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虚実 「桜井」 祐平は開斗を押し離した。 「セクハラだぞ」 「俺、本気ですよ」 「わかった。だが、今夜は帰って寝ろ」 「祐平」 「編集長だ」 * 午前5時前。 ホテルの自室で目覚めた祐平はベッドを出て窓の外を眺めた。 彼の目に蒼白い都会が酷く生彩を欠いて映った。 …祐平。好きです… 脳裏を過る、開斗の声。 …あの時にどこか似ている… 彼は、そう感じて少し途方に暮れる。 * 編集会議の後、開斗は会議室を出ようとする祐平を呼び止め
帰結 ウェーブ-本社ビル内の会議室。 「俺が何で異動なんだよ」 開斗は声を荒げる。 「バンコク転勤なんて嫌だね」 「新規プロジェクトの責任者だぞ。悪い話じゃない」 「なぁ、祐平。断ってくれよ」 「社内だぞ。編集長と呼べ」 「編集長様なら断れるだろ。頼むよ」 「無理だ。社の決定だからな」 「葬式から半年。俺たちの生活もこれからって時に嫌だよ」 「俺だって、お前と離れたくない。だがな、お前の将来を考えて承諾したんだ」 「えっ、祐平。俺をバンコクへ単赴任させたい
寛容 会場に読経の声が響く。 祐平は、遺影で微笑む寛人に自分の知らない別人の彼を感じる。 …寛人。お前、本当に死んだのかよ… 祐平の心の問いに答えはなく、葬儀社の会場係の声が彼の耳に届いた。 「御親族の皆様。ご焼香を順番にお願い致します」 焼香台の前に立つ親族たちの背中で寛人の遺影が見えなくなった。 * 「御親族の皆様。ご焼香を順番にお願い致します」 それまで床に視線を落として喪主席に座っていた開斗だが、葬儀員の声で顔を上げた。 彼の視
告白 体調不良を理由に長期休暇を取った開斗が出社をしなくなると、祐平に対する妙な噂話が社内で一気に広がり始めた。 そんな矢先のある日、祐平は若杉と飲んだ。 「島村と連絡は?」 「休暇届けのメールが最後です」 「メールってお前、一緒に暮らしてるだろう」 「彼とは別れました」 「いつ?」 「先週末です」 祐平、若杉をジッと見つめる。 「何だ?」 「ご存知だったんですか?」 「何が?」 「彼が寛人の息子だと」 若杉、少し間を置いて頷く。 「いつ頃からです?」
疑心 朝。 開斗は玄関で祐平の背中を抱いた。 「こらっ」 「会社じゃ出来ないし」 「遅れるぞ」 「上司もね」 二人、笑う。 「今夜、社長と飲むの?」 「うん。先に寝てて良いよ」 「飲み過ぎないように」 「わかってる」 二人はキスをした。 * 「やれやれ。ここですか」 「この店じゃ、不服か?」 「いいえ。でも、お誘いが社長ですからねぇ」 「お前と小洒落た店になんか行けるか」 「その手の店よりホッとできますよ」 「ここで酒癖の悪い部下に何度絡まれ
理由 1990年3月7日、水曜日。曇天。 神保町、時刻観書店。 仕事で必要な本を探しあぐねた桜井祐平は、近くの若い男性店員に声を掛けた。 「はい。何か?」 「この本、あります?」 祐平、メモ書きを彼に渡した。 「少々お待ち下さい」 彼はすぐ戻ってきた。 「こちらですか?」 「そう」 「良かったです」 「でも、どこに?」 「本探しの達人ですから」 「探すのを手伝ってもらおうかな」 「喜んで」 名札に清水寛人とあった。 「シミズヒロトさん?」 苦笑し、彼は