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"テツガクあ"~『子どもの難問』野矢茂樹

以前紹介した同著者の『そっとページをめくる』のなかで紹介されていた本。

「ぼくはいつ大人になるの?」
「どうすればほかの人とわかりあえるんだろう?」
「自分らしいってどういうことだろう?」
「こころってどこにあるの?」

このような、子どもがふと疑問に思うような22個の問いに対して、著名な哲学者達がそれぞれのやり方で果敢に挑んでいく。

同じ1つの問いについて、哲学者2人ずつが各2-3ページ程度を割いて答える形式になっているのだが、本書の読みどころはなんといっても、身近なテーマでテツガクするそのあり方が、人によって「みんな違って、みんな良い」ということがクリアに理解できるところだ。

じっさいに、各人ごとに立論の仕方や考え方の色あいはだいぶ異なり、個性が鮮やかに表れている。めちゃくちゃ論理立てて問いと概念を解剖していく人、詩的に昇華していく人、アナロジーをすごく使って展開していく人、人生哲学/思想を説く人。

哲学という所作におけるこの多様性、このバラつきはとても興味深い。門外漢からすると、哲学という学問は、けっこう閉鎖的なイメージが強い。なんとなく、「ザ・哲学」みたいな権威的・形式的な方法論を体得しないと、ちゃんとテツガクしてると言ってはいけないような気がして取っ付きにくい。しかし、本書が垣間見せるプロの哲学者たちのとてもバラエティに富んだ問題へのアプローチは、そういった象牙の塔的イメージを案外あっさりと解体してくれる。また、個々人の性格だったり、問いに立ち向かう子供っぽい純粋さだったりが、文章からすごく伝わってきて、そういった点も一役買っていると思う。

これは切れ味鋭いなーとか、この考えはちょっと合わないとか、自分でもそれぞれの難問について考えて、哲学者たちの答えと自分のそれを対置しながら読んでいくと、本書はなお一層面白い。


そして、ちょっとずつそれらすべてを噛み砕いていくと、それでもなんとなく、各人の思索に共通するものも見えてくる。

「ぼくはいつ大人になるの?」に対して、そもそも大人とはなにか?我々は果たして大人だろうか?と返す。
「どうすればほかの人とわかりあえるんだろう?」に対して、そもそもわかりあうとはなにか?わかりあえることはいいことだろうか?と返す。

哲学の営みの多くは、徹底した問いへのこだわりであり、本書の哲学者たちも”いかに正しく問うか”をすごく丁寧に考えていた。この姿勢から学ぶところは多い。大半の我々にとって、哲学に接近することの意義は、答えを知ること―過去の偉い哲学者が到達した真理や説明方式の理解―ではなく、むしろ”良い疑問を持つこと”、そしてその持ち方を知ることの方にある。子供の如きピュアな疑問から出発して、徐々に良質な問いを整えていく。

このように、哲学を学ぶことの意義や哲学にできること、そしてその自由さの一端が、とてもプリミティブかつシンプルな形で垣間見える、良い一冊だった。

あと読んでて思い出したのが、阪大の各学科教授陣が標題の問いに自身の専門分野からアプローチする『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』(大阪大学出版)という類書(?)も相当面白いのでおすすめ。

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読書メモ:『そっとページをめくる』
「問う」こと、その根源を問う~『問い続ける技術』
『子どもに教えるときにほんとうに大切なこと』より大切なこと
哲学の醍醐味が詰まった『まんが 哲学入門 -生きるって何だろう?』

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