何者かと聞いた。
 「お兄さんの彼女ですよ」
 と友人はこともなげに言い、隆弘に聞かされたという二人の愛の物語を私に聞かせてくれた。
 「彼女はお兄さんと以前、一緒に暮らしていたのですが、交通事故で重傷を負い、入院しているうちに、お兄さんが姿を消しました。裏切られたと思った彼女は、傷心のまま部屋に戻り、そこでお兄さんの書置きと印鑑と通帳を見つけました。お兄さんは、事情は明かせないが、訳あって別れなければならない、と書置きに記し、これまで自分が貯めたお金のすべてを彼女に残していたそうです。
 なぜ、自分の元を離れなければならなかったのか、それを知りたかった彼女は、いつか、彼が迎えに来てくれると信じ、部屋で一人待つ決心をしました。でも、そのうち、交通事故の後遺症で再入院が必要となり、実家から母親が駆けつけて、退院した彼女を実家に連れ帰りました。彼に会いたい、そう思いながら数年が経ち、どうしても彼に会って訳を聞かなければと思った彼女は、再び大阪へやって来て、そこで彼のことを書いた記事を目にしました。詐欺犯罪ではあるが、彼を詐欺犯罪者に追いやった過去が、そこには詳細に書かれていました。それを読んだ彼女はこれまでのことをすべて理解しました。そして、彼が出てくるのをじっと待っていたのです」
 上手な話し方とは言えなかったが、和重と彼女の事情はよく理解できた。乾杯の発声を依頼された私は、壇上に立ち、
 「隆弘くん、おめでとう! よかったね。それともう一つ、兄の和重くん、きみたち二人の幸せにも乾杯をしたい。みなさん、それでは隆弘、和重、両人の未来のために、かんぱーい!」
 二組に届くよう、精一杯、声を張り上げた。
〈了〉


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